もえぶた
時系列順にはなっていません、何話から見ても大丈夫です。
各話が短いので好きに読んでください。
高校3年生のユキは塾の帰り道、背後の異様な気配に気づき早足で家に向かう。
この感覚には覚えがある、小学生の頃に暴漢に襲われた経験があったがそれに似ていた、嫌な感じだ。
実際ユキの不安は当たっていて似ているどころかまさにあの日起きた事が再現されようとしていた、現在ユミを付け狙っている影の正体、それは小学生のユミを誘拐しようとした男の兄で、『ピッグ・スリー』の異名で呼ばれる犯罪者の一人だ。
犯罪グループ『ピッグ・スリー』には犯行の特徴がある。
三人の家族で構成された犯罪グループで目的は子供の誘拐である。
誘拐された子供達がどうなるのか説明はさけよう、弟は小学生女子を好み、兄は女子高生というわけだ。
人気の無いところにいる子供に目をつけ、即実行する、誘拐にも才能というものがあるらしく彼等は最初からそれを持ち合わせていた。
逃げるユキ、追いかける兄豚、弟と同じく巨体ではあったがかなり素早い。
ユキは追いつかれて背負っていたリュックサックを捕まれて転んでしまった、リュックの中身が飛び散る、ユキはその中にあった物を目で追う。
「ぶひひ、やっぱり女子は高校生に限る」
鼻をフガフガと鳴らして呟く兄豚。
転んだユキに兄豚が近付く、コツンとつま先に何か当たった。
「あっ!」
思わず声を出してしまった、ユキの慌てた様子、不審に思った兄豚は蹴飛ばした物を確認する。
防犯ブザーだ、ユキは転ばされた時にこれを見ていたのだ。
「ぶひぃ…」
防犯ブザーの存在が気に入らなかったのか、兄豚が怒りの表情を隠さない。
だがこれはユキにとって天啓かも知れない、この防犯ブザーは外部から強い衝撃を受けると作動する仕組みになっている、これを発見された時に破壊しようとする暴漢に対応されていたのだ。
しかしその期待は外れた。
ボウと勢いよくブザーが発火した、燃やされたのだ!
兄豚は大きな燃料タンクを背負っていた、タンクからはホースが伸びノズル上の物を地面に向けている。
これは火炎放射器!
兄豚はじわりじわりとユミに近づく、もう打つ手は無いのか、直後!
「待ちな!」
兄豚の後ろから女性の声。
ジャージ姿の成人女性がいた、隣には小型の柴犬が。
おなじみアズサと芝太郎だ!
「まさか復帰戦の相手がこいつとはね…」
「弟はどうした?今日は一緒じゃないのかい」
左右に首を振りゴキゴキと鳴らすアズサ。
「ぶひひぃ、きさまぁゆるさないゆるさない!」
激情に駆られ鼻と耳を器用にぴくぴくと動かし火炎放射器のノズルをアズサに向けた。
非常に危険だ!この火炎放射器の射程は3mといったところだが、直撃しなくても大出力の火炎を正面から受ければひとたまりも無いだろう。
兄豚はノズルのトリガーを躊躇なく弾く、火炎のまばゆい光が夜の闇を照らした。
「ギャンッ!」
アズサの隣りにいた芝太郎に飛び火し、一気に黒焦げになった。
直撃を喰らったアズサ、放射が終わった後も人型の炎が残る。
次第に炎が消える、中から現れたのは黒焦げの死体。
ではなく変身したアズサだった!
どういうことか、アズサは火炎を食らう直前に変身中の無敵時間を利用していた。
しかもアズサは灼熱の戦士魔法少女マジカルゼンザイ、直撃後の燻った火炎など大したダメージにはならない。
「けっこう危なかったね」
黒こげの犬は体をブルブルと震わせてこげを落とし立ち上がった。
「ぶひひ、ちくしょう!」
二撃目!芝太郎炎上!アズサにも直撃コース。
だが、アズサは体勢を低くし火炎を回避した。
これは空手の雲水という体捌で狭い場所や障害物を想定した戦闘で真価を発揮する。
しかし火炎放射は終わらない、炎の帯はアズサを必要に付け狙う。
やや下方に向けられた炎はコンクリートに反射し幅広にボウと拡大した。
アズサはそれを棒高跳びの要領で飛び越えた、その場から2mもの大跳躍、フォームも完璧だ。
「ぶひひぃ…」
兄豚は攻撃方法を変更、アズサの足元に向けて放射、先ほどの現象から攻撃範囲を広げる戦法を取る。
無駄だった、次々と炎を回避するアズサ。
しかもそれだけではなく兄豚に距離が近づいている、アズサは遠距離魔法具を持っていない為、対象に近づいて白兵戦で敵を征圧しなければならない。
機関銃ならさすがにアズサの反射神経をもっても避けきれないが、火炎を見切るなど容易い。
火炎放射器は特性上、放射し続けるかぎり使用者はその場を動くことはできない。
次第に距離は詰められ最後の攻撃を回避したと同時に後ろ回し蹴り!
「エエイッシュラー!」
アズサの雄叫びと共に踵が兄豚の顎に振り下ろし気味にヒット!
兄豚の顎は煎餅のように砕けた、ズドンとその場に崩れ落ちる巨体。
「なかなかに良い調子じゃないか」
芝太郎復活!
決着はアズサが到着してから数十秒で着いた。
アズサは体に付いた煤を払い、ユキに声をかける。
「平気か?」
あの時と同じだ、ユキは小学生の時に合ったことを忘れてはいない、もちろんそれは多少のトラウマになってはいたが嫌な思い出だけではなかった、十年前に貰った防犯ブザー、黒焦げになってしまったそれを拾って。
「あなたあの時の…、これ…」
「ん?なんだ、防犯ブザー?」
手にとってそれを眺めるアズサ、自分がユキに渡したことは忘れてしまっていた。
「おいッ芝!」
芝太郎は駆け寄る、アズサがイメージを魔法送信すると芝太郎は口をもぐもぐと動かした。
芝太郎は魔法力が1027円分消費されるのを確認して、口から舌をぺロリと出した。
舌の上には新品の防犯ブザーが。
「ほらこれ替えがいるだろ?」
ユキは差し出された手を両手で包む。
宝物が二つに増えた。