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第四章 7


(そういえば私は、いつから……)


 シャロンはアイドルだから、異性である自分が好意を持つのは当然だと思っていた。だがよく考えてみれば、彼女はこの邸に来た頃からずっとアイドルだったわけではない。

 出会ったばかりの痩せぎすで、自分に自信がなくて、要領の悪いシャロンをラルフはずっと見てきた。その時もただ彼女に対する絶対的な信頼しかなかった。


(シャロンはそれから努力を重ねて、誰からも愛されるアイドルになって……)


 美しい髪が好きだった。

 愛くるしい瞳に魅了された。

 どんなにつらいレッスンでも泣き言を漏らさず頑張る姿が健気だった。

 幾多の男の目を虜にする毅然とした態度が好ましかった。かと思えば、普通の少女と同じように照れたり笑ったりするのが、たまらなく可愛かった。


(そう、だったのか……)


 ラルフの心に、一粒の水滴が零れ落ちた。

 わずかな気づきは、荒れ果てたラルフの深層に染み渡り、今まで見えていた景色をすべてがらりと塗り替える。


(私は、あの子のことが……)


 自覚した途端、ラルフはたまらず自身の胸元を掴んだ。

 それを見たサルタリクスは、最後の恩情だとばかりに告げる。


「もう一度ちゃんと話しなさい、シャロンと。あの子がどう思っているのか、二人でちゃんと話し合ってからでも、王宮入りは遅くないはずよ」

「……」


 諭すようなサルタリクスの言葉に、ラルフは静かに睫毛を伏せた。ニーナもまた押し黙ったまま、ラルフの出す結論をじっと待ち続けている。

 やがてラルフは眼鏡の奥の瞳を押し開くと、いつものように指示を出した。


「――サルタリクス、ニーナ。いまから王宮に戻ります。……ついて来てくれますか」


 その問いかけに二人は愁眉を開き、ようやくかと微笑んだ。







 グレンの部屋に連れていかれたシャロンは、ソファに腰かけたまま沈黙していた。目の前には紅茶が注がれたカップ。隣には優雅な仕草で茶器を傾けるグレンの姿がある。


「どうしたの? 飲まないのかい」

「あ、はい! いただきます」


 慌ててカップに手を伸ばし、こくりと中身を嚥下する。きっと最高級の茶葉なのだろうが、今のシャロンには味の良し悪しなど分かるはずもなかった。


(つ、ついに、来てしまったわ……)


 アイドルとして、たどり着くべき目標だった王族。部屋に招かれるということは、相当気に入られているとみて間違いないだろう。ここで確固たるつながりを得られれば、シャロンの――ひいてはラルフの利益になるのだ。


(ラルフ、さん……)


 琥珀色の揺れる水面を眺めながら、シャロンは数刻前の出来事を思い出す。


 部屋に来てほしいというグレンの要望に、ラルフはあっさりと従った。もちろんシャロンとて、ここでラルフが拒絶するはずはないと分かっていた。だが理性では理解出来ていても、心は簡単に納得してくれない。


(しっかりしなきゃ……わたしをアイドルに育ててくれた、ラルフさんのためにも……)


 カップをソーサーに戻した後、シャロンは無意識に額へと指を伸ばした。

 舞台に上がる直前、ラルフの唇が触れた場所。そうしていると少しだけ温かく感じられて、シャロンはわずかに瞼を下ろす。


「シャロン、大丈夫? 頭が痛むのかな」

「ち、違うんです。すみません、殿下……」


 慌てて手を離し、シャロンは曖昧に微笑む。

 すると不安げな顔つきのグレンが、そっとシャロンの手を取った。


「ごめんね。疲れているのに、急に呼びつけたりして」

「とんでもありません。殿下とお話する機会をいただけて、光栄でございます」

「……ありがとう。優しいんだね」


 ふ、とグレンが目を眇める。艶麗なブルーの瞳が光を弾き、まるで天使が微笑んでいるかのような美貌が露わになった。女性どころか男性まで魅了されそうなグレンの佇まいに、シャロンは思わず息を吞む。


(今はグレン殿下と向き合う時よ。せっかくお部屋にまで誘って下さっているのに……)


 だがその圧倒的な美しさを前にしても、思い出すのは黒ずくめで金策が大好きな彼のことばかり。シャロンは思考を断ち切るようにふるふると首を振った。

 するとグレンがもう一方の手で、するりとシャロンの髪を撫でる。


「そういえばずっと気になっていたんだけれど、この髪は地毛なのかな。とても不思議な色をしているけれど」

「はい。とても目立つので、わたしも昔はずっと嫌いだったんですが……」


 グレンの手の中にあっても、なお艶々と輝くピンクの髪に、シャロンは懐かしむように目を細めた。生まれた時からコンプレックスだった髪。でもラルフが好きだと言ってくれた日から、少しずつシャロンの大切な部分に変わっていった。

 今ではもう自分とは切り離せない、大切なものなんです――と言おうとしたシャロンを遮るように、無邪気なグレンの言葉が切り裂く。


「ああ、そうだね。僕も嫌い」

「――え?」

「派手だし、普通じゃないし。でも手触りは良いから、一度切って染め直せばいいかな」

「でん、か……?」


 何を言っているのだろう、とシャロンは尋ねようとした。だが突然頭の中に白い霧がかかり、意識が混迷する。眠気というよりは気絶に近い勢いで、急速に意識が遠のいていくのが分かった。


「この前の人形はダメだったからさあ、今度こそちゃんとしようと思って」

「……でん、か、……なにを」

「それにしても君の曲、感動したよ。まさか心を持った人形の物語だなんて」


 そんなものあるわけないのにね、とグレンが呟く。

 だがシャロンは既に昏倒しており、グレンはそのまま彼女の体を抱きかかえた。


「おやすみ――僕の新しいお人形さん?」


 麗しい金の髪と青色の宝石で出来た白い悪魔は、ひとり美しく微笑んだ。



 

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