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天そばキャンプ  作者: 中村文音
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てんそばキャンプ

「もうすぐ夏休みだな…」


校長先生は誰に言うともなくつぶやくと、そのまま窓の外に目をやりました。

古い木の窓枠にはめ込まれた、よく磨かれた窓ガラスを通して、木々の濃い緑が目に沁みるようでした。

 学校は少し前から半日授業になっていて、がらんとした古びた校舎に今いるのは校長先生ひとりきりでした。


「夏休みが始まる前に、いや、始まってからでも、あの子たちが引っ越していってしまう前に、何か楽しいことをしてやりたいなあ…」

 

校長先生は前々から思っていたことを、またぼんやりと思い浮かべました。


 

 ここは山の中の小さな小学校でした。

 少し前までは各学年ごとに何人かずつでも生徒が揃っていました。

けれど、いつからだったでしょう、生徒は卒業していくばかりで、新しく入ってくる子供が次第に少なくなってきたのは。

 そればかりではありません。

 実入りのいい仕事や便利な暮らしを求めて、働き盛りの若者がだんだん村を出ていくようになり、子供たちもそんな親たちと一緒に大きな町の大きな学校へ転校していってしまうようになったのです。

 村に残るお母さんに子供の世話を頼んでお父さんだけが働きに行ったのは、もう遠い昔のことになりました。

 村に中学校がなかったことも一因でした。

 子供に山道を長い時間をかけて通わせるより、一家揃って町へ出ていったほうがいいと親たちは考えたのでしょう。

 いつしか村は、おじいさん、おばあさんばかりになっていきました。

 小学校へ通ってくる生徒もどんどん減りました。

 そして今では、この学校の生徒はたった二人だけになってしまったのです。

 四年生のハルと、その弟で二年生のソウでした。

 二人にはその下に、村に幼稚園があれば年長さんになる年の、ミサキという妹がいました。

 その子供たちも、この夏、お盆が終わったら、隣の県の大きな町へ行ってしまうことになっているのでした。

 何年か前、先に村を出た子供たちの伯父さんの始めた工場が繁盛して、お父さんに仕事を手伝ってくれるよう頼んできたからです。

 子供たちのお父さんも、そのお兄さんにあたる伯父さんも、校長先生のかつての生徒たちでした。

 そればかりではなく、二人のお嫁さんたちも校長先生の教え子でした。

 この小学校を出た子供たちは、遠くの中学や高校に村から自転車で通い、そこを卒業すると家を継いで田んぼを作り畑を耕して、やがて結婚して子供が生まれると、その子たちを自分の通った小学校へ通わせてきたのです。


「あの頃は、この学校も賑やかだったなあ…。

 でもいつか、こんな日が来るような気もしていた…」

 

 時の流れは仕方のないことだ、と思いながら、校長先生は残念でならないのでした。

 


 学校は来年の春で廃校になります。

 ハルとソウたちが引っ越してしまったら、村にはもう子供がひとりもいなくなるからです。

 二人の妹、ミサキより小さい子は村にはいません。

 これから子供を持ちそうな若い夫婦もいないのです。

 学校は閉めるよりほか、ありません

 仕方のないことでした。

 だから校長先生は、せめて最後に何かしたいのでした。

 何か楽しいこと。

 とても楽しくて、大切な思い出となるような、いつまでも忘れられず心に残ることを。

 そのとき。

 校長先生の頭に、こんなことがひらめきました。


「そうだ、学校でキャンプをしたらどうだろう」

 

 ハルとソウと、それからできればミサキも呼んで、みんなで飯盒でご飯を炊いて、カレーか何か作って、そのあと校庭でキャンプファイヤーを囲んでーーー。

 そうしたら、子供たちはどんなに喜ぶだろうーーー。

 楽しい情景が次々と校長先生の頭に浮かびました。


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