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第四章 8



 ――その頃、サルタリクスとニーナを連れて、すぐさま王宮に戻って来たラルフは、しばし途方に暮れていた。


「戻って来たのは良いのですが……一体シャロンはどこに……」


 先ほどまでシャロンと訪れていたのは大ホール。コンサートの出席者だと説明し、なんとか正門は突破したものの、今シャロンがいるであろう王子の居室は、さらに奥の住居部分にあるはずだ。せめて見取り図だけでも準備をすべきだったかとラルフが悔やんでいると、苛立つサルタリクスから怒鳴られる。


「何やってるのよ! 早く連れ戻しに行くんでしょ!」

「で、ですが、まずどこにいるかを捜さないと」

「そんなのあんたお得意の口説きで何とかしなさいよ!」


 ぐ、とラルフは唇を噛むが、言い返している時間すら惜しい。なかば自棄になったラルフは、廊下を歩いていた一人のメイドを捕まえると、そっと壁際へと誘い込んだ。

 最初は動揺と警戒を露わにしていたメイドだったが、ラルフがなかなかの男前だと認識すると、途端に好意的な顔つきに代わる。


「お忙しいところ申し訳ございません。実は道に迷ってしまいまして」

「え、え⁉」

「実は私、グレン王子お抱えの外商でして。内密な品物なので、こっそり訪ねてほしいと言われたのですが、なにぶんお屋敷が広く……どちらに向かえばよいか、教えていただきたいのですが」

「ま、まあ、そうなんですね……で、でも」

「でも?」

「さ、さすがに本邸の内部をご案内することは、出来かねますので……」


 するとラルフはスーツの内側に手を差し入れると、何かを摘み出した。キラキラと光を弾くそれは小さなダイヤモンドが冠された指輪で、メイドは突然のことにはわわと頬を染めている。


「そうですよね……すみません、仕事に真面目なあなたを困らせてしまいまして。お詫びにこちらを」

「こ、こんなもの、良いんですか⁉」

「ええ。怖がらせてしまいましたし……何より、可愛らしいあなたによくお似合いだと思いますので」


 手慣れた仕草でメイドの手を取り、するりと人差し指に嵌める。メイドの瞳は既にハートマーク状態だ。ここぞとばかりにラルフの攻撃は続く。


「あの、よければお仕事が終わってから、二人きりで会えませんか?」

「え⁉ でも、そんな、私⁉」

「あなたともっと話がしたくて。ああ――でもダメですね、まず私が仕事を終えてからでないと」

「そ、それは……」

「申し訳ありませんが、仕事をないがしろには出来ませんので……またの機会ということで」


 すると真っ赤になったメイドが、詰まりながら言葉を発した。


「ぐ、グレン殿下は、本邸ではなくて、別棟におられることが多いはずです!」

「別棟に?」

「は、はい。何か研究していることがあるとかで、今日もおそらく、そちらにおられるかと……」


 その言葉に、グレンは心の底から申し訳なさそうに目を細めた。


「本当に助かります。すみません、私が至らないばかりに……」

「い、いいえ! それでその、お仕事が終わったら、どこで――」


 もじもじと照れてうつむいていたメイドが、ようやく顔を上げる。

 そこにラルフの姿はなかった。






「ほんっとーに何なのその能力」

「やりたくてしたわけじゃありません。緊急事態だからです」

「あの指輪もいつも持ってるわけ? ていうかよくサイズあったわね」

「ご婦人に交渉を通しやすくする小道具ですよ。いつも五種類は揃えています」


 二人のどこか冷たい視線を無視し、ラルフは別棟へと駆けた。だが目的の建物が近づいた途端、ニーナが「止まって」と口にする。


「兵士の足音がする。多分六人」

「こっちもこっちで、わけわかんない能力だわ」

「うるさい。聴こえなくなるだろ」


 三人は黙ったまま茂みの裏に身を潜める。すると目的の別棟から、腰に剣を佩いた男たちが現れた。数は丁度六だ。


「衛兵と服装が違うということは……別に雇っている私兵ですね」

「まーいよいよ怪しいわね」

「建物内にあと四、五……上階にも気配はあるが、ほとんど動きはない」

「ではそれがシャロンとグレン殿下、ということでしょう」


 どうすべきか、とラルフは考える。だが軽い調子で「オッケー」と呟いたサルタリクスが、突然がばりと立ち上がった。そのまま兵士たちめがけて突進していくのを、残されたラルフとニーナが慌てて止めようとする。


「サルタリクス! あまり無茶は」

「ぐずぐずしてる暇なんてないわ! 早く行くわよ!」


 当然その騒動は兵士たちの耳にも入り、立ち向かってくるサルタリクス相手に、一斉に身構える。するとサルタリクスはその有り余る筋肉のまま、先頭にいた兵士の一人を『オラァ!』と体当たりで吹っ飛ばした。


「な、なんだお前は!」

「いいからそこをどけって言ってんだよ!」

「お、おい! 敵襲だ、応援を――」


 呼べ、と言いかけた兵士は、サルタリクスに腕を掴まれたまま、遥か後方の茂みに投げ飛ばされる。その際腰からずり落ちた長剣を拾い上げ、サルタリクスはにっこりと微笑んだ。すらりと鞘から抜きはらい、地を這うような低音で怒鳴りつける。


「オラァ! 次はどいつだァ!」


 普段の言葉遣いはどこに行ったのか。訓練所の鬼教官と化したサルタリクスに対し、背後で隠れていたラルフとニーナは、同じような格好で頭を抱えた。


「珍しくキレてますね」

「あいつ、お前とシャロンのことを一番心配していたからな。吹っ切れたんだろ」


 旧友二人がぼそぼそと呟くのも構わず、サルタリクスは次から次へと兵士たちを切り倒していく。格闘技と剣技を融合させた独特の戦い方はすさまじく、壮年の兵士が震えながら口を開いた。


「あの戦い方……もしかして、メタレイア家の……⁉」

「な、なんですか、それ⁉」

「かつて無敗を誇った騎士一族だよ! でも後継者問題で離散したはずじゃ……」

「おお、良く知ってるな。そうだ、オレがそのサルタリクス・メタレイアだよ!」


 剣の柄で二人を昏倒させたサルタリクスは、周囲の敵がいなくなったのを確認し、ちょいちょいとラルフたちを呼びつけた。急いで走り寄ると、サルタリクスを先頭に別棟へと足を踏み入れる。


「階段を下りている兵士が三、あと二人は二階の奥から来ているな」

「下の兵士はあたしが食い止めるわ。二人は早く上へ」


 短い了承の言葉を残し、ラルフとニーナは階段を駆けあがる。すると丁度向かいから、騒ぎを聞きつけた兵士たちが現れ、サルタリクスに立ち向かってきた。ひゅうと口笛を吹きながら、こきりと首を鳴らしたサルタリクスが吼える。


「――イイねェ! 今夜はどこまでも相手してやるよ!」




 

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