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天そばキャンプ  作者: 中村文音
9/11

てんそばキャンプ

 子供たちは豚の用意したかごに獲った野菜を丁寧に入れています。

 重い南瓜は隅っこに、茄子やピーマンは同じ種類ごとにを並べて、キュウリは折れないように、トマトは傷つかないように。

 それから豚に抱っこしてもらって、一人一本ずつとうもろこしをもぎました。


「先生、豚さん、こんなに獲れたよお」


「ぼくも、たくさん獲ったあ」


「あたしも、あたしもよ」

 

 ハルもソウもミサキも、汗をかきかき夢中になって野菜獲りをしています。


「ほお…、たんと獲れたねえ」


「みんな、野菜を大切に扱って、偉いぞ」


 豚は採れた野菜の一部を先生の奥さんにお福分けしました。

 

「じゃあ、わたしはこれで、失礼しますよ。

 あなた、お気をつけて。

 豚さん、主人と子供たちをよろしく」


 奥さんは野菜の入った袋を抱えて帰っていきました。


「さあ、みんな、わたしたちは次は川へ行って水浴びをしよう」


 子供たちが川ではしゃいで遊んでいる間に、豚は獲れた野菜をひとつひとつ洗いました。

 そして、川から上がって子供たちを見ている先生に言いました。


「今のうちに遊んでおくことです。

 お盆になったら、水へはもう入れません。

 仏さまに引いていかれますからね」


 そして、ちょっとしんみりした空気を払うように明るい声になって付け加えました。


「すいか、さっき、井戸から引き揚げてありますよ。

 ようく冷えてます」


「ありがたいです。

 さすが、ご主人。気が利きますな。

 川から上がったら、早速、冷えたのにかぶりつきますかな」


「せっかくですから、すいか割りをしましょうよ。

 そう思って、ちゃあんと三人分用意してあるんです」


「おお、それはいい。

 みんな喜びます。

 この子たちはすいか割りをするのは、初めてかもしれません」

 

 昔、子供がたくさんいた頃は、村にも子供会があって、夏の行事ですいか割りや花火大会をしたのです。

 でも、今はそれもなくなりました。


「ぼく、すいか割り初めてだー」


「テレビで見たことあるんだ。一回やってみたかった!」


 大騒ぎですいか割りをした後、甘くて冷たいすいかをお腹いっぱい食べた子供たちが、学校へ戻って、風通しのいい宿直室で昼寝をしている間。校長先生と豚は、家庭科室でそばつゆに使うおだしをとることにしました。

 冷蔵庫を開けると、幾瓶ものポットに水が入っています。


「この水は、そばつゆ用かい?」


 先生が尋ねると、


「そうです。

 それと、天ぷらの衣用です。

 卵と合わせてからふるった粉を入れるんですが、冷たい水だとおいしく揚がるんですよ。

 この辺は山の中で水もいいですが、うちの井戸水は別格なんですよ。

 なにしろわたしが掘ったんですから」


 豚は鼻をひくひくさせて得意気に言いました。


      *     *     *


 夕方からそば打ちが始まりました。

 校長先生と昼寝から覚めた子供たちは、豚に教えられた通りそば粉と小麦粉を混ぜ、水を入れてこねました。

 ハルもソウも、顔のあちこちに粉をつけて大奮闘です。

 

「粘土みたいだけれど、ずっと硬いねえ」


 ミサキの手は小さくて力も弱いのでなかなか上手くいきません。

 そんなところは、さり気なく豚が手伝ってくれるのでした。


 そのうち、


「ミサキ、食べ物で遊んじゃ駄目じゃないか」


 ハルが妹を見てちょっと怖い声で言いました。

 ミサキはただこねることにあきてしまったのか、こねたものを小さく丸めたり手のひらで細く伸ばしたりしているのです。


「いいよ、いいよ。まだ小さいんだ。

 ミサキちゃんのこねたのは、豚さんがまとめ直してそばがきにしてあげるから」


 主人がふくれたミサキを気遣って言いました。


 次は台に粉を振ってまとまったそばを麺棒で伸ばします。

 子供たちが広げたそばを豚がさらに薄く広く伸ばしました。

 それから畳んで細く切ります。

 豚が手本を見せてくれました。

 けれど、ハルもソウも、細く上手に切ろうとしても、どうしても太く不揃いなってしまうのです。


「なんだかおそばじゃないみたいだねえ」

 

「うん、うどんかきしめんみたい」


「それならまだいいよ。麺じゃなくて、新しい食べ物と思った方がいいかも」


 男の子二人は、額に汗の玉をつくりながら悪戦苦闘しました。


「あんなに速く、細く切れるなんて、豚さんはすごいんだねえ…」


「そんなことはないよ。

 何事も初めから上手くいったらつまらないだろう。

 上手くいかないのは失敗じゃなくてチャンスなんだよ。

 できないことはできるようになりたいと思って練習すればいいんだ。

 そうしているうちに上手になっていくんだよ、誰でも。

 豚さんだって初めは酷いもんだった。

 それに比べれば二人とも最初にしては十分、筋がいいよ。

 大事なのは楽しんでやることさ」


 校長先生は聞いていて、なんだか自分が言われているような気がしました。


 コノエが健介のところに行っている間、私は面倒がってほとんど料理をしなかったが、やっぱりよくなかったな。

 もう、「男子厨房に入らず」って時代でもないだろうし。

 よし、私もこれから食わず嫌いをせず、頑張ってみるか。

 少なくともそば打ちはこの日のためにとんとん庵に通って練習したんだし。

 この間生まれた孫が大きくなってこっちへ来たら、食べさせてやりたくもあるし。

 いやいや、ずっと家のことを任せっきりにしてきたコノエを、たまには休ませてねぎらってやるのもいいかもしれん。


 豚がミサキの右の手に手を添えて、左の手は危なくないように包んで、ゆっくりゆっくり切っています。

 もみじのような小さいミサキの手にはまだ包丁は大きくて重たかろうというのです。

 そんなこんなでようやく力作のおそばが出来上がりました。

 いかにも不格好で不揃いなおそばでしたが、子供たちは大満足でした。

 そうそう、そばがきももちろんありました。


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