9話「初めての朝」
ふすまから漏れてくる光で哲也は目覚めた。
意識は覚醒しているが、まぶたを持ち上げることができない。否、体が目を開けることを拒否している。
昨晩、覚悟は決めたつもりだった。しかし、そう簡単に許容できる物ではない。
もうわかっている。体に触れる布団の感触、その下にある畳の硬さ。それは、普段使い慣れている哲也の寝具とは別物だ。
わかってはいるのだが、受け入れたくないという気持ちが、そのまぶたを要塞と化してしまっている。
そうして、何時間たっただろう。いや、数分か、数秒か…
哲也は決心して、その要塞の門を開き、その景色を認識した。
そしてすかさずに襲ってくる空虚感と虚脱感を振りほどき、体を起こした。
「分かってはいたけど、やっぱり辛いなぁ…」
そう吐き捨てるように呟いた。すると、ふすまの向こうから、毬の声が聞こえてきた。
「哲也さん、起きていますか?」
「毬ちゃんか、起きてるよ」
そう言うと、「失礼します」と言ってふすまが開かれて、毬が部屋に入ってきた。
「おはようございます哲也さん!」
朝からとても元気な声で挨拶をしてくる毬を見て、哲也の気持ちも明るくなる。
心にかかっていた雲が一気に晴れていくようだった。
「おはよう」
と、哲也も笑顔で挨拶を返す。
「朝ごはんを用意してありますが、食べますか?」
「あぁ、ありがとう、頂くよ」
「では、すぐに持って行きますので、昨日の部屋で待っていてください!」
といって、毬は台所の方へ消えていった。
朝ごはんを食べながら、哲也はこの世界で生活していく上で、今一番の問題を考えていた。
それは、金銭である。この世界には、金判、銀判、銅銭という物があり、それが、元の世界でどのくらいの価値なのかは分からないが、銀判は、銅銭百枚ぶんの価値があり、贅沢をしないなら銀判一枚で、1~2週間は暮らせる。金判は銀判十枚分の価値で、なかなか見られるものではい。
そんな、昨日毬から聞いたこと考えながら朝食を食べていたので、「金かぁ~」とつい口から出てしまった。
「お金がどうかしたのですか?」
「え?もしかして、声に出ちゃってた?」
「はい、結構大きな声でしたよ?それで、どうしたのですか?」
「いやね、昨日聞いた話だと、俺の村で使っていたものとは違うみたいだから、どうにかして、お金を稼がないと、生活していけないなと思ってさ」
「ここで使っているのとは違うというのはどんなものなのですか?」
「見たい?」
「はい!見てみたいです!」
田舎者という設定を活用して、なんとか怪しまれずにすんでいるようだ。
哲也は昨日この部屋に置いたままだったリュックから財布を取り出して、適当に小銭を出し、机の上に並べた。
すると、毬の目が、宝物でも見つけたかのように、輝きだした。
「な、なんですかこれ!!!?」
今まで聞いた中でも、もしかしたら一番の驚き方かもしれないような、毬の声が響き渡った。




