#4 アレックスは頭がおかしくなる
俺はアレックス。王都で剣士をやっている。
王様に魔王討伐を命じられ、世界を救う旅に出た。
城下町で得たヒントを元に
東の王都ブサメン、南のキモオータ鉱山、北の霊峰スキゾフレニアのうち
まずは南のキモオータ鉱山を目指した。
しかし道に迷った俺は南を諦め東を目指した。だがそこでも俺は道に迷った。
俺はパニックになって馬を走らせた。もうどっちが北でどっちが西かわからない。
あてもなく暗闇で馬を走らせていると廃村に至った。
時刻は午後7:30。今日はここで1日滞在することにした。
さて。
俺は何がいけなかったのかを必死に考えた。
方向は完璧だった。ルートも正しかった。
地図は国王陛下から直々に賜った曰く付きのもので、
測量に問題があるとは到底思えない。
また出店のおばちゃんの示した道筋は
地図の立地にかなっているもので誤っているとは思えない。
何が間違っている?
アレックスははじめて自分の頭で解決できない問題に直面した。アレックスは今まで人生は必ずうまくいくと信じていた。自分の力量に自信があったし、ギルドの人はそれを認めてくれた。そうだ!アレックスは優秀で知性に溢れていたはずなのだ。だから今回の魔王討伐もなんとかなると思っていた。そう、その慢心こそが今日アレックスを地獄に引きずりおろした張本人なのだ。しっかりしろ。そうだ、慢心を捨てよう。そして自分の頭で考えられるだけの可能性を考えろ。落ち着け、落ち着くんだ。よし、まず俺は今日という日が異質であったことを認めることができる。いつもは王が俺に命を授けるということがなかった。いや、実際にはあったがごく稀だった。しかもその頼みというのも伝書によるものがすべてだった。だのに今日だけは、あの午前9:00~午後20:00まで働くとかいう公務員の伝令によって、言葉づてに伝えられた。そう、まさに今日だけ!たしかに火急のことであった。その火急とは魔王が3日後に王都を攻め滅ぼすというものだった。考えてみれば奇妙な話だ。今まで十数年、一度もこの国に戦争の兆しは見られなかった。そう、国が安定していたからに他ならない。国防が安定し、経済が安定し、それが城下町に波及し、経済的に交流を得たほうが攻め落とす以上にメリットがあったからこそ戦争は起こり得なかった。しかし、なぜいまさら大魔王アスペルガーが?伝書によると彼はあの土地の肥沃な土壌が欲しいと言っていた。しかし王都の研究者によるとそれほど優れた土地であるとはいえないということだ。なぜ攻め落とす必要がある?まあいい、それはいいとしよう。次に怪しいのは金貨50000ゴールドを俺に渡したことだ。なぜ渡す必要がある?仮に渡す必要があったとして、なぜそれを傭兵を雇い武器を集め、世界各地の軍事兵器の収集に利用しない?なぜ金貨のままなのか?ああ、バカな、王を疑うなど、だが、しかし、いやまて、まてまてまて、問題はそこじゃない。整理しよう。まず
▼時刻は午後9:00をまわった。
まず、問題はなぜおれが今ここにいるかということじゃないか?仮に王に疑わしい言動があるとして、いわんや俺をハメようとしたとしよう。それがなんだ?それがそうだとして俺が道に迷ったことと王の策略になんの関連がある?だから王を疑ってはならぬ。疑うべきは・・・そうだ!あのババアにほかならぬ。あのババアが国王より賜りし類まれなる国宝に厚顔無恥にも黒々と世俗の墨を塗りたくった。まさしく不敬である。本来であれば極刑も免れぬ。そしてそのお触れを守ることが市民の義務であると知られているはずである。あのババアこそ知らぬはずがないのだ。いわゆる、人を殺すな、と同じではないか!国王陛下の神具に傷をつけることなど!だが、あのババアはためらいもなく墨を塗り「へへえ、ここをこういくんですよ。ここは危険ですから迂回して、ここをこう行くといいらしいです」などと宣いやがった。そうだ、あのババアこそ、俺を嵌めた張本人なのだ。許さぬ、この悪事は天下に知れ渡りあの魔女の罪は後世に延々と語り継がれるであろう。クソとともに焼かれるがいい。まて、違う、そうじゃない。あのババアがどうこうとか、今俺がここにこうして迷っていることの原因を
▼時刻は午後11:00をまわった。
いちいち詮索したり、悔んだり、嘆いたり、って、違うだろ。そうじゃない。いや確かにあの国王にあのババア、もっといえばあの律儀な国家の犬たる番犬こそ怪しいかもしれぬ。だが彼らが俺を窮地にハメたとして、よしんばそれが立証できたとして、それが明らかになったことがひとしく、俺の現状を好転させるものにはならないではないか!!!!!!!!なんたることだ!女々しくもこのような悩みにいつまでも悩まされていたとは!しかも、え!?!?!?なんと!!!もう11時30分!!!!!なにこれ・・?あと3日しかないのにもう1日が終わってしまう。バカな。ちがう、ちがう!いいか、アレックスよ!いま何をすべきか考えろ!お前がすべきことはただひとつ!原因を詮索することでも心を納得させることでもなく、ただ「どうすれば現在地と方角を知ることができるか」だけではないのか?アレックス!その浅ましい不安と虚栄心を捨てたまえ。合理的に物事を考えるのだ。なぜならアレックス、君は頭がいいのだからね・・・。
▼時刻は午前1:00をまわった。
・・・。
▼時刻は午前3:00をまわった。
「・・・あ!」
アレックスはストレスでうたた寝してしまった。
「クソッ・・・いや、惑わされてはいかん」
「とりあえず今分かることだけを考えることにしよう」
「まずは状況の整理だ」
「俺は王に命ぜられ外に出た。その後出店のおばちゃんに道を教えてもらった」
「誤解が生じる可能性のある点は2つ」
「地図自体の測量が間違っているか、おばちゃんが嘘をついているか、だ」
「そのどちらも今は判別できない。だからこの2点について一旦考えることはやめよう」
「次に俺は外に出て南に向かった」
「南には岩場が見えるはずだったが岩場がなかった。」
「代わりに平原だけが広がっていた。獣の声もよく聞こえた」
「つぎに引き返して東を目指した」
「そこには森や湖、そして砂漠地帯があるはずだった」
「だがそれらしいものはなかった」
「唯一森だけがあったが砂漠や湖はなかった」
「そして冷気が漂っていた」
「・・・」
「俺ははじめに向かった場所を、南だと思っていた」
「迷ったということは、北、西、東のいずれかに向かっていたことになる」
「そしてそこの地形は西のそれに酷似していた」
「次に向かった場所を、俺は東だと思い込んでいた」
「だがそこでも迷ったということは」
「北、西、南のいずれかに向かっていたことになる」
「冷気、そして森。地図によれば北のそれに酷似している」
「南が西で、東が北・・・」
アレックスは地図をぐるぐるまわしてみた。
「・・・ダメだ。向きを変えても方位にあわない」
「東西が逆じゃないか」
「・・・ん、なんだこれ」
アレックスは地図の紋章に注目した。やけに薄れている。
「薄れている・・・。まるで紙の裏側みたいな・・・あっ!」
アレックスは驚いて声をあげた。
「そうだ!わかったぞ!この地図が逆なんだ!」
「出店のばあちゃんはルートを紙の裏側に書いてしまったんだ!」
「だとしたら・・・」
アレックスは地図をまわした。
「やった、やったぞ!!そういうことか!ハハハハ!!!!」
「南が西で、東が北!そうだ!方角と紙の表裏が間違っていたんだ」
アレックスはこの複雑な問題の謎を解き明かした。
まずこの地図がもともと裏返しのまま、出店のおばちゃんの手に渡ってしまった。
そして出店のおばちゃんはその地図を書く際、
どういうわけか90°ずれて書くものと勘違いして、
地図の下が西、右が南、上が東、左が北であると思ってしまったのだ。
地図の反転、そしておばちゃんの勘違いがアレックスの方向を惑わした。
アレックスが南だと思っていた地図の下側は実は【西】
アレックスが東だと思っていた地図の右側は実は【北】だったのである。
なんと面倒なことか!!!!!!
なぜ出店のおばちゃんもアレックスも
このことに気づかなかったのだろうか!!!!
真相はわからない・・・わからないが、
我々の日常にはうっかりしていたとか、ボーっとしていたとか
取るに足らない些細な理由が、大ごとになることがよくある。
今回もそうした不注意の積み重ねから
起こってしまった悲劇であるといえよう・・・
▼時刻は午前9:00をまわった。
「・・・」
アレックスは疲れて寝てしまった。