魔族な彼と人間の私
ほんとに勢いだけで書いたので、それでも構わないとおっしゃる方だけどうぞ。
「いってらっしゃい」
バタン。っと分厚い扉が閉まると同時にクローゼットまでダッシュした。
よし。ここからが本番だ!
あと2時間は戻ってこないはず。でも油断は禁物だ。
彼は異常に勘がいい。何かを察知して早く帰って来ちゃうかも。
せっかく無理を言って魔界に連れてきてもらったんだから、何とかして外の風景を見ておきたい。
彼は危険だからって、人間界と次元を繋げたホテルから一歩も出してくれない。
けど、ちょっと覗く程度なら大丈夫なはず!
「まずは目立たないように、服を着替えて──」
「何してるの」
ぎくり!何てもんじゃない。心臓が飛び出るかと思った。
何で、何で居るのだ?!
片足を通した黒子の服もそのままに、ギギギっと後ろを振り向く。
先ほど見送ったはずの彼が、部屋の入り口に腕を組み背を預けてこちらを見ていた。
いや、あれは軽く睨んでいる。細めた目から氷のビームでも飛び出して来そうだ。
「で、出かけたはずじゃ…」
どうにか誤魔化せないかと、引きつる頬に叱咤打って笑顔を作る。
怖い。背中は汗でびっちゃびちゃだ。
彼はにっこりと微笑み私に近づいてきた。
「その服なに?せっかくドレスアップしてるのに、なんでそんな真っ黒な服に着替えようとしてるの?」
「ちがっ、あのっ、ちょちょ、ちょっと疲れちゃったから、楽な服に──」
「黒子の服が?顔まで布に被われる服が、楽な服なわけないよね」
どもりにどもった言い訳も、即却下される。
あ、詰んだな。詰んだ。無理だ、誤魔化せない。というか、バレてる。
ドッドッドッドっと高鳴る鼓動に、ダラダラ流れる汗。顔色は最高潮に真っ青だろう。
完全に固まった私をジッと見つめる彼。
「いま正直に言ったら、お仕置き軽くしてあげてもいいよ。」
「ごめんなさい!ちょっとだけ、ちょっとだけ外の世界を覗きに行こうと思ってました!!」
ヘタレと言われてもいい。怖かったんだ、私は。
お仕置きを回避できるのなら、私にプライドなどない!
ふうっと呆れたため息をついた彼が、組まれていた腕を下ろした。
「まったく。そんなことだと思っていたよ。あんなに外は危険だと教えただろう?」
いつもより少し低い彼の声に、肩がビクつく。
「すっ少し、ホテルの外に出るくらいなら、何ともないかと思って…。ホテルの敷地内だけだよ?
チラッと見たらすぐに部屋に帰ろうと思ってたもん」
「君は魔界のことを知らなすぎる。今はだいぶ少なくなったが、魔界には人間を食べる種族もいる。いくら君が普通の人間より霊力が高いといっても、対処出きるのは精々下級魔族だろう。それも倒せるわけじゃない」
正論を言われると返す言葉もない。
自分に結界を張っていれば、少しの間ならいけると思ったけれど、甘かったのだろう。
現に今私の周りに張った結界は、彼の怒りに触れて消えている。
彼は高位魔族だが、私の前では強すぎる魔力は私の身体に負担がかかるからと抑えてくれている。
少し彼の魔力が漏れただけで崩れるような結界では、外に出るなんて無謀だったのだ。
「ごめんなさい。もう一人で出歩いたりしません」
少し霊力があるからって調子に乗ってたのかもしれない。
何だか情けなくて、彼に謝りながらポロポロと涙が出てきた。
「君に何かあったら俺は壊れてしまう。心配なんだ。本当は魔界にも連れてくるべきじゃなかったのかもしれないが、今回はしばらく魔界に滞在しなくてはいけなかったし、人間界には今、霊力が高い人間を好む魔族が逃げ出している。お願いだから俺の側にいて、俺に守られていてくれ」
俯いていた顔を彼の手で上げられ、親指でこぼれる涙を拭われる。
いつもの優しい声だ。さっきまで漏れていた魔力も消えている。
「ごめんね、いつもバカやって心配ばかりかけて」
彼の首に腕を回して、ぎゅうっとしがみつく。そして背伸びして彼の頬にキスをした。
「守ってくれてありがとう」
見つめる彼の目元が甘く緩む。
私の後頭部に彼の手が添えられて、唇が重なった。
ゆっくりと喰まれる感覚に脳がしびれる。
忍び込んだ舌に咥内を舐められて、足の力が抜けてきた。
彼が私の身体を支えてくれていなかったら、きっともう座り込んでいる。
彼としか経験が無い私は、キスの上手い下手なんて分からないけど、これが普通じゃないってことは分かる。
深く交わる大人のキスは、まだ慣れない。
唇が離れると、くったりともたれ掛かった私の身体を彼が抱き上げた。
「さて、じゃあ反省したところで寝室に行って、お仕置き、しようか」
「ふぇ?や、だって私正直に…」
キスのせいか、少しろれつの回らない口で反論する。
「軽くしてあげるとは言ったけど、しないなんていってないでしょ?」
「やっ、やぁ!ごめんなさい!お仕置きやだ!」
ふるふると首を振って懇願するが、彼はどんどん寝室へ進んでいく。
「大丈夫だよ。いつものお仕置きよりは、優しくしてあげるから」
そんないい笑顔で言われても、嫌だ!
彼のお仕置きは本当にキツい。朝までコースなんてザラだ。
まだまだ私は初心者なのに、容赦ない。泣いても泣いても止めてもらえない。
翌日は足も腰も笑って歩けないから、トイレに行くにも彼に連れて行ってもらわなくてはいけない。
逃げなくては。
「やだ!やだやだやだー!!!」
必死に彼の腕から逃れようともがく私だったが、力及ばず、翌日は一日中ベッドで過ごすこととなった。