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新生




目を潰さんと白銀の光が体中に刺さる。

やがて、その光が、熱を持つ事に気づく。


(光…違う、炎だ!)


本能のままに岩から離れた。

何だか酷く背徳的な事をしてしまったかのような焦りと、不思議な高揚が胸を焼く。


やがて白銀の炎が晴れる。そこにはもう、あの岩も不可思議な文字も残ってはいない。



『―――――――――ひと の こ よ』



散った炎は黄金の如き鱗粉を残す。


水晶と白銀の鱗に覆われた巨大な体躯、背骨を這うかのように覆う炎の様な白金のたてがみ、水晶の輪郭を覆う金剛の角。

雪のような白い翼を広げるその姿は、まるで、一粒の大きな宝石のような美しさだった。

炎のように揺らめく黄金の瞳は、されどその炎のように一切揺らめくことなく、彼女を見た。


あの岩のように漠然としたものではなく、その雄姿は正しく竜そのものだった。


『……人の子よ。我の封印を破ったのは、そなただな?』


風の唸りとも、滝の轟きとも、霹靂の鳴動とも取れるそのしゃがれた声は、されど美しい響きを持って耳に馴染んだ。


綺麗だと思った。

竜にこんな表現はおかしいかもしれない。だが、その凍てつく美貌は彼女に脊髄を舐め上げられるかのような痺れをもたらした。


神秘そのものを纏うその竜は、翼を閉じる。


「……、…ふう、いん?」

『…ただの小娘かと思えば…おぬし、聖女か』


竜の言葉に、一気に我に返る。

祠の入り口付近を振り返る。まだ追手は来てはいないが、足音は近い。


『逃げてきたのか』

「……そう、よ」


この祠で行き止まりだ。袋の鼠。半ば絶望に近い苦々しい焦りが体を這いあがる。

ナイフを握りしめた。

制服やそれに付着した血を見て、竜は何かを悟ったかのように目を細めた。


『なぜ逃げる、人の子よ。奴ら人間にとって聖女の召喚は悲願だ。どこまでも追ってくるぞ?小娘であるおぬし如きの力ではいずれ捕まるのが必定であろう』

「それでも、逃げてやる」

『…ほう?』

「どこまでだって逃げてやる。捕まるなんて死んでも嫌」


彼女の強い口調に、竜の無機質な声色に興味の色が灯る。


『聖女を巡り今も戦争は続いておる。おぬしが行けばすべては終わるぞ?』

「知らない、そんなもの。確かに私は聖女かもしれないけれど、何処へ行こうと決めるのは私。私を巡る戦争なんか知らない、勝手に争ってみんな滅べばいい!」

『…人間を救う聖女が人間の破滅を願うとは皮肉なものよ』

「……人間を救う?」


確かにそのような言葉を、あの男達はのたまっていた。

だが、あの眼は聖なるものを見る目では、決してなかった。


「そんなのはただの偶像崇拝よ。ただ私の事を聖女だと妄想してるだけ。あいつらが私を見る目は、『聖女』をみるものなんかじゃなかった。『女』を見る目、犯してはならないものを犯す事への背徳感を興奮と快楽にすり替えてるだけの、ただの欲望のはけ口よ!私の事なんて『聖女』って名前の付いたただの肉袋だとしか見てない!」


息を切らして、吐き捨てるように憎悪を叫ぶ。

彼女を、ただ見つめて、瞑目し、またその瞳を開く。

その真っ直ぐな人間への憎悪を謳う、聖女に。竜はその首を大きく屈めて、彼女へ向き直った。


『――――――では、聖女よ。おぬしは、何を望む。何を願う』

「…あいつらから逃げたい。捕まりたくない。嫌だ、あいつらのあの眼に晒されるのは嫌だ、いやだ」

『……そうか。では、こうしよう』


竜は翼の先端に生えた爪で、彼女に触れた。

触れた直後、彼女の中でプツリと糸が切れるかのような音がした。


『おぬしと奴ら帝国軍の間に結ばれていたパスを絶った』

「パス……」

『おぬしを召喚した際、人間共はおぬしの魔力にパスを繋いでいたようだ。おぬしが何処へ逃げようと、それがある限り何処までも追ってくるであろう』


だからいつも追手が来ていたのか。

発信機が付けられた状態で、往生際悪く逃げ回っていた彼女を追う事は奴らにとって容易だっただろう。

パスが絶たれた今、もう彼らは彼女を追っては来れない。

だが、もうこの祠から続く道はない。戻れば、奴らに捕まる。


『――――娘。名を名乗るがよい』


竜の問いかけと同時に、どくん、と心臓が高鳴った。

心臓を鷲掴みにされているかのような感覚だった。無意識に息が上がる。

酸欠で息を喘がせながら、震える口を開いた。



「―――――――――リア。リア・ヒュステ」



名乗られた直後、彼女の胸から、竜を彷彿とさせる文様が浮かび上がり、再び彼女の胸へと還っていく。


『――――その名を支配する。おぬしが我に名を捧げたその瞬間、おぬしの心臓に刻印が刻まれた。これでおぬしと我の間にパスが通った』

「あなた、どうして」

『興が乗った。おぬしに手を貸してやろう。人間共は好かぬが、ぬしのその剥き出しの憎悪は実に興味深い。今まで人間共の身勝手な世界改造を見逃してやって来たが、聖女まで用いて我らの領域を侵そうというのであれば目障りなことこの上ない』


くく、と喉で笑う竜の真意を、リアのまだ呆然と靄がかった思考では把握できずにいた。

助けて、くれるのか。この竜が。


竜は首を地の近くまで垂れる。

その真意も読み取れなくて?を飛ばしていると、『追手がもう来ておるが、よいのか?』と意地悪く言われたので、我に返って大急ぎて駆け寄った。

つまり「乗れ」の意なのだろうが、この身の丈ほどある高さも太さもある首にどう乗れというのだろう。


『そのまま飛び乗ればよい。刻印が刻まれた際ぬしの身体能力は強化されたはずだ』


そうまで言われたので、騙された気持ちで足に力を込めて跳躍した。

すると、そこまで全力で飛んだわけではないのに軽く2m以上リアの身体は宙へ舞って、やがてすとん、と竜の背に落ち着いた。

竜の背は水晶の鱗のせいでとても冷たかったが、跨っている部分は鬣に覆われていて、座り心地としては悪くない。

リアが背に落ち着いたのを確認すると、竜は翼を大きく広げた。



それと同時に、鎧を着込んだ帝国軍の連隊が祠へ到着した。

彼らは剣を携えていたが、竜の姿をその目に映した途端、壊れた玩具のように震えあがり、剣を取り落とした。


「り、竜…が………」

「…!聖女!聖女がいるぞ!」

「何故竜の封印が…いやそれより!何故、聖女が竜と…!」


統制のとれていた連隊が完全に気圧されているのを尻目に、竜は大きく羽ばたき、飛翔した。

そのあまりに力強さにリアは一瞬体勢を崩しかけるが、鬣を掴むことで必死に堪えた。


竜は一瞬連隊の方へ首をやり、大きく息を吸い込むと、あの白銀の炎を吐き出した。

あまりの高熱に温度さえ感じぬまま、一瞬で彼らは、骨さえ残らず灰となる。


「い、一瞬で…」

『人間如きが竜に敵う筈なかろう。愚かな』


侮蔑と愚盲を含んだ冷たい声色と視線を、もう物言わぬ灰となった人間達へ向ける。

それも一瞬で、竜はもう一度大きく羽ばたいて空へ上昇し、一気に雲を突き抜けた。



『飛ばすぞ。振り落されるでないぞ』

「えっ、ちょ、私絶叫系はっ、きゃーーーーーーー!!!!!」





美しい白銀の竜と白銀の少女は、少女の甲高い悲鳴と共に雲海へとその姿を消した。












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