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天そばキャンプ  作者: 中村文音
8/11

てんそばキャンプ

 踊り疲れて、家から持ってきたお弁当で早めのお昼にして一服したところに、折よく豚がやって来ました。

 豚は元気よく挨拶をして言いました。


「ハル君、ソウ君、ミサキちゃん、こんにちは。

 先生の奥さまも初めまして。

 わたしは村のおそば屋さん、『とんとん庵』の主人です。

 今日はみなさんのキャンプを楽しくするお手伝いのために伺いました。

 仲良くしてくださいね」


「わあ、豚さんだあー」


「豚さんが来てくれたあ」


「おっきいなあ。おとうさんよりおっきいかも…」

 

 子供たちは初めこそ驚いていましたが、楽しそうなとんとん庵の主人につられて、すぐ慣れてうきうきしてきました。

 豚は言いました。


「みなさん、もう、おなかは落ち着きましたか?

 さあ、これからわたしの畑へ行って、野菜獲りをしましょうね。

 色んな野菜が植わわっていますよ。

 もちろん、奥さまもご一緒にどうぞ。

 さあ、帽子を被って…、

 用意はできましたか?」


 みんなは豚について歩きだしました。

 村を抜け、山の中をずんずん歩いていきました。


 豚の家と畑は、川のほとりにありました。

こじんまりとした畑でしたが、色々な野菜がどれもよく実っていました。 


「へえ…。

 この山の中に、こんな家や畑があったんだ…」


 校長先生が感心したように言うと、豚が得意そうに答えました。


「ええ、この辺りは私の庭みたいなものですから。

 わたしはずっと昔から、ここで暮らしてきたんですよ」


 校長先生はそれを聞いて、ふわりと思いました。


「よく知っているつもりの山だったのに、まだまだ知らないことがあるんだなあ…」

 

 それはなんだか明るい気持ちでした。

 今まで校長先生の心には、何をするにも、分校が閉められてしまう寂しさがどこかしらに影のように寄り添っていたのが、口笛でも吹きたくなるようなのびのびした気分が生まれてきたのです。

 久しぶりに楽しい気持ちになって、校長先生は思いました。

 

「これからもこんなことはたくさんあるだろう。

 この村も自分の人生も、まだまだこれからだ。

 こうして、新しく店を始めた豚もいる。

 しょげてなんか、いられないぞ…」


 豚のこじんまりとした平屋の家は、広い畑に囲まれて、小さな鶏小屋まであって、なかなか大したものでした。

 ひまわりやほうせんかの植えられた庭に、一羽の雄鶏と幾羽かの雌鶏が、ココココ…と鳴きながらまかれたえさを拾いに土をつついています。

 生まれて間もないらしい可愛らしいひよこもいます。


「わあ、ひよこがいるよお!」


 子供たちは喜んで、ひよこを捕まえようと追いかけました。


「おいおい、危ないぞ。

 親鳥につつかれるぞ」


「大丈夫ですよ。

 うちの鶏はおとなしいんです。

 おおい、子供たちをつついちゃ駄目だぞう。


 そうそう、すいかを井戸で冷やしてありますよ。

 とびきり甘くて大きいのをね」


「そりゃあ、ありがたい。

 みんな喜びます」


「じゃ、そろそろ野菜を採りましょうか。

 みんなあ、畑に行くよお。

 野菜を採るよお」


 豚が叫ぶと、子供たちはわあっと歓声を上げました。

 

 元気なペンギンみたいなつやつやとした茄子。

 豆電球を入れたらシャンデリアになりそうなピーマン。

 どっしりした南瓜に真っ赤なトマト。

 みずみずしい胡瓜に丈の高いとうもろこし、わさわさした大葉…。


「とうもろこしは、朝早く涼しいうちに獲らなきゃいけませんからね。

 今日は収穫体験に一人一本ずつです。

 背が高いから、わたしが抱っこしてあげましょう。


 さつまいもは試し掘りをしておきましたよ。

 今日あたりはちょうどいい頃合いのはずです。

 水分を飛ばすために、掘ったあと畑に置いて日に当てておくんです。

 掘ったあとのことは、わたしがしておきますから大丈夫です」


「へえ…、そんなふうにするのかい」

 

「手間がかかるもんなんですねえ…」


 おじいさんもおとうさんも教師という家で育った校長先生には初めて知ることばかりでした。

 奥さんのコノエさんも、農家の出ではありません。


「畑をやるって大変なことなんですねえ」


「定年になったら、わたしもご主人に教えてもらって、頑張ってみようかなあ…」


 豚はなぜだかそれには答えず、ただ、ははっ…とさわやかに笑いました。



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