14話「奇物店③」
「こ、これは…!!」
店長は、とても驚いたようにそう呟いた。
「ちょっと待ってて!」
ドタバタと今来た廊下を戻って行く。途中で何処かに足をぶつけた様で、「うぎゃぁ」という悲痛な声が聞こえてきた。しばらくのたうち回った後奥の部屋に入り、そこでもガタゴトと音を立て始めた。音から察するに何かを探しているようだ。
凄まじい慌てように、残された三人は呆気に取られていた。
「親父があそこまで慌てるなんて珍しいな…。哲也、お前一体何を持ってきたんだ?」
「何って言われても…俺が使ってた硬貨なんだけどな。やっぱり、この世界の人には刺激が強すぎたのかな?」
「この世界ってどう言うことですか?」
「え?あっ、嫌なんでも無いよ。こっちの話。」
哲也は、「しまった」と思いながらも、話を濁した。もちろんこんな事では、好奇心旺盛な毬の注意をそらすことなど到底できないが、ちょうど店長がドタバタと戻って来たので、話を終わらせることがでた。
「はぁ、はぁ、これを持って来たのは…?」
店長は、カウンターの上に散らばっている硬貨を指して、そう尋ねる。
「俺だけど」
「君か。えっと…君は…?」
「哲也だ」
「哲也くんか。ちょっと君に見てほしい物があってね。君はこれについて何か知っているかい?」
そう言って、店長は先程探し出してきたであろう物を哲也に見せた。
そこにあったのは、哲也には馴染みのある硬貨だった。少しくすんだ金色で、縁にはギザギザが付いている。表には桐の花が描かれており、裏には大きく500とあった。そう。これは紛れもなく500円玉だ。しかし、この世界に500円玉が存在する筈はない。その500円玉は紛れもなく、哲也がいた世界で作られたものだ。なぜなら、表には日本国としっかり書かれているし、裏には作られた年も書かれていた。その年も、何らおかしくは無い哲也も普通に知っている年だ。
「哲也くん。君はこれについて何か知っているかい?」
「これは、俺がいたところで使われていた硬貨だ。俺が持ってきたものの中にもある。一体どこでこを?」
「これは、数日前に夏の国の商人が持って来た物だよ。」
「でも、夏の国とは半年前から行き来できないんじゃないのか?」
隣で聞いていた唯が店長に問う。
「それが、夏の国が把握していない抜け道があるみたいで、そこからこっちに入って来たようなんだ。
それで、その商人が言うには、これは半年位前。ちょうど戦が始まる少し前に、変わった格好をした男が売りに来たらしいんだ。他にも色々な種類あったみたいだけど、他のところに持って行っちゃてこれしか残ってなかったんだ。」
「変な格好って言うのは、どんな感じなんだ?」
哲也が問う。
「ごめんね。そこまでは分からなくて。でも、僕から見ると君も変な格好何だよね。あっ、別に悪い意味で言っているんじゃなくて、見たことが無い格好をしているってだけね。」
おそらくこの世界には洋服が無いのであろう。であれば、それを着ている哲也が変な格好と言われるのも当たり前のことだ。そう考え、変な格好と言われても、もうツッコむまいと哲也は心に決めた。
「そうなのか…。それで、店長はその500円玉にいくらの価値を付けたんだ?」
「その質問に答えるとするならば、付けていないということになるね。」
「どういうことだ?」
「さっき言った夏の国の商人は、それを無償で置いて行ったんだよ。その代わり、この硬貨に付いて何か分かったらその商人に教える約束になってる。だから、僕はまだその硬貨に価値を付けられていないんだ。」
「親父でも価値が付けられないのか…。そんなに難しいのか?」
「いや、もしもこれがただの飾りだったら、価値はもう付けられているんだ。だけど、唯にも教えた
けど、硬貨を鑑定するときは、その硬貨の硬貨としての価値も考えなくてはいけないんだ。だけど、
この硬貨の情報は一切無いんだよ。」
「確かにその通りだ。私が親父に頼んだのもそれが理由だしな。」
「そこで哲也くん!君の持ってる情報が必要なんだ。」
急に話を振られたことで少し驚いた哲也だったが、すぐに店長の言いたいことが理解できた。
「つまり俺に、その硬貨の硬貨としての価値を教えて欲しいってことだな。」
「もちろん無償で教えてもらおうなんて思って無いよ。情報っていうのはそう安々と渡して良い物じゃ無いからね。この硬貨全部の鑑定を無料でやってあげよう。どうかな?」
半ば自分で撒いた種なのにそんなにしてもらうのはどうかとも思った哲也だが、せっかくの好意に甘える
ことにした。
「よし!じゃあ先ずは、基準を決めよう。この中で一番価値の低いのはどれかな?――」
―――
結局、硬貨に関しては1円が銅銭1枚ということになった。やはりというか、紙幣に関しては、
紙で出来ているから、必然その価値は下がってしまい、1000分の1の価値となった。哲也が持って来たお金は、おまけを含めて、銀判8枚へと変わった。これだけあれば当面の生活はなんとかなるだろう。
支払いが終わり、帰り支度を始めようとしたところで、店長が口を開いた。
「唯、それから毬ちゃんも、少し席を外してもらってもいいかい?」
「なんでだよ?」 「なんでですか?」
二人は同時に聞き返した。
「ちょっと哲也くんと二人で話したいことがあってね。すぐ終わるから、外でお喋りでもしてて。」
「そう言われると、余計に気になってしまいますね。」
好奇心の塊である毬がそう簡単に引くはずがなかった。
「男同士の話がしたいんだ。だから女の子はちょっと出ててね。」
そう言われて、しぶしぶと二人は外へと出ていった。
店長は外で聞かれていないか確認したあと、話を始めた。
「哲也くんて、結構訳ありな人なんじゃない?」
そう言われ、哲也は少し警戒するように体に力を入れた。
それを見た店長は慌てて言葉を足した。
「お、落ち着いて。別に君を脅迫してるわけじゃないから。ただ、あのお金はこの国の技術、もちろん夏の国の技術でも、到底作れるようなものじゃ無いんだ。もしかしたら君はこの国とは、いや…この世界とは違うところから来たんじゃないかな?」
その質問に哲也は答えることはできなかった。その様子を見て、店長は
「答えたくないなら答えなくたって良いよ。あの子たちにも話していないみたいだしね。」
と終わらせてくれた。
どうやら、店長に悪意はなさそうだ。と言うより、心配して言ってくれいるように哲也は感じた。
「もし困ったことがあったらなんでも言ってね。あの子達と仲良くしてもらってるみたいだし、
そのくらいはさせてもらうよ。」
「ありが――」
哲也の礼は、店の扉が勢い良く開かれた音によってかき消された。そして、とても慌てた様子の唯が転がり込んできて叫んだ。
「親父!哲也!毬が…毬がさらわれた!!」




