始まり
ドラムのリズムとともに会場の歓声が一気に熱を帯び
た。私が聞かなくなってしまったメロディは今ではこ
のバンドの定番曲になっているとコアなファンの同僚
から聞いた。
聞こえてきた懐かしい歌声はあの頃のまま、けれど昔より大人になった彼がスポットライトを浴びて浮かび上がる。白すぎて青白くも見える整い過ぎた容姿は昔も今も人を否が応でも惹きつける。
無表情な顔でまるで泣き叫んでいるように歌う彼は一体何を思っているか、わたしにはわからない。けれど私が知っている彼の雰囲気も、顔つきも昔と違うことが積み重ねてきた年月を感じさせ、それが今の私たちの居場所が全く異なる場所にあることを表しているようで。
胸が苦しくなる。私は無意識にネックレスを服の上から掴んでいた。涙が溢れて止まらない。周りの人は興奮して見ていないだろうけれど。
初めて彼と話したのは高校二年の夏頃だった。
私はどこにでもいる十人並みの容姿に、成績は中の上くらい、親友がいて、他の友人関係もそこそこの普通の高校生だった。
「今日日直かー、めんどくさいな。」
「どんまーい笑私は今日アレの発売日だから先帰るわ」
「そんなー泣」
私の親友である天河涼子は左目の下に泣きボクロのある色っぽい美人だ。割と告白されることも多いのだが、情け容赦なく振ることでも有名である。本人いわく今は声優にハマっているから3次元には興味ない、だそう。
「まー日直なんてすぐ終わるし、なんなら相方にでも押し付けて帰っちゃえば?」
「それもそーかー」
「今日の日直は・・・村瀬って」
「?村瀬なんて人いたっけ?」
「ほら、窓際の後ろから2番目の席の」
振り向くと黒髪にメガネを掛けた男子がイヤホンをして静かに座っていた。長すぎる前髪と俯いているせいか目元が見えない。
「へー。あんな人いたんだ。」
「いるいる。見た目ああだし静かで影薄いから物覚えの悪いあんたが覚えてなくても仕方ない」
「物覚え悪いとはどういうこと!」
「ふふっ。言葉通りよ。」
事実だから言い返せない。涼子は頭もいいのだ。
「いいもん。涼子なんてしらない。この妖艶美人!」
「あら、ありがとう。」
自分の容姿を自覚した余裕の返しが悔しい。涼子を言い負かせたことは一度もないからいつかギャフンと言わせて見たいと思う。
私は涼子を見送り日直を村瀬に押し付けるべく席へ近づき話しかけた。
「あのー、村瀬くん?」
長い前髪のせいで周りも見えず、聞こえていないのか全く反応がない。仕方なく私は村瀬の肩を叩いた。
「村瀬くん?」
「!?」
村瀬はびっくりしたのか椅子から転げ落ちてしまった。私は彼を驚かせてしまった罪悪感もあり手を差し出した。
「大丈夫?ごめん。驚かせちゃったみたいだね。声掛けたんだけどイヤホンしてて気づいてなかったみたいだから。」
「・・・平気です。こちらこそ、手を貸して頂いてありがとうございます。」
耳に心地よい、意外にしっかりとした返事に少し驚いていると、彼の顔にメガネがないことに気づいた。私は足元に落ちていたメガネを拾い上げる。
「はい。メガネ」
「あ、ありがとうございます。」
どんな顔をしているのか気になり村瀬がメガネを掛けるところを見ていたが、その容貌は残念ながら見ることは出来なかった。
「あの、もしかして日直ですか?僕がやっておきます。」
「うん。・・・え?あ!やっぱいいよ。驚かせちゃったし、やっぱり人に任せるの罪悪感ない訳じゃないし。2人でやった方が早いしね!」
「・・・ふふっ。そうですか。」
村瀬の口元が弧を描き、微笑むのを見て、なぜか胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
この日、私は顔が半分しか分からない彼に恋をした。




