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寡黙的少女  作者: カオリ
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07 台風の目の少女

 優弦と大輝が抱き合ったという話はその後も噂され、二人は付き合っているという所にまでいきついた。

 しかし前者は本当の事であっても、もちろん後者の方は事実ではない。二人が抱き合ったというのも優弦の方が一方的に抱き着いていただけだ。しかも二回目に優弦が彼に抱き着いて以来二人は何もない。

 そういう事をしたのは優弦が心のざわめきを大輝に抱き着く事で解消したから……それが気になっただけの事なのだ。

 優弦は大輝に対して恋愛感情を持ってはいなかった。


「蓮見さんて伊勢谷の事が好きなの?」

「…………」


 学習委員としての最初の仕事。

 授業で使うテレビを別の教室から自分達の教室へと運ぶ作業を優弦は同じ委員である健と行っている。その最中健からそう質問され、彼女はふむ、と考えた。


 ――好きってどういう事だろう。大輝君は明るくて何事にも積極的で委員長を任せられるくらいで……皆に好かれている。いい人だなと思う。彼の事は好意的に捉えているけれど、これは好きに当てはまると考えていいのかな。そもそも好きという感情が私はよく分からないけど……そうに言ったら、望月君にだって同じような事を感じている。というか、嫌いじゃなかったら皆好きになってしまうんじゃないだろうか……。


 いつになく優弦が考え込むと、痺れを切らした健は「蓮見さん」と割り込んだ。


「……はい?」

「ごめん。そんなに悩ませたかったわけじゃないんだけど。まぁ自分から抱き着いちゃうわけだし、嫌いなわけないよね」


 今優弦が思い至ったものと同じような事を健は言う。

 彼は少しばかり残念そうな顔をしているが、優弦にはそこまで他人の感情を読み取る敏感さはない。


「嫌いではないです」


 明らかに肩を落とす健。

 その時僅かに移動させているテレビ台が揺れたので優弦は驚きながらテレビが無事かどうか確認し、その後健を見た。


「……もうすぐで着きます。頑張ってください」


 健が妙な動きをしたのを彼が疲れたと勘違いした彼女は励ますように言うが、見事に勘違いされた健は小さく笑い声を上げる。


「あはは、ごめんごめん。違うよ、全然疲れてない。伊勢谷が羨ましいなと思ってさ。蓮見さんに唯一特別な感情持たれてる男みたいだし、先を越されたなーって……」

「特別な感情?」

「……嫌いではないって事は好きって事でしょ?」

「…………」


 それはそうなのだが、優弦が答えたそれは健が思っているものと少し違うかもしれない。

 優弦がまた考え込もうとするのを察した健は、彼女が答える前にまた話し出す。


「あれ? 違うの? ……特別に好きって言うのを曖昧にするために「嫌いじゃない」って使ったのかと思ったんだけど」

「…………」


 健のそれは優弦にとってはあまりにも難しい言い回しだった。

 男女間の微妙な探り合いというものを彼女は経験した事がない。今優弦が使った「嫌いではない」というものは、あまり明確な事は恥ずかしくて言えないから曖昧な表現で済ました、という恋愛感情を隠すために使ったものではなかった。

 ただ単純に健の質問に答えただけだ。


「……蓮見さんは俺の事嫌い?」

「いいえ」

「……うちのクラスの担任は嫌い?」

「いいえ」


 何か先走って勘違いしたのかと思った健は、今度は次々に同じような事を彼女に聞いていく。

 そしてクラスメイトや学校についても同様の質問をしていくが、やはり優弦の答えは皆同じだった。


「そっか……嫌いじゃない。……それって、伊勢谷に対しても皆に対しても同じくらいの気持ちで接してるって思っていい?」


 何かの期待を込めて健が最後にそう聞く。すると今度は比較的早く彼女の答えが返ってきた。


「はい」


 嫌いではないからただそう答えただけ。

 もう一度言うが、優弦は大輝に恋愛感情を持っているわけではない。というか、それがどういうものか彼女は分かっていなかった。

 優弦の正直な返事を聞いた健は先程とは違う晴れ晴れとした表情をして、密かにガッツポーズをした。


「うん、分かった。……へぇ、なるほどね……俺が付け入る隙は十分ありそうだなぁ……」

「…………?」


 健の最後の方の言葉は優弦にも聞き取りにくく、何と言ったのか彼女には分からなかった。だが完全に独り言だった健は彼女の反応を気にすることなくテレビ台を運ぶ手に力を籠める。


「早く運ぼっか」

「……はい」


 優弦と長く話をするためにわざとペースを遅くしていた健は一転、その運ぶ速度を速めた。


「あ、大輝ー、彼女が来たぞ~」

「おー来た来た。しかも望月と一緒だし。早速浮気されてるじゃん」

「馬鹿、だから違うって! お前らマジでそういうのやめろよな」


 自分達の教室へ近付いて行くと男子の声が響きその直後大輝が怒るような態度でその男子達に言い返していく。しかし優弦は自分の事を言われているとは気付かず、廊下にいる彼等には目もくれず教室にテレビ台を入れていった。

 何の反応もしない彼女に、若干拍子抜けする彼等だが本人も恥ずかしがっているのだろうと勘違いをして再びはやし立てる。


「初々しいカップルだねー。つーか、もっといちゃいちゃしろよなぁつまんねー。あ、キスしろよ、キス」

「は……はぁ!?」


 一人の男子がニヤニヤしながらそんな事を言い出し、大輝は驚き、そして顔を真っ赤にさせた。


「美和ちゃん、あれってちょっとやり過ぎじゃない? 止めようよ」

「放っとけば。本当にするわけないんだから」

「で、でもー……蓮見さん可哀想だよー」

「……当の本人は全っ然気にしてないみたいだけどね」


 教室内にいる佳乃子と美和は悪ふざけをする男子達を見ながら、佳乃子は心配そうに、美和は極めて冷静に言っている。しかし美和が言う通り優弦は何事もないような顔をしており、周りの騒ぎを無視しながらテレビ台を教卓となりに並べて健の前に立った。


「職員室に……」

「え? あー、先生に来るよう言われてたっけ。じゃあ俺も」

「平気です」


 あっさりそう言うと彼女はそのまま教室を出て行ってしまう。

 少し前まで騒ぎ立てていた男子達は勢いのなくなった顔をして溜息をついた。


「何だよあれつまんねー。もうちょっと面白い反応してほしいよな」

「大輝ばっかり焦ってんじゃん、ほんとに付き合ってないの?」

「だから、そう言ってるだろ。俺と優弦ちゃんは全然そんなんじゃないって……」

「だったらもっと彼女の事庇ってあげてもいいんじゃないか?」


 はやし立てていた男子達と大輝の会話に健が割り込んでくる。不機嫌混じりのその言葉に、周りの者達も話すのをやめていた。

 割と笑顔でいる事の多い健だが、この時ばかりは表情を強張らせ、沈黙を痛いものとさせている。そういう者の怒った顔というのは妙な怖さがあった。


「そういうガキっぽい付き合いに蓮見さんを巻き込むなよ。やめて欲しいって思ってるなら本気で怒れよ」

「…………」

「ま、まぁまぁ健、そんなに怒るなって」


 本気の眼差しをしている健に、彼の友人である男が近付き、彼を落ち着かせようとした。だが健はその友人には目もくれない。


「伊勢谷って蓮見さんから自分は他の奴らとは違う、特別な感情持たれてるって思ってるかもしれないけど、違うみたいだよ」

「え……?」


 健の言葉に大輝は目を見開く。

 彼も周囲に対しては優弦が自分に特別な感情を持っているわけはないと言っていたが、本心では少なからずそういうものがあるのではないかと思っていた。そういう風に感じてもらえなかったら、女の子が異性に抱き着くような、そんな真似はしないだろう、と。

 しかし健はそれを一切否定した。


「嫌いでもなければ好きでもないって。蓮見さんそう言ってた。伊勢谷にだけ抱き着くのだって恋愛感情からくるものじゃないと思うけどな。……ま、言いたい事はそれだけだから」


 ふぅ、と息をついた健は視線を逸らすと教室の出入り口へと向かって行く。


「健、どこ行くんだよ」

「トイレ」


 本当に言いたい事だけ言った健は皆の注目を浴びながら教室を出て行ってしまった。

 後に残された大輝やその友達は暫し茫然とし、そんな彼等の元に自分の席に座って今までの様子を見ていた隼人が寄って来る。


「望月の言う事にも一理あるな。お前に対しては多少は好意的に思ってるかもしれないけど、そういう異性に対してのものじゃない可能性もある。もしかしたら犬とかに近いのかも……」

「い……犬って……」


 例えが人間ではなくなっており若干大輝は落ち込むが、それ以上の言葉は返せなかった。






 ――今日は初めての学習委員としての仕事があったけど、滞りなく終わって良かった。明日は特に何もする事がないみたいだし、望月君の言う通りあまりやる事がない委員なんだ。でもテスト前は練習用問題とかを用意する事があるのだろうな。コピーとかもするのかな。機械はあまり得意ではないけど……。


 午後のホームルームが終わり、優弦は通学用カバンにノート等をしまいながら学習委員としての仕事を振り返ったり、今後の事を予想していたりした。

 既にもう他の生徒は帰っており、教室内にはさほど生徒は残っていない。大輝や隼人達もここにはいなかった。

 そんな、あまり生徒数が残っていない中優弦が帰りの準備をしていると、佳乃子と美和が近付いてきた。


「み、美和ちゃん……やっぱり……」

「ねぇ蓮見さん」


 仁王立ちの姿で優弦の前にきた美和の傍で心配そうに佳乃子が彼女に語りかけるが、美和は無視して優弦に声をかける。

 作業に没頭していた優弦も、ふと手を動かすのをやめて目の前の彼女を見上げた。


「…………」


 声には出さないが、何でしょう、そんな顔をしている。


「……蓮見さんって好きでもない相手にそんな簡単に抱き着いちゃうの? 何で? 趣味? どういう理由があるの?」

「…………」

「美和ちゃん……ああ、もー……」


 若干喧嘩腰の言い方で美和が言うと、隣にいる佳乃子はおろおろとし出した。

 優弦がどういう性格でどういう風な人間か、数日間一緒に過ごしてきた中で少しは彼女達も理解してきている。

 まだ分からない部分も多々あるが、辛うじて分かっている中での優弦の、大輝に対して好意を持っていると周りに思わせる態度が美和は気に入らないようだった。


「最初は変わった子だなーって思ってたぐらいだったけど。……今日の望月君が言ってた事、あれが本当なら蓮見さんって相当酷い女だよ。期待持たせておいてあっさりそれかわして相手を落ち込ませて……鈍感だからって済ませられる事じゃないよね」

「…………」


 ――望月君が言ってた事? 何を言っていたっけ。彼とはテレビを運んでいた時くらいしか話していない……。相手を落ち込ませるって、私は誰をそんな風にしてしまっているのだろう。どうしよう……何も、分からない。


 健が大輝に言った事は、その場にいなかった優弦には分からない。

 従って美和がこんなにも怒っている理由が理解できない。

 彼女の頭の中は酷く混乱していた。


「…………あの……誰の事ですか?」


 優弦がやっとそう口に出した所で、美和の片眉がピクッと上がった。

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