夏の音
「ねぇ、相良!今日夏祭りだよ!」
「うるせぇな。なんだよ。」
「だ~か~ら~、今日夏祭りなんだって!」
「だから何だよ。」
「一緒に行こ!!」
蝉の合唱が聞こえてくる8月の土曜日。悠の突然な誘いにのせられ、俺たちは夏祭りに行くことになった。
「あっちぃ…。」
「相良!かき氷食べよ!」
いつ買ったのか、悠がイチゴ味のかき氷を持って走ってきた。
「俺、レモン派なんだけど。」
「知ってるよ~。でも、おれの奢りなんだから文句言わないでよ!」
久しぶりに食べたイチゴ味のかき氷は、甘ったるいだけでイチゴの味はしなかった。夏休みも半ばの土曜日ということもあってか、沢山の人がいた。
「結構混んでるね~。」
「そうだな…。」
「もう少しで花火上がるみたいだから、見に行こう!おれ、いい場所知ってるんだ。」
悠に先導されて、小高い丘に登った。坂が少し急だからか、登っている人は俺たちだけだった。こっちの方がよく見えるからと、大きな木に登ることになった。木の下には、腰くらいの高さの岩があり、それを踏み台にして木を登っていった。
「ね!ここからだとよく見えるでしょ!」
「そうだな。よく知ってたな。」
「へへっ。だろ?」
花火が上がり始めると、悠も俺も黙って眺めた。この夏祭りでは、大きな花火が最後に二つ打ち上がる。大きな花火が一つ、打ち上がる。空高く打ち上がった花火を、二人で見上げた。
「綺麗だな。」
「…うん。」
最後の花火が空に昇っていく。悠を見ると、何故か泣いていた。
「悠…!」
花火の轟音に、声がかき消された。大きな極彩色に煌めく花火が、街を照らす。
―悠には、この花火がどう見えているのだろう。この景色を、どんな気持ちで眺めているのだろう。―
俺は、悠から目を離すことが出来なかった。目を離したら、どこか遠いところに行ってしまうような気がして、視線を動かすことが出来なかった。
「ねぇ、相良。何でおれは”女”に生まれてきたんだろう。」
「…。」
「おれが、佐紀ちゃんの事が好きだってばれて、クラスの女子からは無視されて、男子には男なんだろって何度も殴られた。体が女だからって、女の子を好きになっちゃダメなの。心だけが男だって認めちゃダメなの。おれは、自分に正直に生きちゃダメなのかな?」
「お前は何も悪くない。誰を好きになってもいいし、自分に正直に生きるのも大事なことだ。無視したり、暴力をふるったりする方が悪いと、俺は思う。」
きっと今まで、たくさんの苦悩や葛藤、暴力と戦ってきたのだろう。静かに涙を流しながら話す悠に、俺は気の利いた言葉を掛けることが出来なかった。
「相良だけだよ、そう言ってくれるのは。」
「俺だけじゃないだろ。お前の周りにいなかっただけで、理解してくれる人はたくさんいるよ。多分…。」
「多分って…。まぁ、最後に相良と話せてよかった~。」
「最期って、どういう事?」
「えっ…と。」
「なんだよ。引っ越すのか?」
「そうじゃないけど…。」
「じゃあ、なんだよ。」
「ちょっとね…遠くにいくから、最後だなって思って。」
「そうなのか、元気でな。」
「…うん。」
「いつ行くの?」
「もうすぐだよ。」
「そんなにギリギリなのに遊んでていいのか?」
「大丈夫だよ!準備はしてあるから。」
「そうか。」
「うん。じゃあ、もうそろそろ逝くね。」
木を降りていくと思っていたが、悠は宙に足を出した。
「バイバイ、相良!」
枝葉が悠の体に当たって、ガサガサと音を立てて落ちていく。悠が重力に引っ張られて落下していく様子を、何も出来なかった俺は見届けることしかできなかった。ドサッと重い音がした。動けないままどれだけの時間がたっただろう。それは、ほんの数秒のことだったかもしれないし、何時間もの間そうしていた様な気もする。
悠を追いかけるように木を駆け下りた。飛び降りることはせず、慎重に。木の根元にある岩にたどり着いた時に、岩の横に横たわる悠を見つけた。
「ゆ、悠…?」
悠の体はありえないように曲がっていて、見たことが無いくらいの血の海に浮かんでいた。すでに死んでいることは明らかだった。
「悠…!」
さっきまで話していた悠が、もう悠ではないという事実を受け入れることが出来なくて、気がついたら丘を駆け下りていた。不思議と涙は出なかった。どこをどう走ったか覚えていないが、家の近くまでたどり着いた。ふらふらと歩いていると、交番を見つけた。
「すみません。」
交番に足を踏み入れ、警察官に声をかけていた。
「友達とはぐれてしまったんですけど、ここに来てないですか。」
嘘をついているという動揺は、走ったことによる疲労が加わり、怪しまれることなく事情を聞かれて家に返された。
数日経って悠の遺体が見つかった。事件性はないと判断され、学校でいじめられていたことも露見し、自殺と判断された。沢山の人から慰めの言葉を掛けられたが、一つも響かなかった。悠を救うことが出来なくて悔しかった。
悠、好きだったよ。女でも男でも。