8話 魔術習いました ①
井戸で身体を拭いてスッキリしたおれは、ベッドの上で胡坐になり魔力を練り始める。
全身の魔力をゆっくりと丹田に集めていると、昨日よりも多くの魔力が集まった。
恐らく昨日魔力を練ったことで魔力量の総量が上がっているのだろう。
丹田に集めたため少なくなった全身の魔力が外のマナを吸収して回復したら再び丹田に集める、回復したら集めるというのを20回ほどした。
昨日は魔力を身体に戻してみたが倍の量が限度だったな。
それを超えると内側から破裂するのではないかという激痛に襲われた。
しょうがないので、丹田に残っていた魔力をそのままにして寝てしまったが、朝起きると魔力が全体に分散して吸収されていた。
そのせいか体を動かすのがいつもより楽になった気がする。
今日もやってみよう!まずは腕に魔力を戻していく。
昨日より流し込める量が増えているのか昨日流し込んだ量を過ぎても痛みはこない。
よし、注入続行!
魔力をどんどん流し込んで昨日の倍の量を流し込んだ辺りから違和感を感じてきた。
チリチリとした感覚そして突然の激痛。
ぎゃぁーーーー!!戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ・・・
「はぁはぁはぁはぁ――」
辺りにはおれの激しい息遣いしか聞こえない。
チリチリとしたのは限界の境ってことなのか。あそこですぐに止められる様にしないと毎回こんな事になるぞ。
昨日と同じく激痛に憔悴してしまったおれはベッドに倒れ込みそのまま意識を手放すのだった。
ふと目が覚める。
遠くで鐘の音が聞こえたような気がする。
まだ空は明るくなったばかりだからか周りは静寂に包まれている。
目を閉じて魔力の様子を見てみる。
やはり丹田に集めた魔力はなくなり、身体全体の魔力量が増えているようだ。
この調子で魔力量が減れば良いのだが。
肝心の魔法の使い方が分かってないのでそれしかやること無いだけどな。
身体強化なら魔力纏わせるだけとかで出来るんじゃないかな。訓練所でちょっと試してみよ。
ベッドから降りると干してあったワイシャツ、靴下が乾いているを確認してからそれらを着た。
スラックスと靴を履いて、ベルトを付け剣を佩く。
荷物を鞄に詰め、忘れ物がないか確認をする。
「よし!」
その時突然の腹痛に襲われた。
ぐあ・・・いたた・・・これは・・・
部屋を出て鍵を閉め、おれは廊下を急ぐように歩きはじめる。
階段とは反対の方向に。
廊下の突き当りにドアがあり、そこのドアを躊躇なく開き中に入る。
ここはおばちゃんにもしもの時に入るよう言われた場所だ。
そこには床に穴の開いた個室だった。
そう、ここはトイレだ。
急いでズボンとパンツを下し穴を跨いで腰を下ろす。
こっち来てからの初のトイレ。
今まで良くもよおさなかったものだ。
まぁ、環境の変化が激しかったからな。
一通り終わって紙を取ろうとすると、当たり前だがトイレットペーパーがない。
その代りに何かの葉っぱが小さな籠の中に入っている。
おそらくこれで拭けということなんだろう。
ま、まぁ、手で拭くよりましだろう。
葉っぱは意外に柔らかく、葉っぱで拭くことに抵抗感が少し和らいだ。
用をたし終わらしてからおばちゃんの所に行く。
「おはようございます。」
「おはよう。」
おばちゃんに挨拶をして鍵を渡す。
「では、行ってきます。」
「気を付けなよ!」
「はい!」
中庭に繋がるドアを開け井戸まで行き、まず手を洗う。次に顔を洗い、口を濯ぎ、手拭いで顔を拭う。
すっきりした所でギルド側のドアを開け訓練所へ向かう。
今日も昨日と同じ人か分からないが、何人か身体を動かしている人がいた。
誰もいない端っこに行き、剣を抜いて素振りを始める。
昨日と同じ動きを順にしていく。
そして、踏み込んでからの振り下ろし。
剣で受けてからの切り返し。
突きからの横薙ぎなど、適当に考え付いた斬り方をしていく。
一通りしてから剣をしまい、身体強化を試すことにした。
まず強化無しで、左半身から右足を蹴り前へ飛んでみる。
着地して後ろを振り返ってみる。
目測3メートル。
すでに何かがおかしい。
そういえば、こっちに来てから身体能力は上がってるんだったな。
しかし、こうはっきりと目にすると何とも言い難い微妙な感じになる。
お前は異世界にいるんだぞ!ここは日本じゃないんだぞ!みたいな・・・。
ま、気にしない気にしない
おれは気を取り直して筋肉、腱、骨に魔力が浸透していくイメージで右足のつま先から足の付け根と腰までに魔力を纏わせる。
「よし!・・・よっ!」
右足に力を入れて踏切ると、瞬時に身体が前に持っていかれる。
やばい!これやばい!
咄嗟に左足にも魔力を纏わせ、バランスを取ってなんとか両足で着地する。
しかし勢い余って足の裏で地面を滑り訓練所の壁に進んでいく。
急いで両手、胴体と魔力を纏わせて壁に手を付くようにして衝突する。
なんとか腕立て伏せするような状態で耐えられたが、衝突時の派手な音で訓練所にいる冒険者が驚いてこっちを見てくる。
おれは頭を下げ謝った。
「お騒がせしてすみません。」
「大丈夫か?」
「はい。」
「怪我しないようにな。」
「申し訳ありませんでした。今後気を付けます。」
軽く言葉を交わしただけで深く追求されなかった。
この世界では大したことではないのだろうか?
身体強化は一応できたようだ。
しかし、身体強化効果に意識が付いて行かなかった。
慣れれば使いこなせるのだろうか?やり方が間違っているのだろうか?
取敢えず魔力量を変えて試してみるか。
うっすら下半身を強化して同じことをやってみる。
距離4.5メートル。
これで1.5倍か。恐ろしい。
実際の戦闘ではどれくらい強化するのが良いんだろうか?
強化し過ぎて体が壊れるなどのデメリットはあるのだろうか?
参ったな・・・考え出したら怖くて先に進めなくなった。・・・あ、そうだ!セシリーさんのとこに魔法関係の本ないか聞いてみよう。よし!これで行こう!
魔法について一応の方針が出来たので訓練所を出てギルドのカウンターに行く。
おれの担当になりつつあるミリーさんに話しかける。
「ミリーさん、おはようございます。」
「リョウ様、おはようございます。商人ギルドの方から荷物運びの依頼が来ております。依頼を受けるということでよろしいでしょうか?」
「はい。受けますので、手続きお願いします。」
「かしこまりました。」
ギルドカードを渡し、ミリーが入力するのを待つ。
「手続きが終了しました。ギルドカードをお返しします。」
「ありがとうございます。では、行ってきます。」
「行ってらっしゃいませ。」
ギルドカードを受け取りおれは中央広場に向かった。
中央広場を抜け南大通りに抜けるとすぐわかった。
『アムル』は朝から人が多いようだ。
満席ではないが、8割くらいの席が埋まっていた。
空いてる席に座ると肩で切りそろえられた栗色の髪をした女の店員が寄ってくる。
身長は160センチ前後だろうか。
この世界の女性の平均身長はこのくらいなのだろうか?
「いらっしゃいませ。朝はパンとスープのセットのみで、小銅貨5枚なっています。よろしいですか?」
「はい。かまいません。」
「果実水のサービスをしています。よろしければどうですか?」
「お願いします。」
おれは鞄に括り付けていた水筒を渡した。
「わかりました。」
しばらくすると、パンとスープ、それと果実水の入った水筒を先ほどの店員が持ってきた。
「小銅貨5枚になります。」
おれが机に小銅貨を5枚出すと店員がテーブルに持ってきたもの置いていき、小銅貨を回収していった。
「ごゆっくりどうぞ。」
パンをちぎり食べてみる。
固いし、それほどうまみのあるパンではなかった。
スープも具はそれほどあるわけではなく味の薄いものだった。
果実水がサービスでも、これで小銅貨5枚はちょっときついな。
パンをスープに浸したりしながらもくもくと食事をした。
「ごちそうさま。」
立ち上がりそう告げて店を後にする。
先ほどより賑やかになってきた中央広場を抜けて商人ギルドの倉庫に向かった。
倉庫前のコールさんと挨拶を交わし、中に入りコンタールさんの元に行く。
「コンタールさん、おはようございます。」
「おはようございます、リョウさん。今日もよろしくお願いします。」
鞄を置いた後、コールさんと少し雑談していると鐘の音が鳴った。
たくさんの馬車が入ってくる。
さぁ、がんばりますか!
午後3時の鐘がなり今日の仕事も終わった。
昨日ほどじゃないが今日もたくさんの荷物が運び込まれ、そして運び出されていった。
慣れてきたのか精神的にも疲れなくなった。
ギルドに戻って報酬の銅貨6枚を貰って本屋に向かっている。
何気に小銅貨1枚しかなかったから内心ドキドキしてました。
異世界厳しいな・・・いや、どこ行ってもこんなもんか。
本屋のドアを開けて中に入りカウンターのセシリーさんに挨拶をする。
「こんにちは。」
「お、今日も来たんだね。本は読んでるかい?」
読んでる本から顔を上げそう尋ねてくる。
「やってるんですが、まだまだですね。今日はちょっと尋ねたいことがありまして。」
「地道にやることだね。それで、尋ねたいこととはなんだい?
「実は魔法を勉強したいんですが、魔法の本とかありませんか?」
「魔法?魔術の本ならあるにはあるが適正と能力が必要になるから無駄になる可能性もあるよ。」
「そうなんですか。実は今朝魔力を使って身体強化をやったら、思いのほか強力でちょっと怖くなりまして・・・。ちゃんと勉強しようかと思ったんです。」
「なんじゃと?強力な身体強化?誰かに習ったのかい?」
「いや、体内の魔力を集めたりできたので強化したい場所に魔力を纏わせてみただけなんですけど・・・」
「独学でそれをやったのかい?ふむ。確かに魔力は多いようだね。長年独自にやってきたってところか。」
「え?いや・・・まだ2日くらいですかね。」
「え?2日?なにがだい?」
「え?いや、魔力集めたりするのは2日前に始めたばかりですが・・・」
「ほんとうかい?2日で魔力の移動ができるとは・・・」
「え?みなさん魔力があるのだから出来るのでは?」
「何言ってるんだい!確かに誰もが魔力を持っているが、魔力は簡単に使えるもんじゃないんだよ!そもそも意識できるほどの魔力量がある人の方が珍しいだ。そうじゃなきゃ魔術師が至る所にいることになるよ。」
どうやら普通の人は魔力が少なく簡単に使えるものではないようだ。
そして、魔法ではなく魔術だそうだ。
この世界では魔法とは精霊魔法の事を指すようだ。
精霊魔法とは簡単に言えば精霊に魔力を渡して力を借りるというものらしい。
精霊を感じられる人で精霊に気に入られないと使えない様だ。
上位の精霊は契約をしなければその力を借りられないらしい。
それ以外は魔術と呼ばれているみたいだ。
『魔力』とは体内にあるエネルギーであり、『マナ』とは大気中などにあるエネルギーである。
そして、魔力とマナは同じものである。
しかし、操ることができるものが魔力と呼ばれ、それ以外のものはマナと呼ばれる。
魔力を移動、維持、変化させることをまとめて『魔力操作』と言う。
魔力操作には3つの段階があり、まず体内で魔力を移動させる、次に魔力を体外に出し維持する、最後に魔力を変化させ魔術を行使する。
魔力の移動をおれはすぐできたので簡単に思えるかもしれないが、普通この魔力の移動にも少なくない時間がかかるものなのだ。
それでも、体内での移動は比較的扱い易いが、体の外に出すと格段に扱いが難しくなる。
魔力が大気中に放出されて霧散しマナになってしまうのだ。
魔術を行使するには魔力のまま維持しなければならない。
魔術師になれるかどうかはこの魔力の維持が関わってくる。
魔力量が多くても魔力の維持がまったく出来なければ魔力が霧散して魔術が行使できないのだ。
即ち、魔力の維持が上手いと魔力量が少なくても魔術を行使することができたり、魔力の維持が下手だと魔力量が多くても魔術が行使できなかったりするのだ。
と言っても完璧に魔力の維持ができなくても魔術は行使できる。
効率は悪いが、いくら魔力が霧散しても魔術が発動する程度の魔力の維持が出来れば良いのだ。
セシリーさんが何故こんなに魔術について詳しいのかと疑問に思っていたら、こちらの心を読んだように教えてくれた。
若い頃に冒険者をやっていて、魔術師として活躍していたようだ。
王都の魔法学院も出ていて優秀な魔術師だったらしい。
今は現役を引退して貯金で本屋を始めたらしい。
あまり人がいるのを見たことないのだが、道楽で始めたものらしく特にお金に困ることはないそうだ。
本を読むのが好きなようで今の生活に満足しているようだ。
おれはセシリーさんに魔術を教えてくれるよう頼んだ。
「セシリーさん。お願いします!魔術を教えてください。」
「そうだね・・・。暇だし良いだろう。お前さん真面目そうだしな。」
「ありがとうございます。頑張ります!」
意外にあっさり引き受けてくれた。
暇・・・だったのかな?
セシリーさんから魔力操作の2段階目、魔力の維持について教わることになった。
「魔力の移動は出来てる様なので、魔力の維持をやってみよかね。」
カウンターの横で出してもらった椅子に座りながら話を聞く。
「まず指先に魔力を集めてごらん。」
おれは右の人差し指に魔力を移動させる。
「集まった魔力を指の先から球を作るように出してみな。」
球状にした魔力を指先から出すイメージを描く。
指先の魔力が外に徐々に出て行くのがわかる。
指先の上に乗るように球状の魔力が出た。
「おお!~お?」
出た魔力がすぐ消える様に無くなった。
「維持に失敗したようだね。イメージを強くしな。外に出ると魔力はマナに変わっちまうんだよ。」
「はい!」
その後、何度も繰り返したが長く魔力を維持することが出来なかった。
体内で移動は出来るのに、外に出すとすぐ溶けるように無くなっちゃうんだよなぁ。
「今日はこの辺にしておこうか。まぁ、どこでも出来る練習だから頑張ってみな。」
「分かりました。今日はありがとうございました。」
外に出るとすでに暗くなっており昨日の露天でサンドイッチを買いギルド宿舎の個室に泊まった。
井戸で身体を拭き、下着と靴下を洗濯し部屋に干した。
ベットの上で文字の本を読んでから、瞑想をした。
やはり昨日よりも多くの魔力が集められ、身体にも昨日の倍の量の魔力を戻せた。
いい加減学習したおれは激痛が始まる前に魔力の移動を止めた。
昨日とは違うのだよ。昨日とは・・・。しかし、魔力が倍で増えていってるな。これは普通なのだろうか?まぁ、魔力があっても困らないだろうから続けるけど・・・。
目を瞑りながら考えているといつの間に眠っていた。