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第二章 2



 そして運命の日が訪れた。

 会場へと向かう馬車の中、隣に座るラルフが問いかける。


「緊張していますか?」

「は、はい。少し……」


 落とした視線の先には、ラルフからもらったピンクダイヤモンドのネックレス。恐れおののくシャロンとは対照的に、宝石は相変わらず完璧な美しさを保っている。


(大丈夫、……大丈夫……)


 しかしいくら言い聞かせても心は休まらず、シャロンは座席についていた手をぎゅっと握りしめた。すると節が白くなるほど力を込めていたシャロンの片手を、隣にあったラルフの小指がちょんと叩く。


「――⁉」


 思わず手を緩めてしまったシャロンを見て、ラルフがくす、と堪えるように笑う。そのままシャロンの手をすくいあげると、指先に口づける真似をした。


「大丈夫。あなたはもう立派なアイドルです。自信を持ちなさい」

「は、はい」


 やがて車輪の速度が弱まっていき、馬のいななきと共に馬車が動きを止めた。外から扉が開かれ、先に下りたラルフがシャロンに向けて手を差し出す。


「さあ、――いきましょうか」








 ホール内の騒がしい空気が、その一瞬だけしんと静まり返ったかのようだった。

 王族か大公の来訪か、と扉から遠い人間は目を凝らす。するとそこには、花の精霊のように輝く美しい少女が立っていた。


 一番に目を引くのはその髪。真珠かオパールの虹色をまとった柔らかい薔薇色で、アップスタイルにしているご婦人が多い中、ごく自然な形で下ろしていた。だがけして不躾な印象はなく、隅々まで手入れの行き届いた人形のような滑らかさだ。

 肌は白く、眼は不思議な色味を纏ったブラウンアイ。やや小柄だが、手足のバランスが抜群によく、細い腰がはっきりと強調されている。

 身に纏っているのは純白のドレスと、肘上まである絹の手袋。そして薔薇をモチーフにした小振りの(ディアデム)――この夜会でデビュタントとなる者の正装だ。しかし同じ衣装の少女は何人かいたものの、彼女ほどの輝きを放つ者はいない。


 少し緊張しているのか、少女は最初固い表情を浮かべていた。

 だが隣に立つ青年から手を引かれるのに合わせて、わずかに口元に笑みが零れ始める。作り物のようであった彼女は、次第に可愛らしい雰囲気を生み出し――その見事な変貌の終始を見ていた男たちは、何故か胸の奥が締め付けられるようだった。



「お兄様、わたし、変じゃありませんか?」

「ええ。皆があなたに見惚れていますよ」

「そ、そんなことは……」


 シャロンはさらりと告げられたラルフの言葉に、思わずうつむいた。




 ――扉を開けた瞬間、とてつもない視線を浴びた。

 最初は隣に立つラルフに向いているのかと思っていたが、どうやらシャロンに対してのものだと分かった瞬間、急に心臓が早鐘のように高鳴り出す。


(だ、だめだわ……まだ会場に入ったばかりなのに……)


 すると突然、ラルフがシャロンの手を取った。

 びく、と一瞬浮かせかけたが、エスコートの一環だと察してシャロンはそっと手を戻す。手慣れた様子で先導するラルフに従いながら、シャロンはたまらず顔をほころばせた。


(な、なんてご褒美……神様、ありがとうございます……!)


 これだけで、今までにした努力のすべてが報われるような気がした。






 そうしてシャロンはある集団へと案内された。どうやらラルフの仕事上繋がりのある貴族たちらしく、彼らはシャロンを見るや否や、ラルフに食いかかるように問いただす。


「ラ、ラルフ、彼女は一体?」

「ご紹介が遅れて申し訳ない。彼女は私の妹です」


 妹ォ⁉ と驚きと動揺の声が一斉に上がった。


「といっても血縁関係はありません。事故で亡くなった知人の娘さんを、うちに養子として迎え入れただけですよ。――シャロン、御挨拶を」

「シャロン・リーデンと申します。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします」


 ダンスには笑顔も大切よ、とサルタリクスから散々鍛えられたのを思い出しながら、シャロンは出来る限り控えめに、だが一番美しく見える微笑みを披露する。

 するとラルフ以外の男性陣が、一様に瞠目した。その後何度も瞬きをする者、頬を赤く染め上げる者などが出始め、先頭にいた男性が「ちょっと来い!」とラルフを引っ張って行ってしまう。


(あ、ラ、ラルフさんが……)


 すると保護者がいなくなったシャロンを取り囲むように、ぶわりとした人だかりが出来た。シャロンは正体を疑われないよう必死に受け答えをしていたが、どうにも質問が途切れる気配がない。


「恋人は? 婚約者はもう決まっているの?」

「え、ええと、そういった方はまだ……」

「俺はどう⁉ 立候補するよ!」

(ひえええ……)


 ある程度の質問と答えは考えてきたつもりだったが、シャロンが思っていた以上にぐいぐいと迫ってくる。下手なことを言えばラルフとの関係を疑われかねない、と悩むシャロンの元に、ようやく友人から解放されたらしいラルフが戻って来た。シャロンをかばうように前に立つと、いつもの慇懃な笑顔を浮かべる。


「失礼。そう言った質問はやめていただけますか」

「だがなあラルフ。こうして社交界に連れてきたということは、そういう相手を探す意味もあってのことだろう?」

「もちろん、妹が望むのではあれば私は否定いたしません。ですが彼女には家柄や後ろ盾といったしがらみを考えない――本当に好きになった相手と、きちんと恋愛をしてもらいたいと考えていますので」


 すらすらと出てくる虚言に、シャロンは耳を疑った。やがてぐいとラルフに手を引かれ、そのままどこかへと導かれる。ああーと残念そうな声を上げる集団を見送りながら、シャロンはようやく緊張を解いた。


「お兄様、どこに行くのですか?」

「せっかくの場ですからね。あなたをより多くの方に見てもらわなければ」


 たどり着いたのはホールの中央だった。多くのカップルが手を取りながら踊る輪の中に、ラルフはそっとシャロンを招き入れる。


「おいで」

「――っ」


 伸ばされた腕に恐る恐る手を重ねる。そのまま流れるような優雅さで、シャロンとラルフは色とりどりの花畑へと身を投じた。赤や黄色、緑といった極彩色のほか、シャロンと同じ白いドレスの女性もおり、くるりくるりと花が開くようにスカートが翻っている。


(――素敵……!)


 シャンデリアのきらめきの下、まるで自分自身も輝いているかのような幻想を、シャロンはうっとりと味わっていた。しかもその手を引くのはラルフ――と視線を交わらせたとこで、眼鏡の向こうで彼が微笑む。


「先ほどはすみません。予想外に引き留められまして」

「い、いえ! 助けてくださり、ありがとうございました……」

「兄として、妹に近づく不逞な輩は許せませんからね」


 ふふ、と目を眇めるラルフを前に、シャロンは一体どこまでが本気なのだろう、と顔を赤くする。ラルフに気づかれないようわずかに首を振った。


(今は余計なことを考えない! ……わたしは完璧な『アイドル』になるんだから……)


 シャロンは自らに言い聞かせると、ようやく静かに瞼を押し開いた。

 すると纏う空気が変わったのを察したのか、ラルフはにやりと口角を上げる。思い出したか、と言外に伝えるかのように。


「ここからが、あなたの『本当の』腕の見せ所ですよ」

「――はい」



 

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