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第三章 おやすみ、デート、そして抱擁



「お休み……ですか?」


 握手会で卒倒してから一週間後、ラルフの執務室に呼び出されたシャロンは、きょとんとしたまま言われたことを繰り返した。


「はい。このところ、ずっと働きづめでしたから」

「で、でもわたし、もうすっかり元気になりましたし、またいつでもアイドルの仕事、出来ます!」


 だがラルフはダメです、ときっぱり否定した。


「レッスンは続けますが、時間を短縮します。自主学習もしばらく休みなさい」

「でもそうしたら、わたしがここにいる意味が……」

「とにかく、しばらくパーティーには参加しません。いいですか?」

「は、はい……」


 にべもない様子のラルフに、シャロンは恐る恐る頭を下げた。しかしすぐに顔を上げて「すみませんでした」と小さく発する。


「あの、わたし頑張ります。なんでも、やりますから」


 するとラルフは珍しく、はあと呆れたようなため息を零した。


「――また倒れられては困ります。いいから、今は休んでください」

「……はい、分かりました」


 執務室を後にしたシャロンは、自室へ向かう廊下を歩きながら困惑していた。


(……やっぱりこの前のが原因で、呆れられてしまったんだわ……!)


 出来ますと言って受けた握手会なのに、終わり際に倒れてしまう体たらく。挙句ラルフの手を煩わせたとあれば、これはもう商品として許される限度を超えている。


(ど、どうしよう……他のアイドルを探すとか、もうお役御免と言われたら……)


 シャロンがラルフの元にいられるのは、アイドルという関係あってこそだ。その繋がりすらなくなってしまえば、養子縁組は解消され、シャロンは再び放浪の身となってしまう。何より、ラルフと隣立つことも出来なくなってしまうのだ。


(い、いやーー! どうしたらいいの⁉)


 シャロンは頭を両手で押さえ、ふるふると首を振っていた。









「うわ暗ッ、一体何してるのよ」

「なんでもありません……」


 シャロンがいなくなってから数分後、サルタリクスが執務室へと顔を出した。だが部屋の主であるラルフは机に肘をつき、まるでこの世の終わりのように両手で顔を覆っている。その様子に何かを察したサルタリクスは、鎌をかけるようににやりと笑った。


「もしかして、アイドルをお休みにしたのかしら?」

「な⁉ どうして、それを」

「レッスンの時間を短くしたでしょう。あと週末あれだけ入れていた予定も、全部キャンセルしたらしいし」

「……」

「まあ今までが頑張りすぎだから、あたしは良いと思うけど。ていうか、……まさかそれを伝えただけで、そんなになってるわけじゃないでしょうね?」

「な、なるわけが、ないでしょう……」


 もちろん嘘である。

 先日の一件を受け、シャロンの体調を考慮した結果、しばらくパーティーの参加を取りやめようとラルフは決心した。もし本当に自分のせいで彼女が無理をしているのであれば、それはラルフにとっても本意ではない。


(だから……休みだと言えば喜んでくれると思ったのに……)


 だが実際休みを言い渡すと、シャロンはまるで捨てられた子犬のように途方に暮れていた。まだ働けます、頑張りますと必死に訴える姿を見て、ラルフはますます心境が分からなくなっていく。


(少し働かせすぎたのか? いや、でも特に嫌がっていた時などはなかったはず……それもすべて、私に気を遣ってのことだとしたら……)


 前髪にぐしゃりと指をくぐらせ、ラルフはようやく顔を上げた。これしきのことで取り乱してどうする、と目を瞑り自身に言い聞かせようとするが、ふと先日のサルタリクスの言葉が甦ってくる。


――『あの子、あなたのことが好きなのよ』


(そんなはずない。どうやったら私のことなど……)


――『てっきり、あなたもあの子のことが好きなんだと思っていたわ』


(だから、違う!)


 懸命に否定をするが、ラルフの胸には謎の痛みが残ったままだ。この痛みは――さきほどシャロンから向けられた、悲しそうな瞳を見てからずっと、じくじくと癒えない傷のようにラルフの体を侵食している。

 分かりやすく葛藤するラルフに気づいたサルタリクスは、どこか楽しそうに彼の姿を見つめていたが、やがて良いことを思いついたとばかりに一つの提案をした。


「まあいいわ。ちょうどいいから、二人でどこかに出かけてきたら?」

「ど、どうしてそうなるんです!」

「だってあの子、この邸に来てから一度も遊びに出ていないんだもの。毎日レッスンと勉強ばっかり。年頃の女の子なら普通イヤになって逃げだすわよ」

「そ、それは、たしかにそうですが……別に私が同行する必要はないのでは」

「あーら、シャロンを押しも押されもせぬアイドルに育て上げたのは、一体どこのどいつかしら? 今あの子がのほほんと街を一人歩きでもすれば、すぐに記者や貴族の連中が襲ってくるわよ」

「ぐッ……しかし」

「それに最近、王都で女の子が何人か、行方不明になったことがあったでしょ」


 サルタリクスの言葉に、ラルフは視線を机上に落とした。

 その事件については報告を受けていたが、たしかまだ犯人が捕まっていなかったはずだ。確かにシャロン一人で出かけさせるのは危険極まりない。


「大丈夫。きっと目をキラキラさせながら『行きたいです!』って言うわよ」


 仕事の時は、荒くれども相手に飄々とうそぶいているラルフの姿はどこへやら。一枚上を行くサルタリクスの言葉に、ラルフは再び悶々とした戦いを心の中だけで繰り広げていた。



 

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