5話 宿泊しました
本屋の依頼が終わった頃には日が傾き始めていた。
ギルドに着くと昼間と違って人がたくさんいるのが見えた。
依頼を終わらせて帰って来た冒険者達だろう。
入り口をくぐるとカウンターの前には列ができていた。
ミリーの前にも列が出来ていたのですぐに対応してもらうのは無理そうだ。
すくまで待つのも、並ん待つのも結局待つなら並んだ方が得だろう。
依頼完了報告以外に他にやることもないしね。アルスは帰って来てるかなぁ?
アルスを探すべくギルド内を見渡すと金髪の受付嬢の列に並んでいるのを発見した。
受付嬢の方を見ているせいか、こっちには気付いていない様だ。
手持ちぶたさだったのでギルドカードを眺めていた。
自分の名前ぐらい書けるようになりたいので「リョウ」と書かれている文字を瞼に焼き付けていく。
ふっと気が付くと、次がおれの番のようだ。
「またのお越しをお待ちしております。」
ミリーが前の冒険者の精算等の処理を終えキレイなお辞儀をして挨拶をしていた。
顔を上げ前の冒険者が居ないのを確認してからおれに目線を送ってくる。
「いらっしゃいませ。依頼達成の報告でよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
依頼完了証明書をミリーに渡すと魔道具で内容の確認する。
「2件の依頼の完了を確認致しました。報酬は銅貨3枚になります。ご確認ください。」
初めての依頼の報酬である3枚の銅貨を受け取り軽く達成感を味わっていると、ミリーが尋ねてくる。
「他にご用はございますか?」
「あ、そうだった。今日の報酬で泊まれるところはありませんか?」
世界の宿泊代の相場がわからないのだ。今日の報酬で泊まれないと野宿と言うことに・・・。
流石に何も知らない町中で野宿はキツい。現代日本と違って治安は悪いだろう。
かと言って寝ないで過ごすのは明日の行動に影響がでそうだ。
「冒険者ギルドが経営してる宿舎がありますので、そこをご利用頂ければよろしいかと思います。雑魚寝になりますが、ギルドカードを提示すれば銅貨1枚で泊まることができます。いかがでしょうか?」
なんと!そんなものがあったのか!雑魚寝で結構!身の安全がはかれれば良いんだから
「是非お世話になりたいです。場所はどこですか?」
「このギルドの後ろにございます。入口から出て左に建物に沿って歩いて行くとすぐ脇道がありますのでそこを真っ直ぐ行くと入口が見えてきます。看板が出ているのですぐわかると思います。」
「ありがとうございます。あとで行かせてもらいます。では、またよろしくお願いします。」
「またのお越しをお待ちしております。」
ミリーのその言葉を聞いてから酒場の方に移動する。
アルスが丸いテーブルの席に座っていた。すでに清算を終えていたようだ。
おれを見つけると腕を使って自分の対面に座るよう促してきた。
促された通り向かいの席に座るとアルスが話しかてきた。
「お疲れリョウ。今日の依頼は上手くこなせた様だね。」
「はい。みんな良い人で良かったです。」
「え?良い人だった?武器屋のゴルと本屋のセシリーのとこ行ったんだよな?」
「はい。そうですよ。」
「おかしいな・・・2人共偏屈だといわれてる人達なんだがな。」
アルスはぼそぼそと小さな声で呟いた。
「え?何ですか?」
「い、いや。なんでもない。」
焦った様子でなんでもないと言われても、なんかあると言っている様なものだが。
「それより、何か聞きたいことあるかい?なんでも相談のるよ。」
まぁ、大した事じゃないだろう。相談かぁ。文字教えてくれって言ってもすぐ出来ることでもないしなぁ。セシリーさんとこで勉強出来るだろうし・・・
「そうですね。ここではどういった通貨が流通してるんですか?あと物価が知りたいです。」
「あーなるほど。サンブックとは違うだろうからね。いいだろう。基本的な通貨の事を教えてあげよう。」
アルスによると、この国の通貨は、小銅貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、王貨だ。
10枚で次の硬貨になるみたいだ。つまり、金貨1枚=大銀貨10枚=銀貨100枚=銅貨1000枚といった具合だ。
普通使うのは精々銀貨位までらしい。
一般的に一回の食事で小銅貨2~5枚で、宿の料金は雑魚寝で銅貨2枚前後、個室で4~5枚前後だそうだ。
ということは今日は銅貨3枚の収入で銅貨1枚のギルドの宿舎使えるから何も食べなければ3日は泊まれるか。ま、それは不可能だから食事に1回小銅貨2、3枚、1日2食としてギルド宿舎に泊まって何とか2日いけるか。う~ん。調子悪かったり怪我したりしたら動け合いから、動ける日は毎日稼がないとまずいな。
「今日銅貨3枚得られましたが、最低でもこれくらいの報酬を得られないと生活していけいようですね。」
「そうかもしれないね。慣れてきたら一緒に討伐の依頼も受けてみようじゃないか。討伐の方が報酬がいいぞ。まあ、ランクも上がるし危険も付き纏うがな。そこは私がいるから心配する必要ないよ。わっはっはっ!」
「ほんとですか?その際にはよろしくお願いします!」
「う、うむ。任せなさい。」
おれが思わず身を乗り出して目の前に迫ってきたのでアルスはびっくりしていた様だが、おれは興奮していてそんなことには全然気づいていなかった。
討伐とか男なら憧れるよなぁ。さすがに一人だと怖いけど、アルスが守ってくれるみたいだから安心だよな。いやぁ~良い人に巡り会えたなぁ。
アルスと別れてからギルド宿舎へ向かっている。と言ってもギルドの裏なので遠くはない。
ギルドの脇道を真っすぐ行くと看板が下がってるのが見えてきた。看板のすぐ下に扉があるのがわかる。あそこが宿舎の入り口だろう。
扉を開けるとすぐにカウンターがあり、そこには40歳前後のふくよかな女性が立っていた。
「いらっしゃい。ギルドカード見せてもらっていいかい?」
「はい。どうぞ。」
「ありがとよ。見ない顔だね。新顔かい?」
「はい。今日ギルドに入りました。」
「そうか。頑張っていっぱしの冒険者になるんだよ!でも、無茶はしちゃいけないよ。臆病さも必要な仕事だからね。」
「アドバイスありがとうございます。無茶せずがんばります。」
おばちゃんの激励を受けて冒険者が危険な仕事ということを少し意識した。
あまり危険な仕事する気もないのだが、冒険者をやっていればそのうち危険な仕事もする様になるのかもしれないな。
「分かってるならいいんだよ。泊まるんだろ?1泊銅貨1枚だよ。―――確かに銅貨1枚もらったよ。大部屋の入り口はあそこを曲がったすぐだよ。荷物は自分で管理しなよ。たまに盗む奴がいるからね。うちじゃ責任取らないからそのつもりでいておくれよ。」
銅貨を1枚払うとおばちゃんが部屋の場所と注意事項を教えてくれた。
「お世話になります。」
そう言っておれは部屋に向かった。
カウンターから通路を突き当りまで行って左に折れるとすぐ左に大部屋の入り口があった。
部屋に入ってみると日本の地域の集会所位の大きさ(30畳くらい)で7割くらいは人が場所を取って埋まっていた。
空いてる所を探しながらぶつからないように移動してやっと寝れそうな場所を確保した。
腰を下してこっちの世界に来た時に持っていた黒い鞄を枕にして床に横になった。
部屋は板張りで身体が痛くなりそうだ。
他の人はどうなんだろうと隣の人を見ると毛布みたいなものを敷いて寝ていた。
なるほど毛布敷けば多少寝心地が変わるかもしれないな。値段を見て購入を考えようかな。
仰向けになり目を瞑ると今日一日の事が自然と頭の中に浮かんできた。
突然起こされると見たこともない所に寝ていて混乱し恐怖したこと。
ここが異世界だと意識し生きて行くと腹をくくったこと。
ギルドで冒険者になったこと。
初依頼とそこで係った人達が温かかったこと。
いきなり魔物に襲われたなんて事にならなくて運が良かった。そして、この世界の人達は面倒見がいいのかな?色々助けてもらったな。それが無かったら一日を無事終えられたかわからなかった。
総評としては、色々あったがなんとか上手く乗り切れた一日だったということだ。
それよりも気になることがあった。
魔力である。
どうやら、おれにも魔力があるらしい。
この世界に魔力があるなら、恐らく魔法があると思われる。
どういう法則で魔法が発動するのか知りたい。
イメージすれば良い?呪文の詠唱?魔法陣?何かを媒介するのか?
誰でも魔力を持っているらしいので、魔法自体はそんなに珍しくないのかな?
はっ!そうだ。瞑想してみよう!魔力練れたりすれば魔力量が上がるんじゃね?
そんな安易な発想しておれは起き上がり胡坐をかいた。
全身に流れている魔力に意識を向け、ヘソの下辺り一般に丹田と呼ばれる所に集まる様なイメージする。
おお!ギルドカードに魔力を流した時にも感じた、なんか力?エネルギー?が身体を流れてる。これが魔力なんだよな?これを丹田にっと・・・
全身を流れる魔力が活性化し、丹田にどんどん凝縮されて集まっていく。
すごいエネルギーだ。しかし、集めると身体の魔力が減るなぁ。大丈夫かな?
身体の魔力を丹田に集めると当然魔力を持って行かれた部位は魔力量が減る。
丹田の魔力収集を止め瞑想状態で思い悩んでいると、魔力量の減った部分の魔力量がまた元に戻りだしたのだ。
魔力が元の場所に戻ったのかと思ったが、丹田の魔力量は先ほどと変わらないので他の部分の魔力が回復したんだと分かった。
何これ?丹田にいくらでも集められるんじゃね?
楽しくなったおれは、何回も何回もそれを繰り返した。
その回数が10を超え20に迫りそうになった頃ふっと我に返った。
丹田に結構魔力が集まったなぁ。・・・これ集めてどうすんだ?
集めた魔力の使い道がわからないおれは焦り始める。
ちょっとずつ身体に戻してみようか・・・
丹田の魔力を徐々に身体に行き渡らせていくと、身体の各部分の魔力量が上がって行く。
それを感じ取ったおれは魔力をどんどん流していく。
「痛っ!うぐぐぐぅ・・・。」
あぐぅぅ・・・いてぇーーー!身体が痛い!
全身の血管がが内側から押し広げられる様な痛みが襲ってくる。
やばいやばい!魔力流しすぎた!
魔力を流すのを止めて、痛みが引くまで丹田に魔力を集める。
くぅ・・・身体には大量に戻せないのか。この魔力どうしよう・・・
全身に戻せたのは、元々身体に行き渡ってた魔力量とだいたい同じ位だった。
身体に戻せるのは元々の倍くらいの量か・・・。あとは・・・このままにしておくか・・・大丈夫かな?
おれは目を開け身体の様子を伺う。
特に丹田に貯めた魔力に変化無いようだ。
そろりそろりと今度はゆっくりと横になる。
大丈夫だ。なんともない。ふいー。良かったぜ。丹田に集めたまんまに出来るんだったら焦ること無かったな。あー疲れた。今日はもう寝よう寝よう。
おれは目を閉じると一瞬で眠りに落ちるのだった。