ここは乙女ゲームの世界らしい。悠様と私の関係の変化。
※粗筋にも記入しましたが、シリーズものです。 最初から読んでください。
お久しぶりです、続きです。
ーー誰よりも貴方の傍に居たいと、許されるなら、そう、貴方の隣に立ちたいと願ったのです。
ですから私は、私と貴方と聖様と「親しい友」と「それ以外」と「私のセカイに害なす存在」なんていう狭いセカイにいるのです。それ以外は要らないと、そう思ってしまったから。
X X X
「ーーねぇ、麗菜?
幸せって、なんだと思いますか?」
昨日のように、中庭でお昼ご飯を食べていたら、悠様が突然、そう仰いました。
「幸せ……ですか」
キョトン、として、おうむ返しに聞きます。悠様は普段、あまりこういったことを言いませんから。
「ええ」
にっこり笑う悠様は、今日も麗しゅうございます。
「そう、ですね……。
私の幸せ、という意味でなら、ずっと貴方といられることです」
これくらいなら、まだ誤魔化せます。「いられる」を「仕える」にしたら誤魔化せますから、遠慮なく言います。
「…そうですか」
ふわり、と優しく微笑む悠様。愛しています、と思わず口走りそうになりました。危ないです……。
「悠様の幸せをお聞きしても?」
「えぇ、麗菜なら構いませんよ。
私の幸福は、麗菜の幸せですよ」
くすり、と妖艶に笑う悠様。
……っきゃぁぁぁぁぁぁ!!!
悠様!貴方一体どこでそんな……!!色気が駄々漏れです!!
嬉しいですけど! 同じ気持ちなんですね!はい!
……悠様は、狙った獲物は逃さないらしいので……。私を逃す気は皆無でも、私の幸せが悠様の幸せなら、つまりは、私の幸せが「悠様といたい」なら、悠様の幸せは「私といたい」ですよね?
はぁ……。早く今の研究終わらせたいです。
そしたら、きっと……ーー。
ーー私は、貴方に。
この愛を、伝えられるでしょう。
X X X
「ーー麗菜!こっちよ!」
某人気ファミレス店に、私は居ました。(前編に登場した、)転生者である友人との待ち合わせです。
私が店に入ると同時に、友人は私を大声で呼びました。馬鹿ですか貴女は。目立っているでしょう。
「クレハ……。皆様に迷惑ですよ」
早足で、友人ーークレハの場所まで向かい、対面側に腰を下ろします。
「あら、ごめんなさいね」
少し反省するようにに笑っている、クレハ。
ゆるふわウェーブの、淡い金色の髪が胸元くらいまであり、垂れた碧の瞳が柔和かつ優しげな雰囲気を出している、ハーフです。
私も胸はそれなりにありますが、クレハの胸はもっとあります。腰は私の方が細いです。有事の際は、悠様をお守りできるように、研究の合間に訓練をしていますから。聖様からのお願いという命令でもあります。
「? わたしの胸に何かあるのかしら?麗菜」
クレハが首を傾けました。愛らしいです。
「いいえクレハ。相変わらず貴女の胸は大きいですね」
「麗菜も、結構大きいわよ?」
「貴女と比べたら、どうしてもそう思いますよ。我儘ボディーのクレハ」
「麗菜はその華奢さが堪らないのよ!わたしはふにふにしているだけだわ」
まぁ確かに、クレハはふわふわしていますが。
「クレハも十分細いではありませんか」
クレハの体の凹凸は激しいです。激しい運動をしている私には敵いませんが、クレハも一般的に見たら細いです。
「あなたといると、太くみえるわ」
それは仕方ないのでは?
……さて、お喋りはこのあたりにしましょうか。
「すいません、」
「あっ、ハイ!」
……ちっ。
女性店員さんじゃないのは残念です。そしていやらしい視線で私とクレハを見ないでください不愉快です。
(……欲情される体の方が良いのは確かですが……)
好きな人以外に欲情されるのは不愉快ですね。
「アップルジュースを1つと、キャラメルラテアートを1つ、お願いします」
「アップルジュースをお1つと、キャラメルラテアートをお1つですね。かしこまりました!」
ふぅ。いなくなってよかったです。
……あの、クレハ?
「何故ニヤニヤしているのでしょうか」
桜色の唇が弧を描いています。しかし、決してニコニコではありません。ニヤニヤです。
「別にぃ?気にしなくて良いわ」
「……はぁ。気になりますが、追究はしないでおきます」
「うふふ♪」
不安ではありますが……まぁ良いでしょう。
しばらく、くだらないお喋りをしていると、
「お待たせしました。アップルジュースとキャラメルラテアートでございます」
飲み物が来ました。女性です。
「有難う御座います」「感謝するわ」
「っ、い、いえ!」
店員が去った後、一口キャラメルラテアートを口にしたクレハは。
「じゃあ……何から始めましょうか」
『第1回、電波系転生ヒロイン対策会議』、開始です。
X X X
ーーあれから、クレハと雑談混じりに話し合いました。昼食後のPM.01:00に待ち合わせて、現時刻はPM.04:30。
邸はがらんとしていますから、悠様はまだ、ご友人である常磐 詩音様と出掛けていますね。詩音様は、「攻略対象者」のお1人で、音楽の申し子です。詩音様が特に好まれるのは、ピアノにヴァイオリン、琴に横笛です。詩音様の演奏は、天上の音楽もかくやという程素晴らしいのです。私も幾つか嗜みましたが、詩音様には敵いません。
「雪葉様もいませんね。
さて、少し豪華な夕食でも作りましょうか」
X X X
ーー残念です。悠様は今夜、詩音様のお宅に宿泊なさるそうです。明日の夕方に帰宅するとの連絡がありました。
(夕食は……悠様の分は保存しておきましょう。明日の夕食用にもっと手の込んだものを作りましょうか)
はぁ……。
ーーその次の日の昼。悠様不在の時に……「ヒロイン」さんがやって来ました。
X X X
「ーー悠サマを出しなさいっ!」
「できません」
「だせっつってんの!このあたしが!」
「できません」
「っ悪役のくせに!」
「……悪役?」
「っ! きょっ、今日は帰ってあげるわ!」
「……」
ーーあぁ……厄介なことに、なりそうです。
X X X
「ーー悠様! お帰りなさいませ」
大声を上げるのははしたないですが、弾む声は隠せませんでした。
だって、一日振りの悠様ですよ?
「えぇ、麗菜。ただいま」
「ーーッ?!」
ふわり、と悠様が好む、甘く爽やかな香りに包まれて。 抱き締められていることを、理解しました。
「は、るか…様ッ…?!」
逞しい体に、顔が赤くなるのがわかります。 悠様に抱き締められるのはとても幸福ですが、今は……!
胸板を押して、距離をとろうとします。 悠様相手ですので、手荒な真似は致しません。
「……、もう少し…」
お願いです、と。 抱き締める力が強まって、私は抵抗を封じられました。
X X X
ーー電波系転生ヒロインが行動を開始して、早くも3ヵ月が経ちました。 7月です。 後20日もすれば夏季長期休暇に入るので、皆様どこかそわそわとしています。
…あの後。 悠様は微笑んで、私を離しました。
「聞かないでください」、と。 それだけを、お頼みになられて。
何があったのか、私は知りません。 悠様は勿論、詩音様も教えてくださいませんので。
悠様の強い希望により、一月前に研究に戻された身としては。
(……気になって、仕方ありません)
ーー有り体に言うなら、不安で仕方がないのです。
愛されているのはわかっています。疑う余地もない程、悠様は愛しいと、色々な方法で伝えてくださいましたから。
しかし、不安なのです。
この世界が、「乙女ゲーム」なら。 クレハの知る世界と違ってしまっているこの世界は、もしかしたら“元”に戻ろうとしてしまう恐れを宿しているのですから。
(悠様……)
貴方の考えが分からないのです。 貴方が見据える未来が分からないのです。
貴方の傍に居させて頂ければ、そのような不安さえ消えて無くなるのに。
貴方は私を、遠ざけている。
X X X
ーー夏季長期休暇に入った校舎に、しかし私は居ました。
研究の為であり、……また、悠様の希望でもありました。
私を遠ざけ始めた悠様への不安を誤魔化すように、寝食すら惜しんで研究している甲斐もあり、研究は佳境に入りつつあります。
元は綺麗だった白衣は汚れていますし、髪も整えていません。 人様の前に出られない格好ではありますが、誰かが訪ねてくる予定もありませんので、放置です。それより研究です。
私が今している研究は、喪失魔術……別名魔法の再現です。
難しいですよ、とてつもなく。 しかし手掛かりはあるので、死ぬ気でやっていますが。
(っ、)
ーーそれでも、不意に浮かんでくるのは、悠様のことで。
痛みを堪えるように、私は胸を押さえます。
(……もうすぐ、)
この研究さえ、終われば。
また、……傍、に。 居させて、頂けるのですから。
(……暫くの、辛抱でしょう)
泣き出しそうな痛みは、全て、誤魔化して。
X X X
ーー夏季長期休暇が終わっても、私は研究室に籠りきりでした。
(後、一歩……)
その一歩が、どうしても見付かりませんでした。
(っ、どうして……!)
こうして籠りきりでも、私は学園内の情報を手にしていました。
いい部下を持っていますからね。
……悠様は、ある令嬢と、親しくなされているようでした。
強く、強く、目を閉じました。 何かを堪えるように。
(……は、)
思わず浮かんだ感情が、何であったのかを知る前に。
(気分転換、しましょう……)
いつもは、根を詰めすぎだと悠様が連れ出してくれていた外に、出掛ける用意を始めました。
X X X
ーー久し振りに出た外は、夕方であるのに、酷く蒸し暑かったです。 じりじりと焦げるような暑さに、帽子を被ってきて正解だったと頷きます。もう9月に入ったのですが……。
向かう先は喫茶店、美味しい珈琲のお店です。 マスターが良い方で、その人柄と腕前に惚れ込んでいます。
「…いらっしゃい」
やや奥まった、しかし日当たりは良いという路地に、隠れ家のようにあるその店。
どうやら「ゲーム」にも、悠様ルートなどで出るらしいですが。
「こんにちは、マスター。 今日は甘いものを頂けますか?」
柔和に垂れ、人柄が押し図れる優しげな皺のある瞳をしたマスターの珈琲を絶つより、「ゲーム」に怯えることを選ぶバカはいないでしょう。
「マスター」
「はい、なんですか?」
「相変わらず美味しいです」
「貴女のような美しい方にそう仰って頂けると、嬉しいです」
「お上手ですね。 ふふ」
「お世辞ではありませんよ?」
「ふふ、ええ、どうも。 奥様が羨ましいですね」
「おや、貴女の恋人様……失敬、貴女を想う方を想う方も、貴女をそう思っていらっしゃるのでは?」
「……、えぇ、そうだと、良いですね」
「ーー…何か、御座いましたか」
「…少し、行き詰まってしまって」
「ふむ……。 お悩み事があるのでしたら、それを解決なさってからにした方がよいのではないでしょうか」
「…ですが、はやく、ーーお側に」
「……急がば回れ、ですよ」
「ですが、」
「……これは老人のお節介ですがね、お嬢さん」
「?」
「恋は、一人ではできないのですよ」
「ーー…知って、います」
「そうですかな? …貴女は少々、焦っておられるようですがなぁ」
「っそれは、」
「ゆっくりで、良いのですよ。 それとも、」
「っ、マスター、」
「貴女が慕う御方は、それすらも許してくださらないのですか?」
ーー覚えています。 私が恋を自覚した時のことを。
一目惚れでした。 しかし、内面を知る内に、勝手ながら、更に愛おしく想って。
子供ながらに知っていました。この感情がいけないものだと。 ですから私は、それを必死に押し殺しました。 決して表には出さないよう、浮かばないよう、……育たぬよう。
だけど、それは、あまりに幼く拙い私の誤魔化しは、功を成しませんでした。
社交界にデビューし、女性に囲まれる悠様を見た時の気持ちを、私は今でも覚えています。
それは小さな棘でした。 小さな、けれど、毒を孕んだ棘でした。
胸に刺さった棘は、私に自覚を強要しました。
私はずっと、彼……悠様のお側にいました。様々な彼を、きっと聖様より近くで見てきた自覚がありました。 そして、私はこれからも、誰よりも近くで悠様を見詰めたいと、支えたいと、そう思ってしまったのです。
ーー私は今も、後悔しています。 その小さな棘に、「恋」などという盲目的な名を与えてしまったことを。
何故ならば私は、彼の従順な僕であるべきでした。それが私の、従者の、存在理由でした。
「恋」などというものは、それを狂わせ腐らせ崩してしまうものでした。
私は、人形であるべきでした。 何も感じず何も思わず何も慕わず、そうして何より、何も憎まず妬まない、人形であるべきでした。
(……そう在れたならば、きっと)
悠様は、私などという存在よりも素晴らしい女性と……ーー。
ーー嗚呼、それを私は嘆くのです。
恋などという名は、鮮烈な執着と同義。 私の判断を狂わせる想いなぞ、捨て去るべきでした。
ーーそれを、「恋」と名付けてしまう前に。
「……いい、え」
優しい人なのです。 人を傷付けるよりも、救う方を選ぶ、優しい人なのです。
悠様は、……ずっと。
私を、待っていてくださって、いるのです。
(あぁ、)
ーーいっそ、恨んでしまおうかと、そう思っていました。
ですが何を恨むと言うのでしょう。 今までずっと待っていてくださった、その人の何を。
もし、間に合わなかったとしても。 それでも、恨むならば……。
「ーーまたのお越しを、お待ちしております。 ……今度は、貴女の慕う御方と」
あぁ、マスター。 感謝します、深く深く。
走り、研究室に飛び込むように戻り。 乱雑な紙の束に目を通しながら、私は静かな確信を得ていました。
ーーそれから、10日後。
私は、悠様と、対面しております。
X X X
「ーー随分と久し振りですね、こうして顔を合わせるのも」
学園のカフェ、そのテラス席。 そこで、私達は顔を合わせていました。
穏やかに笑む悠様は、決して演技とは思えずに。 胸の棘が、その存在を小さく主張しました。
「…はい。 この度は、私の不躾な願いを聞いていただき、有難う御座います」
ああ、せめてせめて。 綺麗であれば良い、貴方の瞳に映る私が。
他の誰に侮蔑され嘲られても、貴方にだけは、綺麗だと思われたいのです。
「貴女に使う以上に有用な時間の使い方なんてありませんよ」
あぁ、優しい悠様。 あなたをお慕いしております。
ですから、ああ、どうか。
「ですが……、普段、あまり我儘を言わない貴女の意図は、知りたいと思います。 教えて、いただけますか?」
静かに席を立ち、床に膝をつけ、私は深く頭を下げました。
ざわり、と揺れた雰囲気(目立ちますからね、私達)に構うことなく。
「 お暇を、頂きたく 」
ーー瞬間、ざわめきは広まり、倒れた方もいたようでした。 しかし、私はその全てを流し、ただ悠様のみに意識を向けました。
「……何故です?」
どこか面白がるような、しかし僅かに固い声でした。
私は伏せた顔をあげないまま、静かに言葉を贈ります。
「全ては私の不徳の致すところです、悠様」
硬く響いた自らの声音に、漸く軽く麻痺していた感情が僅かに戻りました。
「っ、麗菜、それは……?」
あぁ、どうか、許さないでください。 浅ましくも貴方に「恋」をしたことを。
「貴方に恋をしていました。 貴方を愛しておりました。
それが全てで御座います。 …それが、私の罪咎で御座います」
さらに深く、頭を垂れました。
「私は、人形であるべきでした。 何も感じず何も思わず何も慕わず、そうして何より、何も憎まず妬まない、人形であるべきでした。
何故ならば私は、貴方の従順な僕であるべきでした。それが私の、従者の、存在理由でした。
「恋」などというものは、それを狂わせ腐らせ崩してしまうものでした。 私はそれを、貴方に抱いてしまったのです」
お暇をください、と私は願いました。 どうか、と、強請るように乞いました。
「麗菜、」
「悠様。 どうか、…少しでも私を思ってくださるのならば、」
ーー私にお暇をくださいませ。
「……………手離せ、と。…貴女を手離せと、そう言うのですか」
「はい、悠様」
そのために、私は尽力したのです。
「私に、……死ぬより辛い苦行を、課すのですか」
「…いいえ。 私はただ、貴方に笑っていて欲しいのです」
けれどそれは、貴方を苦しめないように、で。
「嘘です! ……貴女が居ない世界で、何故笑わなければならないのですか…!!」
「悠様、」
貴方はそれ程、私を愛してくれているのですか。
「……誰です」
「……悠様?」
「誰が私の麗菜に手を出しました。何をされました」
「悠様、落ち着いてください」
思考がヤバい方にいっています、ダメですよ犯罪は。
「落ち着いていられますか!」
「…落ち着かれなければ、ならないのです」
「何故です? あぁ、安心してください。貴女はちゃんと、今まで通りーー」
「それが耐えられないと、そう言っているでしょう…っ!」
「………れい、な?」
あぁ、声を荒げてしまい、申し訳御座いません。
「お暇をくださいませ、悠様。 私は貴方の従者では、もう満足できないのです」
従者以上を、望んでしまっているのです。
「麗菜、」
「お暇を、くださいませ。 ……悠様、どうか」
「…………………どうしても、ですか?」
「はい」
「……貴女も、私を置いていくのですか?」
「いいえ」
「…………離れたいと、そう、望むのですか?」
「っいいえ」
「………………ならば、何故……ッ!」
慟哭のようでした。 血を吐くような声でした。
「っ悠様、御願いです、どうか何も問わず……ッ」
「……………………わかり、ました。 暇を、……与え、ます」
嗚呼。 漸く、漸くです。
「有難う御座います、悠様。 そしてどうか、
私と結婚を前提に婚約してください、悠様」
「……………………………………………は?」
渾身の笑顔で告げた私の一世一代の告白に、悠様は固まりました。
「……………え? は?
………………つまり、麗菜。 貴女は……、このためだけに……?」
「いえ、結構重要なんですよ?」
「それはっ、…知っていますが……。 ……事前に教えてもらいたかったです」
「申し訳御座いません。 ただの我儘です」
「……、麗菜」
「はい、悠様」
「先を越されてしまいましたが、
どうか私と、結婚を前提とした婚約をしてください」
「…………はいっ、喜んで!」
悠様sideも……出来るだけ早くupしたいと思います。