騎士団入隊しました!
「女の入隊希望者だぁ?」
いつもより一段と低い声で
眉間にシワ寄せ、物凄く嫌そうに言う。だがこんな事は想定内だ。
ローリングに仕組まれた仕事とは知らずに帰ってきた兄を呼び止め、話があると部屋に招き入れる。ローリングも同席している。
「ユリの実力は確かだよ、上級クラスでも引けは取らない
と思う」
「正気か?」
もちろん、とローリングと目を合わせて頷く。
「8年間ユリに武術を教えたのはカルロ=カーウェルなんだよ」
とたん兄の顔色が変わり、弾けた様に椅子から身を起こす。
「生きていやがったか!今どこにいる!?」
気になるのはそっちか。
「どこにいるかはユリに聞いてみないと分からないけれど」
「その女はどこにいる?」
「えっと、用意した客間にって、どこ行くのっ!もう遅いし、こんな時間に女性の部屋に行くのは・・ちょっ駄目だって!」
ローリングと2人かかりで止めようとしているのに平然と僕らを引きずりながらユリのいる部屋に移動しようとする。そんな兄を止められない自分が不甲斐ない。
部屋の前までくると兄は扉をガンガン叩き、
「おい、開けろ!」
いやいやいやいや!夜中に訪問するだけでも非常識なのに 名前も名乗らないで、怪しい事この上ない。そんなんで開けてくれるわけないでしょう、と兄に言おうとした時、
「はい?」
扉が開いて、ユリが顔を出す。開けちゃうの!?
しかもユリは風呂上がりでタオルを肩にかけて濡れ髪のままである。まずい時に来てしまったとローリングと顔を見合わせる。
「話がある、入るぞ」
そう言って、ユリを押しのけズカズカと部屋に入っていく兄が信じられなかった。
「2人ともどうしたの?入って」
扉の前で立ちすくむ僕とローリングを交互に見て首を傾げるユリも無防備すぎる。石鹸の香りが部屋に充満していて
普通の男なら 入る事を遠慮する。
「ご、ごめんね こんな遅くに」
申し訳ない気持ちで謝罪しているのに
「おい、何してる!さっさと入れ!」
中から兄の声が聞こえて
ここはアンタの部屋かい!と突っ込みたい。
「さっさと座れ」
この部屋の主人化とした兄はソファに踏ん反り返って顎で座れ、と命じる。全員が腰を下ろした事を確認すると、ユリに向かって一言。
「奴はどこだ?」
「まずは自己紹介でしょうがっ!?」
どこまでも常識をすっ飛ばそうとする兄に席を立って指を突きつける。興奮したせいか頭痛がしてきた。こめかみを抑えて俯くと、ローリングが慌ててユリに兄を紹介してくれる。
「ユリ、彼がアベル=クライス、アーサーの双子の兄で、ここの最高責任者よ」
ユリは頷き、座ったまま兄に頭を下げた。
「ユリと申します、奴とはカルロの事でしょうか?」
「そうだ」
「カルロならここ1週間ぐらい会ってませんが、私の入隊が正式に決まれば、必ずここに来ます。いつ、とは断言できないけれど」
「どこに行くとか聞いてねぇのか?」
「どこに行くかと聞いて行き先を告げる人じゃないです カルロと会った事は?」
「ある」
「なら、これは断言します。
歳を重ねたからといって丸くなったとか妥協する事を覚えたとか、人の意見に耳を傾けるとか、一切ありません!カルロは昔も今も中身は子供のままです !」
キッパリ言い切り、力強く頷く、真面目な顔で。
「・・・・お前よく8年もアイツと一緒にいたな」
呆れた様にそう言って腕を組む。
「お前、あいつにどんな訓練やらされてきた?」
あ、それは僕も知りたいな。
女性の身でどんな修行をすれば、これ程の実力がつくのか、純粋に興味がある。
「色々やらされましたが、最初は崖から突き落とされて」
「「「エ?」」」
3人の声が被った。
「川の流れに逆らって泳ぎました。手を抜くと滝に落ちてしまうので必死に岸まで」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「毒蛇に噛まれない様に素手で捕まえたり」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「上から10mぐらいの長さがあるロープを足を縛って命綱なしで登ったり、それから」
「待て、・・・もういい」
ユリの話を制止したのは兄だった。
「あいつは鬼畜か!」
そう言って額を抑えて呻く。同感だ。全くもって同感だ。
「ユリの強さの根源は命がけの訓練だったのね・・・カ・ル・ロの野郎ぅ乙女をなんだと思ってやがる」
後半、声が男に戻ってる。旧友が久々に本気で怖い。
「入隊の許可は出してやる、ただしブロンズからだ」
「ちょっと!1番下じゃない!せめてゴールドぐらい」
ローリングが文句を言いながら兄に突っかかるがユリが止めに入る。
「ありがとう、入隊さえ出来れば、後は自力でのし上がってみせるから」
そう言って、笑うユリを兄が瞬きもせずに凝視していた。
ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド
5段階のランク分けがあるがダイヤモンドの称号が与えられるのは1人だけで、今は兄が持っている。僕とローリングはプラチナだ。今回ブロンズからの入隊になったのは、騎士団内部の反感を買わない為にだろう、ユリが実力を示せば周りも納得する、そう考えての判断だと思う。
この日、カナン国初の女性騎士が誕生した。