#9 アレックスは考える
俺の名はアレックス。
おそらく後世に語り継がれる勇者となる運命にある男だ。
我が君ニート・デ・ヒキコモリ王の命により
大魔王アスペルガーを倒す旅よりこの伝説は始まる。
俺は城の城下町で偶然手に入れた情報を手がかりに
広大な平原へ愛馬とともに冒険の旅に出た。
そこまではよかった。
だが冒険に想定外の危険はつきもの。
道に迷うわ50000ゴールドは失うわ大変だった。
それでも天は俺を見放さなかった。
偶然通りかかった人に助けられて
目的地の1つ王都ブサメンにたどり着き
ブサメン王の試験を偶然クリアし
ブサイカーメン王の墳墓の罠に
偶然嵌った時も
偶然かわすことができた。
つまり俺は幸運なのだ。
我が名はアレックス、唯一にして絶対の男
ブサイカーメンの秘宝は俺のものだ・・・
アレックスはこんな感じのことを紙に書いて
地下2階の階段付近の壁に張った。
伝説はかのように語り継がれる。
もっとも我が後続に生き延びた者がいればの話だが。
* * *
地下2階は地下1階よりも足場が不安定だった。
舗装されておらず、石造りが古くなっている。
そして道端にはガイコツが横たわる。
いつのものかはわからない。
ここを目指した冒険家のものだろう。
アレックスは目に見える範囲の状況を整理した。
まず壁を見る。
回廊の両側には等間隔で柱が立っており
その間の壁には火のついたたいまつが貼り付けてある。
どういう仕組みで今も燃えているか分からないが
全体の足場が見える程度には明るいので
自分のたいまつの炎を消した。
壁の高さは5メートルくらいか。
次に足場と遠くを見る。
石造りの縦長の回廊であり、所々罠が仕掛けられているようだ。
その証拠にがいこつが大量に横たわっている。
その遥か向こうには壁があり、なんとか階段が見える。
地下3階に通じる階段だろう。
そしてルートを確認する。
有力であろうルートは3つあった。
回廊を進むルート、
左側に作られたはしごを登り柱の上を通るルート、
右側に打ち付けられた釘を足場に進むルートである。
いずれも選択肢としてはあり得た。
しかしはしごのルート、釘のルートの道には
ガイコツの数が余計に多かった。
また足場が不安定であるということを考えると、
一見何のヒントも見当たらない回廊を選ぶことが有効に思われた。
「・・・よし、真ん中の道を行こう」
アレックスはそう決心した。
アレックスは回廊に向かって石を投げた。
すると地面から鋭い針が音を立てて勢いよく現れた。
しばらくすると地面に戻っていく。
アレックスはしばらく気を取られていたが、
すぐに意識を取り戻した。
「なるほど、これではひとたまりもないな」
アレックスはいくつか石や骨を集め
床や壁に投げてみた。
そうして得られたデータを
紙に書いて整理していく。
しばらくして、
アレックスは一定のパターンを認識した。
Q.まず罠はどの方向から飛んでくるか?
A.全方向。上下左右前後とその間。
Q.罠の種類は何か?
A.現在確認できているのは針と矢。
他のものが出る可能性はある。
Q.確認できた範囲はどこまでか?
A.壁の柱2本目より前方。
Q.罠に規則性はあるか?
A.糸やくぼみを用いた古典的な罠ではない。
何らかの技術で通過したことを認証されて罠が発動する。
(ただしそうした罠がどこかにあるかもしれない)
Q.罠の致命度は?
A.不明。
Q.罠の発動について分かったことは?
A.石やモノが落ちる前から針や矢が反応している。
つまり確認できる範囲の罠は振動によるものではない。
Q.突破できそう?
A.無理
アレックスは考え込んでしまった。
「俺に教養という教養はないが」
「今まで多くの罠について見聞を広く得てきたつもりだ」
「しかし・・・わからぬ。この罠とはいったい何なのか」
ヤケになってアレックスは石をおもいっきり前に投げた。
すると針や矢が一斉に列をなして石に向かって発動した。
「・・・まてよ」
アレックスは先ほどから足場付近に注意がいっていたので、
今みたいにまっすぐ投げることはしなかった。
まっすぐ投げたところ直線的に罠が発動した。
確かに当たり前のことではある。
しかしアレックスの頭には
何かひらめきに似たようなことが沸き起こっていた。
「投げるモノの条件を変えてみたらどうなる?」
アレックスは手持ちのバックからモノを漁った。
ニート王からもらったクロスボウ、矢、りんご、わりばし、ハンカチ、
水筒、ロングナイフ、それからさっきはがしたチラシがあった。
それぞれいくつかある。
水筒はさすがにマズいのでしまった。
他のものと床に落ちている石とガイコツを使って
前に投げる実験を行う。そして結果をみてみることにした。
(クロスボウは矢を装填して使う)
アレックスは一通り投げて結果を詳細に記した。
まず矢を前に向かって発射したとき、罠の発動は少なかった。
わりばしも似たような感じだった。
だが奇妙なことにりんごより長さも重さもあるロングナイフの時は
罠の発動がきわめて少なかった。
逆にロングナイフやりんごよりも軽いハンカチでは
かなり多くの罠が発動した。チラシでも同様だった。
ただ、ハンカチやチラシを丸めて投げたときは、
りんごと同様の結果だった。
アレックスはこの違和感を見逃さなかった。
「奇妙だ。なぜロングナイフよりもりんごの方が
発動した罠の範囲が大きく、
丸めてないハンカチやチラシの方が
りんごやロングナイフよりも罠の範囲が更に大きいのか」
「これは重さや面の問題ではないな・・・」
アレックスは発動した罠の範囲の広い順に並べてみた。
すると思わぬ結果が現れた。
「そうか、横の広さだ」
「横の広さの大きさに応じて罠の発動範囲が変わる」
「矢は横幅が最も狭いから最も発動しない」
「ハンカチはひろげると横幅が最も大きいから最も発動する」
「まるめると横幅はりんごとおなじくらいだ」
またアレックスはこうした調査を行っていくうちに
別の違和感にも気づいた。
「厳密に見れば、モノが通過した位置だけに罠が発動しているわけじゃない」
「すこし、通過したモノの周囲全体で発動しているような気がする」
「よし、位置を変えて・・・」
さっきは回廊の中央で
今度は壁の近くでりんごをまっすぐ投げた。
「あっ!」
今度はとてつもないほど大きな範囲で罠が発動した。
「壁側に近づいて投げれば投げるほど罠の範囲は大きい」
「横幅が狭いほど罠は少ない」
「モノが通過した位置だけでなく、周辺にも罠が発動する」
・・・
「そうか、今度こそわかったぞ」
アレックスはひらめいた。
「これは"影"だ。影に応じて罠が発動するんだ。」
「だから炎に近づけば近づくほど影は大きくなって罠も大きくなる」
「中央前から投げているからナイフの横幅の影は小さい」
「両側の壁に炎があるからお互いの影響で、
通過した地点よりも大きな影ができる」
実際、確証はなかった。
曖昧な推論から導き出した不安定な結論だった。
しかしアレックスは即断即決の男であった。
危険を顧みず真っ先に死ぬような男であった。
「あのたいまつを消すぞ!」
アレックスは水筒の水をつかって左側の壁の1つ目のたいまつを消した。
何か考えがあってしばらく動かなかった。
すると1分後、消えた炎がまた燃え始めた。
「なるほど、そういうわけか」
アレックスは再びそのたいまつを消した。
今度はそこに石を投げてみた。
───罠は発動しなかった。
アレックスは確信した。
「よし!水でどんどん消していくぞ!!」
アレックスは右側の壁のたいまつの炎の明かりに
当たらないよう注意しつつ、左の壁に沿って
下からたいまつの炎を消していった。
アレックスは水筒を投げなくてよかったと思った。
柱の間にあるたいまつを10本ほど消していったあと
ようやく向こう岸が見えた。
「よし、あと少しだ!」
はじめの方のたいまつが戻りはじめている。
急いでアレックスは水消し作業を行った。
「・・・着いた!やった、やったぞ!!!」
アレックスは歓喜に打ち震えた。
多くの人間の命を奪った悪魔の罠を
自らのひらめきによって突破したのである。
「よし、このまま地下3階も踏破してや・・・」
足に違和感を感じた。出っ張りだ。
次の瞬間、壁から矢が数本飛び出した。
アレックスの顔面をまたもやかすめて飛んでいった。
「は、ははははは」
アレックスはしばらくその場に立ち尽くしていた。