騎士団入隊希望です!
「ユリと申します。15歳。
武術、剣術歴8年になります」
そう言って背筋を伸ばした少女は、キリリっと顔を引き締める。
まだあどけなさを残す顔立ち。腰まである長い黒髪に白い肌、大きな黒目の右下には小さな涙ボクロがある。美少女だった。
「はじめましてユリ。僕はアーサー=クライス 兄は今不在で僕が代わりを担当する事になりました。えっと、騎士団入隊希望、で間違いないのかな?」
何かの間違いじゃ?と思って確認するが
「はいっ!間違いありませんっ!」
そう言って、またビシッと背筋を伸ばす。
初の女性騎士希望者に、こんな時のマニュアルが欲しいと
思ってしまう。兄なら即「帰れ!」と言うだろうが、自分にそんな度胸はない。泣かれでもしたら罪悪感でどうにかなりそうだ。
「入隊する為には試験があってね、それに合格しないと入れないんだよ」
簡単に入れないと知れば諦めてくれるかと思ったのだが
「承知してます。受けさせて下さい、女だからと特別扱いはいりません!」
これは手強い。
「えっと、武術、剣術は自己流なのかな?」
だとしたら素人同然だろう。
「いえ、カルロ=カーウェル、彼が私の師範です」ぬ
「・・・・・・・・・エ?」
カルロ=カーウェル!!?
まさか無敗伝説の男の名をこんなとこで聞く事になるとは思わなかった。騎士団でこの名前を知らない者は、まずいない。ここ数年行方知れずで敵も多かった故、生死を危ぶまれる噂もあったが
生きていた様だ。目の前の少女はお世辞にも強そうとは言えないが、カルロの名前が出た以上、試してみる価値はありそうだ。
「入隊試験を許可しよう」
それはちょとした好奇心だった。
「いや、あのね・・・戦い方については指示しなかったけれども、これはちょっと・・」
「え?駄目なんですか?急所を狙ったら」
「急所、っていっても・・」
ユリの力量を測る為3人の騎士団員に相手を頼んだのだが
今、全員股間を押さえて悶絶中である。痛々しくて見てられない。団員達は最初ユリを見て「女性じゃないですか!自分には無理です!」と全員相手になる事を嫌がった。まぁ普通はそうだよね。
「さっき身体検査をしたんだけど、彼は間違いなく男だったよ、オカマだ」
「オカマ!?」
「まじっスか!?」
「全然わかんねぇ」
あっさりと僕の嘘にひっかかる団員達に、ごめんと念仏を唱えた。
「困ったな」
ユリを入隊させる権限を持っているのは兄のアベルだけだ。だが兄は実力のない者は容赦なく切り捨てる、例え相手が女性でも、それは変わらない。兄を説得するだけの材料がなければ、ユリを推す事も出来ない。
「アーサーが相手になってくれない?」
「えっ!?僕ぅ!?」
突然のご指名に声が裏返ってしまったじゃないか。
「いや、僕はこれでも上級クラスで」
「知ってる。でも戦う事自体はあまり好きじゃないんでしょ?それが実力を伸ばし切れない要因だってカルロが言ってた。私アーサーの本気を見てみたい」
「!!」
驚いた。今ユリが言った事は昔カルロ本人から直接指摘された言葉だったからだ。
「じゃ・・本気でいくよ?」
ちょっと脅す様に真顔で言ってみると、パァッと花が咲いた様に笑う。凄く嬉しそうだ。いや、可愛いけど そこ笑うとこ?
「いつでもいいよ」
マントを外し、最初はユリに打たせてみるか、と思っていると
「って、うわっ!」
いきなり攻撃してきたユリの右ストレートをかわしたと思ったら間を置かずに蹴りがくる。早い!相手に隙を与えない、これはカルロの戦い方だった。顎、首、手首、膝、確実に急所を狙ってきている。ここまでとは想定外だった。
「ユリ!ここにいたのねっ!」
突然乱入してきた男に試験が中断される。
「ローラ!」
ユリが声を上げて彼の元に駆け寄り2人して両手でハイタッチ状態でピョンピョン跳ねてる。ユリがローラと呼んだ男は、ローリング=グラディウス 僕と兄の幼馴染でもあり、旧友だった。よく手入れされた金髪の長い髪に鮮やかな青い目、薄い唇 中性的な顔立ち、そして心は乙女である。
「えっと、ローリング、ユリと知り合いだったの?」
女同士みたいなやり取りを横目で見ながら2人の関係を聞いてみる。
「えぇ、アタシのお気に入りの店で縁があってね」
ローリングのお気に入りの店といえば洋菓子店シュガーホイップの事だろう。
「で、ローラってのは?」
「アタシの愛称よ」
長年の付き合いになるがローリングに愛称がある事を初めて知った。いや、ビックリだ。ほんと。
「今日ユリが入隊してくるって聞いて、事前に準備しておいて良かったわ」
「事前に何を、ってまさか!?アベルの不在は」
「アタシの仕業よ」
堂々と両手を腰に当て胸を反らす。
「だって先にアベルに会わせたら、時間の無駄だ帰れ、って追い返されちゃうわ」
途中兄の声真似がそっくりだった。そんな特技があったのか。
「だからまずアーサーを味方に付けてから一緒にアベルを説得しようと思って!」
なるほど、さすがに兄の性格をよく分かっている。
「僕はユリの力量を垣間見たけど、ローリングは?何かユリを推す為の根拠を持ってるの?」
兄を納得させるだけの材料を持っていかないと一蹴されるだけだ。
ローリングは頷き思い出す様に話し始めた。
「1週間くらい前かしら?アタシが捕まえてきたひったくり未遂の男、覚えてる?」
「あぁ、かなり巨漢の頭のハゲた男?」
そうそう、とローリングが頷く。
「あの男を投げて捕まえたのは、この子なのよ」
そう言ってユリを指差す。
「えええ!?」
推定だが体重120kgはありそうな男だった。それを投げた!?
「後、囚人が脱獄して人質を取って立てこもった事件あったでしょ?」
「あぁ、あれはローリングが担当に当たった事件だよね?」
「そう、で現場に行ったら
この子が人質になってて」
「エ?」
「サバイバルナイフ突きつけられてるのに笑いながら手を振ってくる この子見て度肝抜かれたわぁ」
「・・・・」
「後から聞いた話、ユリが人質の交換を自ら志願したらしいわ、最初の人質は男だったから犯人にとっても、か弱い女の子の方が都合が良かったんでしょうねぇ」
「・・・・」
「まさか、か弱いと思っていた女の子に顎に肘打ち入れられた挙句、関節技決められるなんて予想もしてなかったんでしょうねぇぇ」
「・・・・」
「それからねー」
「まだあるの!!?」
それから、それからと続く「ユリ武勇伝」に、冷や汗が止まらなかった。