ぼうはん
時系列順にはなっていません、何話から見ても大丈夫です。
各話が短いので好きに読んでください。
夏は暑い、人も動物も日中の熱気にすっかりやられてしまう、元気に騒ぐのは蝉ぐらいであろう今日も気温は35度、猛暑日を越えていた。
小学生3年生のユキは夏休み真っ只中、頭には麦藁帽、水筒を首からぶら下げて目的もないまま家から出た。今日は特に友達と約束があるわけではないが公園にでも行けば近所の子供達は集まっているので遊びには困らないだろう。
ユキの後方20mに影有り、かなりの巨漢で、蛍光色のTシャツが熱気に蒸され染み出た汗によりぴたりと皮膚に張り付いている、息を荒げぶふぅ、ぶふぅと過呼吸気味に後ろをつけている。
ユキは自分をつけている影に気が付くが、逃げようともぴたりと後ろを離れる気配は無く、段々と人気の無い路地に追い込まれてしまった。その様子を一匹の柴犬が眺めていた、マーキングの最中であった。
「きみ、かわいいよね…、しょうがくせい?」
学校からしっかりと防犯について指導を受けていたユキは今まさに自分が置かれている状況こそ緊急事態で、大声を出す、人の居る場所へ行く等の行動をとるようにと頭では理解していたはずだが、恐怖に駆られ体が動かないのだ、ただ胸元の水筒を両手で握り締めていた。しかも行き止まりに追い詰められてしまった、もう人の居る場所には逃げられない、今日は平日、声をだしてもそれが通行人に届くかどうか…。男がユキに手を伸ばしたその時!
「待ちなさい!」
声高な怒声がそれを静止した。
「きみだれ?あれ…、きみも結構かわいい年増だけ…ひぶッ!」
男が言い終わる前に顔面に怒声の主が放った蹴りが炸裂!
足を振りぬき男を地面に這い蹲らせた、怒声の主は男から間合いを離しステップを踏む、次の攻撃あるいは防御の為、体を緩ませる。
「ぶひぃ、いたぶぶぶ」
鼻血を噴出しながら起き上がる男意外に頑丈だ、なぜならこの男が喰らった蹴りは常人の数倍に能力上昇されたものであったから。
男が目前の障害を排除するため力任せに腕を振り回す、しかし怒声の主には当たる所かカスリもしない、男の攻撃を見切り的確に対処する、息が切れ始めたのは男のほうだ。
「アズサ!相手は成人男性、しかもかなり大きい奴の攻撃だ、しっかりと回避きるんだ!変身中とはいえ怪我をする可能性だってある」
「分かってる!」
裏拳を紙一重で屈伸回避しながら怒声の主が答えた、先ほどの指導は電信柱の物陰からだ。
とここで男が単純な攻撃を停止後ろを振り向く、一呼吸すると走り出した、ユキが居る方向だ、まずい!形振り構わず無害な子女を襲う気である。
一瞬あっけにとられたが怒声の主はそれを阻止するべく、つま先に全体重を乗せ…、駆ける!
まるで弾丸のような速度、ただの一歩の内に男の背後まで追いつくが急に男が立ち止まった、そして…
「ぶひぃッ!」
振り返りながらの裏拳を繰り出した。
怒声の主はそれをまともに顔面で受け自分の意思では制御しきれない運動エネルギーを載せ転げた、二転、三転所ではない。
ただの暴漢と思いきや、この男かなり頭の回転が速い。
「アズサッ!」
物陰から声、そして地面との抵抗でようやく回転が収まりすべり気味にコンクリート上に投げ出された怒声の主は…首の振りぬき運動で寝そべった状態から跳ね起きた!
「平気ッ!」
埃を払い、そして膝を地面についた。
これはダメージを受けたからでは無い、両手を前に肩幅程にに広げ指を地べたに付ける…、これは人類が最速で駆け出すことが可能になる構え、そうクラウチングスタートだ!
一呼吸後…、発射ッ!
しかし男は戦闘の中でコツを掴んだようで、既に迎撃の態勢。下手をすれば先ほどと同じようにカウンターを喰らってしまう。
「アズサッ!」
物陰の声の危惧は外れる、男の裏拳は空を切った。
怒声の主は消えたのか、いやそうではない、駆け出した後スタートダッシュの加速を載せたまま足からの滑り込み男の股下をそのままくぐり抜けた!
男は成すすべも無いまま中空を攻撃したのだ、怒声の主は男の背に飛び乗り右腕を顎下へすべり込ませる、右から左へそして右腕の手首を左腕間接で固定!
これはスリーパーホールド!
怒声の主は自らの左頬を男の右耳に密着させる、完成…、完全に決まった間接技は格闘技の達人でさえ逃れることができない、この締め技には男の耐久力は関係ない、呼吸困難は人類全て平等にやってくるのだ。
怒声の主は腕に纏わり付いた唾液泡を払い、ユキに声をかける。
「大丈夫?」
手を差しだされたがユキはいまだ恐怖で動けない、現実に起こったことを脳内で処理しきれない。
「アタシ別に怪しいものじゃないからッ安心して!」
この人物はいったい何者なのか、年はユキとそう違わないだろうが、競泳水着のようなタイトな服装に手甲、足のラインが分かるような長靴そして真紅のマフラー、かなり謎めいた格好をしている。どれも今まで見たことの無いような生地で生成されていた。
そして電柱の物陰から一匹の柴犬が二人の下へ駆け寄ってきた。
ここでようやくユキが笑った。