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ひらり舞い散る

作者: 藤紅


カサリ

「いらっしゃい、心葉さん」



男が布団から声を掛けた所には誰もいない。古びた壁と大きな本棚があるだけだ。しかしそこに誰かがいるかのように男は話し続けた。



「今日はとっても体調が良いんです。こんなに良いのは2週間ぶりくらいかな」

カサリ

「良かったね、ですか。そうですね、嬉しい限りです。まぁこれも最後の事だと思いますが」

カサリ

「どういうこと?ふふっ、言った通りですよ。もうすぐお迎えが来るんです。ここ最近体調がいいのも最後のご褒美じゃないですかね…………」



そのあとも楽しそうに話を続ける男は、その口調とは裏腹にとても顔色が悪い。体もやせ細りとても健康な人には見えなかった。






男がその見えない心葉さんと出会ったのは寝たきりになってすぐの事だった。最初は「お迎えですか」と、全てを諦めた様子だったが段々と打ち解け、次第には言っていることも何となく分かるようになってきた。心葉さんというのはいつも帰って来る音が木の葉のようだからだ。



男の家には他に家政婦とよく遊びに来る野良猫がいる。家政婦は夜には帰るので実質家には男一人だ。最初は寂しさを感じていたが心葉さんが来るようになってから寂しさはなくなり早く会いたいという気持ちが、強く心を埋めるようになっていた。





木枯らしが吹き抜ける秋の終わり頃、縁側を横目に見ながら男は心葉さんと会話を弾ませていた。

「楽しそうでしょう、あの枯葉達。風に乗ってどこまでも飛んでいけそう」

カサカサ

「ほんとですね、可愛い」

ニコニコと笑っているとよく遊びに来る野良猫がニャーと外から入って来た。

「いらっしゃい、今日は寒いね」

膝の上に乗った野良猫を撫でながら心葉さんとの話は続く。



「もうそろそろ冬ですね」

カサ

「この病気も発症して半年経ちました。そろそろですかね」

カサリ

「病気のことは心葉さんにはちゃんと話したことありませんでしたね。これは…………



そう説明しようとした時、男はふと手に違和感を覚え視線を心葉さんから自分の手に戻した。

床に落ちた自分の手。撫でていた猫は突然頭の上にあった手がなくなり驚いている。




「あれ?」

男はいつもの諦めたような表情ではなく、戸惑い、焦り、悲しみを含んだなんとも言えない表情をしていた。力を入れてもピクリともしない手に動揺を隠せなかった男も次第に落ち着きを取り戻し、また諦めたような表情に戻る。裏には悲しみを潜めて。




「この病気ね、石化病って言うんです」

男は何事もなかったかのように話を続けた。

悲しそうな瞳が夕日に照らされ淡く光る。



「体が段々動かなくなるんです。順番はランダムみたいですが最初に手か足、最後に脳が停止するっていうのは皆一緒みたいですよ」

まるで他人事のように淡々と話す男は少し自嘲ぎみに猫に笑いかけていた。




「この病気ね、二番目の症状が出たらもうそろそろなんですって。私ももう終わりですね」

悲しそうな声だった。いくら覚悟してたとはいえ、まだまだ楽しい人生があっただろう。



カサリ



乾いた音が部屋に響く。夕日が沈むのは誰も止められないように男の命が尽きるのを止められるものはいなかった。






庭の木も既に枯れ果て冬本番の寒さとなった。男はもう起き上がることも出来ないが、毎日心葉さんとの会話の時間だけは楽しそうだった。しかしそれ以外の時間は生きているのか死んでいるのか分からないような状態だった。



ある日、いつものようにカサリという音がして心葉さんがやってきた。男の表情はいつもの諦めた顔のお面を被っているのではなく、心の底から全てを諦めたようだった。



「今日は大事な話があるんです。聞いて頂けますか?」

カサカサ

「ありがとうございます。心葉さんあの…………」



言いよどんだ男だったが決心したように言葉を紡ぐ。


「心葉さん。もうここには来ないでください」

ガサガサ

「ごめんなさい。でももう会えません」

ガサリ

「心葉さん、僕そろそろ耳が聞こえなくなるんです」




突然心葉さんの音が止んだ。三つ目の症状の兆候が出てきたようで、それは男の残り時間がもうわずかしかないことを示している。それに…………



「よりにもよって耳でした。そう、耳だと心葉さんが来た時の音も聞こえません。心葉さんが何を言ってるのかも分からない」

「僕はね、心葉さん。あなたに幸せになって欲しい。たとえこの世の人じゃなくても、僕にしか聞こえなくても、あなたには幸せになって欲しいんです。だって僕はあなたに恋をしているんだから」



カサ

信じられないとでも言うような音に男はにこやかに笑いかけて話を続ける。

「そう恋です。恋に落ちる音ってバーンとかすごくわかりやすいって色んな本に書いてあったんですけどね、全然でした。木枯らしが吹いてサラサラと枯葉が舞う。凄いでしょ。僕の恋の音はいつだってあなたなんです、心葉さん」



カサリ

「ありがとう。いえ、こちらこそです。あなたのおかげで僕はもう少し生きたいと思えた。あなたに恋したおかげでこの世界もまだ楽しいと考えることが出来た。ありがとう、心葉さん」

カサカサカサカサ

男は少し思案した後、なにかに縋るように尋ねる。

「心葉さん、じゃあ僕が死んだら迎えに来てくれますか?」



カサリ



「ありがとうございます」





数日後、男は眠るように息を引き取った。綺麗な青空に枯葉が二枚寄り添うようにしてヒラヒラと舞っている。これから二枚はどこまでも飛んでいけるのだろう。

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