壮観!震撼!宇宙戦艦!
月。間違いない。根拠は無いけど。灰色だし?基地あるし?真空にはためく星条旗あるし!?いや後二つはおかしいが。
……どうしたものか。いまいちやる気が出ない。俺は魔法世界を脱してから、早くも勢いにブレーキが掛かってきていた。
切り替えろ。ふむ、まず状況だが、アポロ11号月面着陸の瞬間にそっくりだ。まあ実際に行ってるわけないから知らないけどね。そうと決まれば!
大きく息を吸って、
「俺にとっては小さな一歩だが、人類にとっとは大きなひゃっく…………!」
噛んだ。くそ。調子悪い。
さて、この状況だけどよ、あれか?タイムリープってやつか?よーし思い出せ。確かノリで飛ぼうとしたらホントに飛べて、ここに着いて。じゃあ魔法世界と月面着陸が同じ世界観!?あ、空気はどうした?
あとはなんだっけ、高次元世界とか拡張現実とか言ってたな。高次元ってことは俺らの世界ではないのか。でも拡張現実ってことは仮想世界ではないのか。俺は現実世界から現実世界に転生したのか?ただの輪廻転生?ならなぜ赤ちゃんからやり直しじゃない?記憶はなくてもアームストロング船長の名言は知っていた。なんで!?ああああ!?
くっそおおおおおぉぉぉぉぉ!!考えちゃダメなんだった!いやきっとこういう時主人公ってすごい頭の回転で冒険をいろいろ有利に進められるんだろうが、俺にはそんな脳は無い!どうせ考えに考えた挙げ句フリーズして、無気力感のあまりこの場に野垂れ死ぬだけだ!考えない!考えない!俺には今、叫ぶっきゃあねえんだ!さあ!
改めて大きく息を吸って……
「くそったれ月があああああぁぁぁぁぁ!!」
「新人カイ?急ニ大声デ叫ブカラ,ビックリシタゼ!気ニ入ッタ,独リダロ?俺ノパーティニ来ナ!」
英語!?(だいたいこんなこと言ってると思うんだが)そうだ。下を向いてちゃ始まらない。見上げれば人がいたんじゃないか。その人は未来っぽい戦闘服に身を包んだ、アメリカンなナイスガイが手を振っている。金髪。青い眼。どう見ても外人だ。
今思い出したけど俺は場違いな魔法使いっぽい赤と黒のローブに杖。一目で俺を新人扱いしたのは、あの戦闘服を着ていないからか。
俺は困惑して呆然とそいつを眺めていた。その様子に見兼ねたのか、
「オ前,何ニモ知ラズニココニ来タノカ?教エテヤルヨ.俺ハSpaats.ココハSPACE-DESTROYER-Earthダ.コノ広イ宇宙デ……(猶ここから英語聞き取れなかった)」
ああ、フードでモンゴロイド面が見えないから容赦ない英語なのか。くそ、負けてたまるかあ!国際コミュニケーション?上等だ!逃げるな俺!コツは思いを伝えること。言葉は幼児英語で十分。それに表情、身振り。テンパらないよう、深呼吸してから、行ける!
「日本人だ、ジャパニーズ!なあ、ここは月なのか?……ココ,月カ?オ前,何シテイル?」
すると、信じられない返事が来た。
「アア,日本人?Ah……ここ、さいたぁまです」
「はあぁ!?」
俺の知ってるさいたまは一面灰色の砂じゃない。強いて言うなら東京や横浜は灰色だが。というか明らかに宇宙じゃないか。
「うちゅう、ほんとです。この星、プラネットカグヤ。ココハMOTHER-Earth日本ガ担当ノ星ダ.……サイタマ……(俺の英語力はこれが限界)トニカク,俺ラト来レバ安心ダゼ!あなた、仲間なるといいです」
スパーツとやらは長々と説明をしてから、改めて日本語で俺を何かに勧誘してきた。
「仲間になれば何がある?」
スパーツが指をパチンと鳴らすと、その背後から爆発魔法とは比べ物にならない程の轟音が!そうだ、俺はこの刺激を待ってたんだよ!キタキタキタキターー!テンション上がってきたーーーー!
キイイイイィィィィン!
周囲の小石や砂が舞い上がり、何かがスパーツの後ろの小高い丘から顔を出す。いよいよそこには白を基調とした、まさしく「宇宙戦艦」と称するにふさわしい、巨大な人工物が現れた!アニメじゃない!この迫力!
その巨躯には主砲と見られる二本の長い砲、魚雷発射管みたいなもの、ブースター、小型機とそのカタパルトまで!
これはもう、叫ばざるを得ない!
「なにこれかっけえええええぇぇぇぇぇ!!」
俺が興奮で鼻息を荒くする隣で、スパーツはいかにも「すごいだろう?」という風に腕を組み、
「ウチノデストロイヤー『ホージロ』ダ.……主砲ガ……レーダー精度ハ……俺ノ愛機『バイオレット……』…….マア説明シテモワカラナイヨナ.乗ルガ早イサ」
戦艦に気を取られて全然聞き取れなかった。ようはすごいらしい。スパーツは右手を上げ「来い」のジェスチャーをしながら戦艦に向かう。今のところ月面ジャンプ以外は受動的だけど、行かないと物語は始まらないよな。それに、夢に見た宇宙戦艦!わくわくしてもう抑えられない!早く中に入りたい!
あ?浮遊してるあの船にどうやって乗り込むんだ?
「オイ,シラキ!新入リダ.日本人.コレデ六人ソロッタ!……ヲ開ケ!」
スパーツの足下に青い円が浮かぶ。スパーツが中心に立つと、円は眩い光を放ち、やがてスパーツの姿が消えた。なるほど、こいつが船の中に転移させてくれるんだな。真似して円を踏むと、俺は光に包まれ……
……数秒後、俺は船の中と思われる空間に居た。近未来的な空間、スパーツと揃いの戦闘服がさらに四人。女の人もいる。その戦闘服のデザインが一人だけ他と違う男が俺に手を差し伸べながら言う。
「僕はシラキ。このパーティのリーダーだ。君、日本人だね。英語は苦手かな?困ったら僕に頼るといい。……あと、その服似合ってるね!」
「おう!よろしく!」
俺は手を取る。
「君は、なんて?」
あ。名前、覚えてなかったわ。でも事情を説明してもわからないよなあ。俺ここまでいろんな情報すっ飛ばして来たからまともな話無いし。っていうか俺が一番状況理解してないと思う。
なんか適当な名前を言おう。さて、どうしようかな。とっさに思いついたのは一つだけ。どうやら魔法世界とこの世界はそれはまた別らしいから、あいつともしばらく会わないだろうし、使わせてもらうぞ。
「俺はミナミ!爆発魔法使いのミナミだ!改めて、よろしく!」
一時間後。
「なるほど、気がついたらここにいた、と」
いや、本当は飛んで来たんだけどね。
「この世界はSPACE-DESTROYER-Earth。宇宙戦争ゲームの世界だ。ARだから各座標に相当するMOTHER-Earthの座標があって、ここは埼玉ってわけ」
「なるほど、わからん」
このセリフこれから毎回必要なんじゃないか?
「いや、無理に巻き込んですまない。迷惑ならログアウトの方法を探すのを協力……」
「大丈夫だ。ログアウトしても俺の場合はどこに『戻る』かわからないだろ。それに、俺は」
俺は、前世の記憶がない。俺の目的は前世の記憶を取り戻すことなのだろうか。どうしてこうなったか突き止めるべきなのだろうか。せめてこの世界がどうなっているか理解しなくてはならないのだろうか。
否。過去に束縛される意味があるものか。俺は、赤ちゃんからではなかったが、記憶がないならそれも同じだ。知識はあるけど。どうせなら、「ミナミ」としてこの先の人生を新しく歩みたい。ミナミの人生を、始めよう。俺は自由だ。前の俺がなんであろうと、俺の知ったことじゃない。
「俺は、楽しくやれるならそれでいい。昔のことなんてどうでもいい」
俺の中の時計が動き出す。




