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寡黙的少女  作者: カオリ
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04 抱き着く少女1

 次の日になっても教室内での優弦の様子は変わらず、休み時間はほとんど席に着いて前を見ていた。

 クラス内はそれぞれ仲の良い人ができつつあり、何人か同士で話をしている様子があちらこちらに広がっている。そんな中優弦は一人でいるので、ポツンとした感じで目立ってしまうが、そんな彼女を放っておけない人物がいた。その人はニコニコしながら優弦の方へ近付いていく。


「おはよう蓮見さん。調子はどう?」


 昨日一緒の委員会に入ろうと誘ってきた望月健だ。その出来事もあって、優弦はすぐに誰だか把握する。


「……おはようございます」


 挨拶を返しながら彼女は昨日の事を思い出していた。


 ――望月君のお陰で最後まで何にするか悩まないで済んだのだし、お礼を言った方がいいよね。昨日何も言わなかった……。


 そう思って優弦はお礼を言う事に決め、口を開く。


「きの……」

「蓮見さんて鶯林女子中学なんだってね。あそこって中高一貫だったっけ、確か。何でそこ行かないでこの高校に入ったの?」

「…………」


 言うタイミングを逃したというか、健と出だしが被ってしまったため優弦はそのまま彼の言葉に耳を傾けた。

 鶯林女子中学校はこの高校とは少し離れた場所にある学校だ。創立は古く、私立だが伝統ある学校で受験を希望する者も多く、倍率は毎年かなり高い。そのため突破する試験は難関で勉強も毎日何時間としないと入れないような中学なのだが、そこに通っていた優弦は進学する際そのまま高等部へ行く事なく別の高校、今通っているここへと入学した。

 入るのが難しいと言われている学校なので、何故優弦がその学校をやめるような真似をしてここを選んだのか、健は不思議なようだ。


「…………」


 ――何で……。理由はあるけれど、両親にそれは言わない方がいいと言われているし、昨日お世話になった望月君にも流石に喋ったら駄目だろう。



「両親に、そうしなさいと言われたので」


 具体的な事は言わず、この場はかわす事に優弦は決めた。彼女が理由を言わない事は健も予想はしていたようで、「ふぅん……」と呟くのみ。昨日今日で知り合ったばかりなのに事情がありそうな事柄をまだ単なるクラスメイトでしかない人に話すなんて、優弦以外の人もしないだろう。


「そうなんだ。俺も何人か鶯林に知り合いの子いるけど、皆お嬢様って感じがするよね。なんと言っても制服が可愛いし」


 Aラインのワンピース型の制服。

 鶯林は完全オーダーメードで制服が作られ、しかもかなり体の線が出るタイプなのでサイズが変わってしまった生徒は詰めるか買い直す程である。しかしデザインはレトロな雰囲気が可愛いと人気のため、お金に糸目をつけない者が多い。その制服をこの前まで優弦も着ていたが、今は平均的なタイプの制服のブレザーを身につけている。


 ――あの制服は、私も好きだった。着心地も良くて見た目も可愛くてお人形みたいで……。


 その時優弦の脳裏に、ある男性の声が響き渡った。


(優弦は本当にお人形さんみたいだね)


 そんな声がどこからともなく聞こえ、優弦は少しだけ目を閉じる。

 あまり思い出したくないものだった。

 けれど、こうして目を瞑っていれば過去の事を消す作業に集中できる。

 なのに、健はそれをさせてくれない。


「蓮見さんの鶯林時代の制服姿見てみたかったなぁ。絶対似合ってたよね。蓮見さんスラッとしてるし、うん。高等部は確か襟首のリボンが違う色なんだっけ……」

「…………」


 再び健に話し掛けられ、優弦は目を開いた。

 本当は彼の質問に答えてあげたい。

 疑問を解消させてあげたい。

 しかし……。


「…………」


 何も言葉が出てこなかった。

 頭の中に自分のものではない言葉が渦巻く。


(また1番だ。勉強頑張ったね、偉いよ)

(明日も勉強見てあげるよ)

(可愛いね優弦)

(ずっと先生と一緒に)


 ガタ……。

 勢い良く立ち上がった優弦に、健は驚いた顔をした。


「…………」

「……蓮見さん?」

「…………」


 何か影を背負ったような表情の優弦は、健の顔を見ないまま俯いた状態で固まる。一体全体どうしたのだろうと訳が分からない様子の健も彼女には話し掛けず、同じように静止した。


「…………すみません。失礼します」


 ようやく優弦の口から出た言葉はそれだけで、立ち上がった体勢からそのまま健を避けるように歩き出し、教室を出て行く。

 優弦の席近くに残された健は茫然としながら彼女の後ろ姿を眺めていた。






 優弦が中高一貫の学校に在籍するのをやめて別の高校を選んだのには他人には気軽に話せない訳がある。

 私立に通うための金銭的余裕が無くなったのではない。

 いじめられていたわけではない。

 学校が嫌になったわけではない。

 ある教師との問題が彼女を縛り付けたためだった。


 ――忘れるようにと言われている。中学三年間は私の中ではもう無かったもの。過去にすら存在してはいけないもの。思い出してはいけないもの。


 優弦は先程蘇ってしまったあの声を懸命に消し去ろうとしていた。

 強く念じていればいずれ自分の気持ちがそのしがらみのようなものを取り払う事ができるからだ。

 ただひたすら廊下を歩き、頭の中で一心不乱に考える。


 ――もう絶対に出てきては駄目。記憶の一番奥にしまって、引き出せないくらい奥に、一番奥に……。


(優弦は可愛い――)

(ゆづる――)


 ――あと少し、あと少し……。


(ゆづ――)


――何もいらない、あの時の思い出は何も……。


(ゆ――)

(優弦ちゃん、また一緒に遊ぼうね)


 もう少しで男の声がなくなろうとした時、不意に別の声が頭の中で響き、優弦は思わず目を見開き、そして同時に体へとぶつかった衝撃に彼女は体勢を崩した。

 思い掛けないものがきた連鎖で驚いた優弦はバランスを保つ事が出来ず、そのまま床へとお尻をつかせる。


「わーーーーっ! だだだ大丈夫!? 優弦ちゃん!!!」

「“ごめん”が先だろ」

「ごめんなさい! 痛かった!? 怪我してない!?」


 騒がしい声と共に座り込んだ優弦の前にぶつかった相手であろう大輝がとても心配そうな顔で彼女を覗き込んだ。すぐ傍には彼の友達の隼人もいて、廊下にも何人かがおり、暫し騒然となる。

 既に、他に類を見ない優弦の可憐な容姿は学年、いや、学校中で噂になっているため、大輝は美少女にぶつかった男という烙印を押されかねない。


「…………」


 とても焦っている様子の大輝を見ながら、優弦は頭の中が真っ白になっている事に気付いた。


 ――すごい、一瞬でいなくなった。


 優弦の頭部、上半身、下半身を忙しく見渡す大輝は本当に一生懸命だ。

 実際優弦は尻もちをついただけなのでどこも痛くはないのだが、すぐに返事をする事ができなかった。


「…………」

「どうしよう、痛い? どこが痛い? ゆづ…………え? え?」


 絶えず優弦の体について聞いてくる大輝に、いよいよ優弦が行動する。

 しかしそれは大輝が予想していた動きではない。

 体は何ともないという事を知らせるために立ち上がる素振りをするかと思っていたのだが、優弦は尻もちをついている状態から赤ん坊が手でハイハイをするようにぺたぺたと廊下につき、そのまま大輝に密着していった。


「――――!?」

「…………」

「何で?」


 大輝は石のように固まる。

 優弦も石のように動かない。

 傍にいる隼人は彼等を見下ろしながらただ思い付く疑問を呟いた。

 ここにいる全員誰も予想しなかったであろう行動を優弦が取っているのだから仕方が無い。彼女は跪く大輝の上半身、いや、腹部の辺りに自らの腕を回し密着……抱き着いたのだ。


 ――……不思議。こうしていると落ち着く。……何でだろう。


 傍目からは分かり辛いが優弦が心地好さそうな顔をしている間に、彼等の周りには多くの人だかりが出来始めていた。


「どういう状況?」

「え、この二人ってできてんの?」

「何で廊下?」


 ざわざわざわとあちらこちらから生徒達の声が飛び交う。

 そんなざわめきにも優弦は一切気付いていない様子で大輝にずっと張り付いていた。

 その彼女に張り付かれている大輝も周りは見えていないようで、ただひたすら天井を見上げている。


「あー……何これ。いい匂い。鼻血出そう」

「駄目だ、我慢しろ」


 奇妙なこの光景は午後の授業が始まるまで暫く続いていた。






 ちゃぷ……。

 湯気が立つお風呂の中に入りながら、優弦は掬ったお湯を湯船に落としてはまた掬い、落としていく。それをしている間、昼間の自分の行動を思い返していた。

 何故大輝に抱き着いてしまったのか、彼女自身も分からない。ただあの時は体が吸い寄せられるように彼の方へと向かってしまったのだ。


(優弦ちゃんは腰抜かして俺に抱き着いただけだよ! そそ、そんな深い意味は無い! ……多分。隼人、お前からも何か言えよー。えっ、ちょ、先行くなよー!)


 場が騒然となりようやく優弦が大輝から離れた後の彼の周りへの言い訳。いや、大輝が言い訳をするような立場ではないはずなのだが、優弦が何も言わないので彼が弁解するしかなかったのだ。

 しかし優弦は周りに与えた誤解を気にする事無く、ずっと別の事を考えていた。


 ――大輝君は不思議な力を持っているのかも……。不安定だった私の心が一瞬で収まった……。多分他の人だとそんな事にはならないはず。


 過去の事を思い出してしまったあの時の優弦の心はとても乱れていて、普段ならできていた自己暗示も上手く行う事ができなかった。

 それが何故か大輝と会った瞬間それは失われ、あの声がしなくなったのだ。ぶつかった衝撃によるものだろうと考える事もできるが、優弦はそれだけが理由ではない気がしていた。

 大輝といる時と他の人といる時では何かが違う。

 ミルク色の肌をほんのり赤くしながら優弦は小さな決心をしながら湯船から上がった。

過去についてはまだ先になりそうです。

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