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第四章 11



 やがて到着した衛兵たちによって、グレンと捕らわれていた女性たちは王宮へと連行された。サルタリクスとニーナも階下へ降り、部屋にはシャロンとラルフだけが残される。


「では、私たちもそろそろ行きましょうか」

「は、はい!」


 いつものように手を差し伸べられ、シャロンは指先を伸ばす。だが触れる直前でためらうように動きを止めた。ラルフがわずかに首を傾げると、シャロンは弱々しい声を零す。


「あ、あの、おにい、さま……」

「はい?」

「助けて下さり、ありがとう、ございました……。でもわたし、……せっかくの王族とのつながりを、だめに、してしまって……」

「……」


 するとラルフははあ、と呆れたようなため息をついた。失敗を怒られる子どものような気持ちでシャロンがうつむいていると、次の瞬間全身が暖かさに包まれる。

 どうやらラルフの腕の中にいるらしく、シャロンは彼の胸元に頭を押し付けながらあわあわと動揺した。


「お、お兄様⁉ こ、こ、これは、いったい」

「あなたが無事だった、それだけで十分です」

「で、ですが……」

「そんなに気にするのであれば、いっそもうやめにしましょう。アイドルを」


 え、とシャロンが呟く。


「ど、どうしてですか⁉」

「今日のことで痛感しました。私はもう、あなたをこんな怖い目に遭わせたくない」


 シャロンの背に回る腕に、ぎゅっと力が込められる。一方のシャロンは理解が追い付かなくなり『ついに解雇なんだわ』と泣きだす寸前に陥っていた。


「た、たしかにグレン殿下は、怖かったですけど、私まだ頑張れます! だから……」

「ダメです。私が許しません」

「で、でも、それじゃあ……」

「何か問題があるのですか?」


 シャロンは一瞬言葉を呑み込んだ。だが舞台からこの時までで、積もりに積もった疲労や恐怖が一気に決壊したのか、大粒の涙を零しながら本心を吐き出してしまう。


「それじゃあ、……ラルフさんと一緒に、いられなくなるじゃないですか……」


 言葉にすると思った以上に心が軽くなり、シャロンはさらにぼろぼろと涕泣(ていきゅう)した。高そうな外套の襟が濡れていくのを見て、ラルフがくすりと笑う。


「どうしてそんなことを思うのです?」

「だ、だって、私は『アイドル』だから、ラルフさんの傍にいられるわけで……」

「アイドルでなくても、いられる方法はありますが」


 へ? と情けない声とともに、シャロンは顔を上げる。するとラルフは眼鏡の奥の瞳を、ゆっくりと眇めた。


「シャロン、私と新しい契約を結んでもらえませんか?」

「新しい、契約ですか……?」

「はい。アイドルとしてのシャロン・リーデンは今日で終わり。これからは『ラルフ・リーデンの婚約者』として――私の傍にいてもらいたいのです」


 耳から入った言葉が、もう一方から抜け出ていくような感覚を、シャロンはぼうっと体感していた。かろうじて意識の端に残った単語だけを、恐る恐る繰り返す。


「ラルフ・リーデンの、婚約者……?」

「はい。もちろん一度、養子縁組を解消してからになりますが」


 どうやら聞き間違いではないらしい、と認識したところで、シャロンはようやくことの重大さに気づく。


「それはそうです……ってそうじゃなくて! 婚約者ってことは、け、けけ、結婚するってことですよ⁉」

「ええ。そうですが」

「いや、私とラルフさんがですよ⁉」

「当たり前じゃないですか」


 にっこりと微笑むラルフを、シャロンは信じられないという目で見つめ返した。


「ラルフさん、御存じとは思うのですが……」

「はい?」

「わたしは孤児院出身で、何の後ろ盾もないし、お金だってありません」

「もちろん知っていますよ」

「だったらどうして⁉ わたしと結婚しても何の利益も……」

「『好きだから』では理由になりませんか?」


 シャロンは頭の中が真っ白になった。

 しぱしぱと瞬くシャロンの顔を見て、ラルフは何を言っているのだと首を傾げる。


「あなたが好きだから、です。他に結婚を望む理由が必要で?」

「――――ッ」


 シャロンの瞬きは早くなり、みるみるうちに顔が赤く色づいていく。完全に思考能力は失われていき、ラルフの『好きだから』という言葉だけを反芻させた。おかしい。よく分からないけど絶対おかしい、とシャロンは必死に反論する。


「わ、わたしの気持ちはどうなるんですか⁉ わたしが好きかどうかは――」

「え? 私のこと、好きですよね」


 ぐ、とシャロンの喉から変な声が漏れる。

 そのうめき声を聞いたのか、ラルフは勝ち誇ったように笑みを刻んだ。


「ですよね?」

「……はい」


 完敗だ、とシャロンはとてつもない脱力感に襲われた。一方ラルフはどこか満足げにシャロンの髪を撫でている。一体いつからばれていたのだろう。そんなに分かりやすかったのかしら、とシャロンが悶々としていると、ラルフが再度問いかける。


「で、どうされますか?」

「ど、どう、とは……」

「契約。結ばれますか?」


 悪徳商人が見せるような晴れ晴れとした笑顔を前に、シャロンはぐぎぎと歯噛みした。答えは決まっているが、この金大好き男の言いなりになるのはなんだか癪だ。


「ひ、ひとつだけ、条件があります」

「いいですよ。聞きましょうか」

「ちゃ、ちゃんと……」

「ちゃんと?」

「ちゃんと、……好きって、言ってください……」



 

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