16話「一対多」
人影のない細い路地を哲也は全力で駆け抜けていた。店長からもらった地図を片手に目的の場所へと走る。
走って熱くなる身体とは裏腹に哲也の中は、冷ややかだった。しかし、その冷たさの奥では今にも燃え上がらんばかりに、怒っていた。
怒りは思考を鈍くする。怒りは行動を単調にする。そして、怒りでは何も守れない。そんな思いが、哲也の心を冷静に保っていた。
――
哲也は、店長にもらった地図の場所に着いた。そこは、町の外れにある大きな廃屋だった。外から見てみるが、窓には何かが掛かっていて中を見ることが出来ない。かろうじてぼんやりと蝋燭らしき灯りがついているのが見えた。
中が暗いであろうことを確認すると、哲也は片目を瞑り、最大限の警戒と共に中には入る。
廃屋の中は、広い土間になっていた。柔道場一面程は有るだろう。そこには、十余人ほどの人影があった。窓には暗幕が掛かっていて、外からの光を遮っていた。そして、奥の少し高くなっている畳間に、哲也より二回りほど大きい男が腰掛けていた。その隣には、あの凸凹コンビがいて、哲也を指しながら男に何やら話しかけていた。
「毬を拐ったのは、お前たちだな?」
低く、殺気の籠もった声で哲也が問う。
「ああ、そうだ」
畳間の男が答えた。
「何が目的だ」
「もちろん、お前をおびき出すためだよ」
男は、哲也を睨みながら続ける。
「昨日は、家の者が世話になったみてえだな。そのお返しは、たっぷりとさせてもらうぜ!
野郎ども!!やっちまえ!!!」
男がそう叫ぶと、土間にいた奴等が蝋燭の火を消して、一斉に向かってきた。
多少の陽光は入ってくるが、殆ど真っ暗だ。
「お前の目がこの暗さに慣れねぇ内に、やらせてもらうぜ!」
そう叫びながら向かって来た一人を、哲也は瞑っていた目を開き、簡単に躱す。それを皮切りに、他の何人かも突進してきたが、どれも哲也に触れることすら出来ない。
「なんで当たらねえんだ!まだ、目はろくに見えて無いはずだぞ!」
哲也は、片目を瞑っておくことによって、片方は光に、片方は闇に慣れている状況を作っていた。
「やっぱり、片目を閉じて来たのは正解だったな」
哲也はそう言うと、突進をかわされて無防備に背を向けている一人を、後腰(※1)の要領で、地面に叩きつけた。余り、いい手応えではなかった。まだ、立ち上がって来るだろう。
トドメを入れようと構えたが、他の奴に妨害させる。
「流石に、大勢が相手だと、一人一人に構ってやれないか。
だったら、お前らの作戦を逆手に取ってやる!」
そう言うと、哲也は窓際に駆け寄り、掛かっていた暗幕を一気に取り払った。
外の光が入ってきて、一気に部屋の中が明るくなる。
「うおッ!」
「眩しッ!」
哲也とは逆に、暗闇に慣れていた為に、奴等は目くらましを食らうことになった。
哲也は、近くで怯んでいる奴等を一人、又一人と、投げ飛ばしていった。
奴等の目が慣れる頃には、三分の一は地面で伸びていた。
それでも、まだ結構な数が残っていた。
「クソ!こうなったら、全員で囲んじまえ!」
一人がそう叫ぶと、残っていた奴等が、一斉に哲也を取り囲んで、突きや蹴りを放ってくる。
しかし、連携など一切感じられないその攻撃を捌く事は哲也にとって、然程難しいことでは無かった。寧ろ、哲也が躱したり、往なしたりするほど、勝手に仲間内で攻撃し合ってくれる。
暫く攻撃を捌き続けていたら、残ったのは前後左右で哲也を囲む4人だけだ。その他は、互いの攻撃で、勝手にやられてくれていた。
「そろそろ、終わらせるか」
そう、哲也がつぶやくと、後の奴が激昂して殴りかかってくる。
「なめんじゃねえ!」
そんな、怒りに任せた攻撃を、哲也は急に屈んで、躱す。
屈んだ哲也に躓き、後の奴が前へとつんのめる、そうして下がった頭を担いで、一気に膝を伸ばし前にいる奴に向かって投げつける。そのまま、二人は吹き飛び、気絶する。
すかさず、右にいた奴が突っ込んでくるが、哲也はすばやくそちらに向き直ると、突っ込んで来る奴の襟を掴み、巴投げ(※2)の要領で投げ飛ばし、同じように、後にいた奴に向けて投げ飛ばす。
投げられた奴に、ちょうど踵落としを喰らう形になった、もう一人の方はそのまま倒れ込んで、動かなくなる。
巴投げで投げられた方は、それがクッションになったのか、すぐに立ち上がろうとしたので、哲也は巴投げの姿勢から後転をして、そいつの水月に膝蹴りを入れた。すると、少し呻いたあと、気絶した。
哲也は、服についた砂を払いながら立ち上がる。全員倒れている事を確認すると、畳間の男に向かう。
「さて、ずいぶんと静かにしていたみたいだが、次はお前の番だぞ」
男は、顔色も変えずに言う。
「確かにこれだけ強かったら、家の谷山コンビもやられるわけだ。だが…」
そう言われて哲也は、先程まで男の隣りにいた凸凹コンビがいない事に気付く。
次の瞬間、後から腕が伸びてきて哲也は両腕もろとも、ガッチリと拘束された。
「詰めが、甘いな…」
男は不敵な笑みを浮かべながらそうつぶやいた。
※1 後腰・・・柔道の腰技の一つ。背を向けている相手を持ち上げて、畳に叩きつける。
※2 巴投げ・・・柔道の真捨身技の一つ。自ら地面に背を付けて、足で相手の下腹部を蹴り上げ後方へ投 げる。




