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第三章 3



「お兄様はつけないんですか?」

「私がつけても似合わないでしょう」

「そ、そうですね……」


 黒の外套に黒い靴――全身真っ黒のラルフの頭に、小さな花が載っている姿を想像し、シャロンは少しだけ笑いを堪えた。でもせっかくのお祭りなのに、と考えていたシャロンは、ひょいとラルフの手から白い花を取り上げる。


「じゃあ、こういうのはどうでしょう」


 するとシャロンはあっという間に、茎の部分をリングに見立てた花の指輪を作り上げた。驚くラルフの手を取ると、薬指にするりと嵌め込む。


「孤児院にいた頃、よく作っていたんです。お嫁さんごっこをする、の……に……」


 言いかけて、シャロンはぎこちなく言葉を止めた。ラルフの手に指輪を通した体勢のまま、耳の端までを一気に羞恥で染め上げる。


(わ、わたし、何を、して……)


 いや、まだラルフには聞かれていなかったかもしれない、と祈るような気持ちでシャロンは目だけでラルフの顔を仰ぎ見た。すると彼もまた普段ではありえないほど顔を赤くしており、視線を指輪に落としたまま、ぴくりとも動かなくなっている。


(だめだーー! 完全に聞こえてるーー!)


 いつもならにこにこ笑って『可愛らしいですね』とでも返しそうなのだが、どうしたことか今日のラルフは様子がおかしい。

 もしかしたらこのデートは最後の試験で、いよいよアイドルとして用なしの判決が下されるのではないか――と恐れたシャロンは必死になって弁明する。


「な、なんて! こんな子どもみたいなこと、するわけないですよね!」


 だがシャロンの予想とは裏腹に、ラルフはそっと自身の手を持ち上げた。


「――いえ、このままで、結構です」

「え、でも」

「では行きましょうか」


 玩具のような指輪をつけたまま、ラルフは大通りを進んでいく。最初は不安のままに付き従っていたシャロンだったが、軒を連ねるかのように並ぶ屋台を前に、次第に空腹へと意識が移動していた。

 それを見透かしていたかのように、ラルフが声をかける。


「お腹がすいたでしょう。何か食べますか?」

「あ、そ、そうですね!」

「何がいいですか。コース料理か、このあたりは羊肉も美味しいと聞きましたが」


 ラルフが目星をつけている料理店の看板を見て、シャロンは目を剥いた。


(こ、高級店……)


 もちろん食べたくないわけではない。だがここで甘えてしまえば、きっとラルフの望むアイドル像とはかけ離れてしまう――何より、そんな大金申し訳なくて無理――という結論に達したシャロンは、ぶんぶんと首を振った。


「だ、大丈夫です! お、お腹いっぱいなので!」

「そうなんですか? でしたらお茶だけでも」


 それなら、とシャロンは顔をほころばせる。二人でお店を探しているうち、シャロンは一つの可愛らしい屋台に目を奪われた。ふわふわと漂う甘い匂いにつられるように、自然とシャロンの足が向いていく。

 いらっしゃい、という声に惹かれ品物を見ると、薄く焼かれた小麦粉の生地にクリームや苺、リンゴなどを乗せて、くるくると円錐状に巻いたお菓子が並べられていた。美味しそう、とシャロンが目を輝かせていると、隣にいたラルフがさらりと尋ねる。


「クレープですね。食べますか?」

「へ⁉ で、でも」


 だがシャロンの遠慮よりも先に、ラルフは二つのクレープを頼んでしまった。すぐに出来上がったそれを手渡されながら、シャロンは慌ててお礼を告げる。


「あ、ありがとうございます! すみません、お金を……」

「いりませんよ。いつも頑張っているご褒美です」


 ラルフの口角がわずかに上がる。アイドルとしてのシャロンを見守る、いつものラルフにシャロンはほっと胸を撫で下ろした。まだ温かいクレープの生地を口に含むと、じんわりとした甘みが広がる。


「お、美味しいです!」

「それは何よりです」


 目を宝石のように輝かせながら感動するシャロンを横目に、ラルフは再び笑みを滲ませていた。夢中になってクレープを食べていたシャロンだったが、今の状況にはたと気づきたちまち冷静になる。


(や、やっぱりこれ、デートに見えるのかしら……)


 ちらりとラルフを見る。

 相変わらず全身真っ黒なのは変わりないが、手にしているクレープの包装紙のせいで、今は至って普通の青年に見える。

 それどころか小さな村の中では、比較的目立つ端正な容姿に、先ほどからすれ違う女性たちがちらちらとラルフを見ては、きゃあと声を上げながら何ごとかささめきあっているのをシャロンは察していた。


(うう、隣にいるのがこんなでごめんなさい……)


 何故か申し訳なさを感じていたシャロンだったが、ラルフの隣に立てることに、ほんの少しだけ優越感も抱いていた。もちろん本当の恋人ではない。彼の偽りの妹、またはアイドルとしての関係でしかない。それでも。


(……嬉しい、なあ……)


 えへへ、と喜びを露わにしながらシャロンは改めてラルフに目を向けた。そこで彼の指で揺れる白い花を発見し、あ、と目を見張る。


(忘れてた! 指輪、外さないと!)


 どこかで返してもらおうと機会をうかがっていたのだが、食事の話をしているうちにすっかり忘れてしまっていた。上から下まで完璧な仕立ての男の手に、不釣り合いな花がある様はやはり不自然だ。もしかしたら、さっきの女性陣もこの指輪を笑っていたのかも知れない。


(は、早くしないと、でも、どうしたら……)


 わざわざラルフを引き留めて話すのも何だか恥ずかしいし、かといってこのままにしておくわけにもいかない。気づけばラルフは少し前を歩いており、シャロンは慌てて歩幅を広げた。


(そうだ、隣に並んだ時にこっそり抜き取れば……)


 時間が経っているせいか、指輪はだいぶしおれている。素早くやれば気づかれないだろう、とシャロンはラルフに近づくと、そろりと彼の手に指を伸ばした。

 するとどういう訳か、シャロンの手が触れた途端、ラルフがその指先を握り返してきたのだ。突然のことにシャロンは思わず「ひゃ、」と高い声を上げ、弾かれたように手を引いてしまう。と同時にラルフも驚いたように手を離した。


「ち、違います!」

「違うんです!」


 二人の声が重なる。シャロンとラルフは互いに何が起きたか分からない、というように目を見開いていたが、先にシャロンの方が否定した。


「あ、あの、指輪を……不格好だから、外そうと、思っただけで……」

「あ、ああ、……なんだ……指輪か……」

「すみません、驚かせてしまって」

「いや、私こそすみません。てっきり手を繋ぎたいのかと」


 苦笑しながら告げられたラルフの言葉に、シャロンは見る間に赤面した。


(か、考えてみたら、そうだわ……!)


 人混みの中二人で歩いていて、一方が手を伸ばしたなら、そう勘違いされても仕方がない。ラルフの平然とした様子を見る限り、おそらく保護者的な意味で手を繋いでくれようとしたのだろうが、当のシャロンとしては羞恥の限界だった。

 ちらとラルフを覗き見る。

 突然取り乱したシャロンに困惑しているのか、不安げな面持ちの彼を前に、シャロンはいてもたってもいられず踵を返した。


「す、すみません、わたし、少し頭を冷やしてきます!」

「シャロン⁉」


 ラルフが止めるのも聞かず、シャロンは一人雑踏の中へと消えていった。




 

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