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天そばキャンプ  作者: 中村文音
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てんそばキャンプ

 白い硬そうな毛のたくさん生えた太い桃色の腕の先についている手、それは人間のものではありませんでした。

 そこにあったのは人の指ではなく、よく磨かれた厚いひづめだったのです。

 じゃんけんのチョキのように二つに分かれていて、後ろにも小さい指先がのぞいています。


「これは…豚足? そうだ、これは豚の足だ…!」


 先生が恐る恐る目を上げると、そこにいたのはなんと大きな一匹の雄豚だったのです。

 強そうな、怖そうな雄の豚が、先生をぎろりと見下ろしていたのでした。

 豚は険しい目をしています。

 校長先生の背筋がぞくりと寒くなりました。


「そっ…それなら、カレーは止めて…、そうだ、豚汁…」


「ますます、いけません!」


 校長先生はまた、ひやりとしました。


 そうだ、相手は豚だった…!

 それも、とびきり強くて怖そうな…。


 

 それに、ここには包丁もあるし、火も使っているし、鍋には熱いお湯が煮えたぎっているし…。


 ここでこの豚を怒らせたら、わたしには勝ち目がない。

 圧倒的に、こっちが不利だ…。


 先生が焦りでじりじりしかけたとき。

 相手は思わぬさわやかさでこう言い放ったのです。


「だったら、そば打ちなんていかがですかい?

 大丈夫、わたしがお教えします。

 お手伝いしますよ。


 いや、なんたって、ほかならぬ校長先生のお頼みなんですから!」


 いや、別に、頼んではいないんだが…。


 校長先生は戸惑いました。

 だって、そうでしょう?

 キャンプでそば打ちなんて、聞いたこともありません。

 それに、小さい子供の手には難しくはないでしょうか?

 でも、先生はおそばが大好きでした。


 そばか…。

 いいかもしれない。

 粋だし、風情はあるし、暑くて食欲がなくても、つるつるっと入るし、のど越しもいい。


「そばか…。いいかもしれないねえ…」


「でしょう?」


 そば屋の主人はここぞとばかり嬉しそうに言いました。


「そばの種類は何がいいだろう…?」


 校長先生は考えました。


「子供たちがいるのだから、ボリュームのあるのがいいな。

 例えば…」


 肉そば…と言いかけて、慌ててそれを飲み込みました。

 いけない、いけない、相手は豚だった…。

 ここでまた怒らせたら、元も子もない…。

 

 ところが、またも豚は、明るい声で意外な提案をしたのです。


「天そばなんていかがでしょう?

 わたしの畑でみんなで野菜狩りをして、そうしてそれを揚げるんです。

 茄子、ピーマン、南瓜、隠元、それから、とうもろこしも大葉も。

 いろんな野菜がなっていますよ。

 納屋には人参と玉葱とさつまいももあります」


「それはいいかもしれないな。

 子供たちも喜ぶし、いい思い出になりそうだしなあ。

 子供たちは三人とも、これから町で暮らしていくことになるからねえ…」


「でしょう?

 火も油も使うから、危なくないように、てんぷらは私が揚げますよ。

 そばつゆも、出汁からちゃあんととって、あらかじめ冷やしておきましょう。


 子供たちには、粉からそばを打ってもらいましょう。

 十割だと千切れて難しいから、小麦粉を混ぜた二八にして。

 そば粉も小麦粉も、わたしが畑で育てて粉に挽いたものが、袋に入れて納屋に積んでありますから」

 何から何まで手回しがいいことだ…。


 先生はだんだんその気になってきました。

 そして日本酒の器を手にすると、グラスに注いで一口含みました。


「こりゃあ、うまい」 


 きりりと冷えた日本酒は、一筋の滝のようにのどを潤して、ふくいくとした余韻を残しました。


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