15話「拐われた毬」
突然のことに、哲也の思考は少しの間停止してしまった。
我に返り周りを見ると、すごく慌ててパニックになっている唯。そして、何故かそれ以上にうろたえている店長が、慌ただしく店の中を駆け回っていた。あっちに行ったりこっちに行ったり、落ち着きとはかけ離れた状態になっていた。
しかし、そんな状態のおかげで、哲也は取り乱さずに逆に冷静になることが出来た。
『先ずは状況確認だ。しかし、こんな状態では落ち着いて話すことも出来ないな…。
仕方がない、ちょっと荒っぽくなるけど、あれをやるか。』
取り乱している人間を落ち着かせるにはいくつかの方法がある。たとえば、時間をかけて自然と落ち着くのを待つ方法だ。しかし、今のような緊急事態ではそれだと時間がかかりすぎる。
そこで、哲也は大きく息を吸った。店の中で二人の人間が慌てふためいているせいで、少し埃っぽくなっているが、それでも構わずに限界まで息を吸う。
そして次の瞬間
「喝ッッッ!!!!!」
と、肺いっぱいに溜まった空気を、一瞬にして声と共に吐き出した。
哲也がとった方法は、慌てている人間に対して、それ以上の衝撃を与えるというものだった。
物理的に叩いても良いのだが、二人いっぺんにとなると難しい物があるし、女の子に手を挙げると言うことに、強い抵抗があるので、「音」という衝撃を使うことにした。
窓ガラスが震えんばかりの大きな音に、慌てていた二人は一瞬体をビクッとさせた後、そろっと哲也の方を振り返った。
「どう?落ち着いた?」
そう優しく問いかける哲也に、二人は声をだすことも出来ず、コクコクと首を縦に振った。
頭の整理付いていない状態で話し始めるよりも、多少時間を使ってでもしっかり落ち着かせるほう
が、効率がいいと哲也は判断した。
二人に深呼吸をさせて、しっかり話せる状態にしてから話を始めた。
「じゃあ唯、一体何があったのか説明してくれ」
「分かった」
そう言うと、唯は自分を落ち着かせるためかもう一度深呼吸をし、そして話し始めた。
「親父に言われて外に出た後、そのへんを歩きながら二人で駄弁っていたんだ。そしたら、いきなり物陰
から二人組の男が飛び出して来て、私達を確認した後、毬だけ拐って行っちまったんだよ。
もちろん私も抵抗したけど、流石に男二人には歯が立たなかった。」
そう話し終わると、唯は自分の非力さに対してか、何も出来なかった惨めさに対してか、下をむいて
涙を流していた。
「唯!泣くのはまだ早いぞ!お前がそうしている間にも、毬が危ない目にあっているかもしれないんだ!
毬を助けられる情報を持っているのはお前だけなんだ!しっかりしろ!」
哲也にそう言われた唯は、ハッと我に返り、まだ涙が残る目を袖で拭い、先ほどとは違う力の籠もった
目で哲也を見つめ、哲也に問いかける。
「何から話せばいい?」
「よし!先ず、その二人組の男の特徴を教えてくれ。」
「確か、片方はやけに背が低くて、もう片方は逆に、背がすごく高かったな。」
「もしかして、それって昨日の凸凹コンビかもしれない。
…ッ!もしかして、大通りで感じた視線って彼奴等のだったのか!?」
「凸凹コンビって、毬が言ってた、昨日毬のことを襲おうとして哲也に返り討ちにされたや奴らか?
だから毬は何か知っているような反応をしていたのか。」
「あの~、もしかしてそれって、釜瀬組の谷山コンビのことじゃないかな?」
突然、隣で聞いていた店長が割り込んできた。
「それは本当か店長?」
「い、いや、それは分からないけど、釜瀬組には懸賞金がかかっていて、その手配書の中に、そんな特徴のある二人組のことが書かれてあったんだよ。」
「そういえば、昨日毬も、彼奴等のことをこのへんで悪さをしているヤクザだって言ってたな。
店長!その釜瀬組っていう奴らはどこにいるんだ!」
「ちょ、ちょっと待ってて!」
そう言うと、店長はまたもや慌ただしく店の奥へと駆け出していった。
「なあ哲也、それを聞いて一体どうするつもりだ?」
心配そうに唯が問いかける。
「決まってるだろ!その釜瀬組って奴らを叩きのめしてくる!」
「でも!哲也一人じゃ無理だよ!だって衛兵たちが手を焼いている奴らなんだよ!
これじゃあ毬だけじゃなく、哲也まで……」
それ以上は声にならない。もう唯には、涙を堪えることが出来なかった。
哲也は、そんな唯の頭を優しく撫でながら力強く言った。
「安心しろ!こう見えても俺は滅茶苦茶強いんだ!そんな徒党を組んでしかいられないような奴らに
負けるもんか!」
もちろん哲也に勝てる確証は無かった。しかし、唯を落ち着かせるため、否、自分を鼓舞するために、そう言い切った。
唯は何も答えられなかった。
そして、店の奥から店長が慌ただしく戻ってきた。
その手には、この辺りの詳しい地図が握られていった。その地図をカウンターの上に広げて、ある一点を指さした。
「ここが、釜瀬組が根城にしているところだよ。だけど、それを知ってどうするんだい?」
「そこに乗り込んで、毬を助けてくる!」
それを聞くと、店長は哲也の目をまっすぐに見つめる。
「わかったよ。見たところ君はとてもいい体つきをしているみたいだし、それだけじゃない何か特別な技術もあるようだね。僕たちも、後から衛兵を連れて行くよ。
哲也くん!毬ちゃんをよろしく頼んだよ!」
「ああ!任せろ!絶対に助け出してやる!」
そう言って哲也は店長から地図を受け取り、店を出ようとする。
「絶対負けるなよ!!」
後ろから、唯がそう叫んだ。
哲也はそれに手を上げることで答得た。
そして哲也は店を後にし、店長が教えてくれた所に向かって走り出した。




