もう一つの顔
その後何を話したかも朧げのまま家に帰り、ベッドで悶えながら涼子に報告し呆れられつつ応援してもらい、彼に話しかけて敬語からタメ口にしてもらい、少しずつ距離を近づけていった。
そんなある日のこと、彼が朝からずっとそわそわしているのが気になって聞いてみた。
「どうしたの?朝からそわそわしてるけど。」
「あー。実は、これを渡したくて。」
彼がバックから手を出すとチケットらしきものが握られていた。
「?何かのライブか何か?」
「そう。これを日下部さんに見に来て欲しいんだ。今週の日曜日空いてたら。」
「日曜日は空いてるけど・・・。」
彼がすごく恥ずかしそうにしていたため、その日はそれしか教えてもらえず日曜日を迎えた。
「うわー!凄い人いっぱいいるね!」
「そうね。年齢層も私たちと同じくらいだし。村瀬は?待ち合わせはしてないの?」
「・・・うん。なんか当日会えるからとしか言われなくて・・・。」
涼子と話している間に照明が落ち、大音量とともにバンドのグループと思われる人たちが現れた。数曲ずつの入れ替え制らしくどんどん新しいグループが出てくるが、始まって2時間は経過しているのに一向に彼はやってこなかった。
もしかして体調悪くて来れなくなっちゃったのかな、と心配していると、歓声が急に凄くなってステージを方を見る。
4人の男性がそれぞれ楽器を構え、センターには片目を前髪で隠したボーカルの人が立っており、私はその人の綺麗な瞳に目を奪われた。ゆっくりと辺りを見回す仕草をして、ふと、目が合うとこちらに向かって微笑んだ気がした。
「キャー!ヨウ今こっち見て笑ったよね??」
「だよね、だよね。なんかいつもより機嫌いい?あーもーめちゃくちゃかっこいいー!」
「やっぱりazur最高っ!!」
周りの女の子たちが騒いでいるのを聞いて彼らがazurというバンドであることを知った。私は初めて聴くメロディに圧倒され、何よりセンターで歌うヨウというボーカルから全く目を離せずにいた。何より笑ったときの口元を何処かで見たような気がする。けれどあんなに綺麗な人は一度見たら覚えてそうなのにな、なんていう思考は彼らの音の波の中へ泡となって消えていった。
ライブが終わり、会場を出る頃にはすっかり涼子と二人azurのファンになっていた。混雑を避ける為に他のお客さんを待っていたので大分人が少なくなっていた。出口に向かっているといきなり腕を掴まれた。
「っ!?やっ。」
「ちょっと、いきなり何なのかしら。離しなさいよ!」
「しー!周りに気づかれるから静かにしてくれると助かる。・・・君が日下部さんで合ってる?ヨウの所まで連れてこいって言われてるんだ。」
そう言って帽子のつばをくいっと上に上げるとazurとして立っていた人だった。
「あなた、azurの。・・・あんたazurと面識あるの?」
「うぇ⁉︎ないない。今日初めて見たって言ったじゃん!」
「・・・はぁ。ヨウ何にも伝えてなかったのか。きちんと話しとけって言ったのに。」
「?あの、私に何か・・・」
「ああ。とりあえず会わせた方が早いな。俺たちの楽屋に招待するよ。」




