「世界の半分をおまえにやろう」「悪くないな」
長い冒険のすえ、勇者たちは魔王の部屋にたどりついた。
石壁に囲まれた、薄暗い部屋。中央には宝石のあしらわれた玉座があって、魔物たちの王が腰を下ろしている。こんながらんどうの部屋で一体なにをしているのかと誰もが思うところだが、そこはそれ。いろいろと事情があるのだ。
「よく来たな、勇者たちよ。待っておったぞ」
玉座にかけたままで、魔王はお約束の言葉を口にした。
「余の仲間にならぬか? さすれば、世界の半分をやろう」
「おことわりよっ!」
だれよりも早く答える、魔法使いバーバラ。これまでの冒険のことを考えれば、当然の答えである。
しかし、勇者えにくすの答えは違った。
「世界の半分か……。それも悪くないな」
そう言って、あごに指を置いたのである。
唖然とする三人。それはそうである。ここで魔王の仲間になったのでは、なんのために冒険してきたのかわからない。
「ちょ、ちょっと待って! 気は確かでしょうね? あなた、いま何て言った?」
ヒステリックな声で問いつめるバーバラ。
「いや、よく考えてみろ。世界の半分をもらえるんだぞ? 悪くない条件だろう?」
かったるそうに答える、勇者えにくす。
「なに考えてんの、あんた! 相手は魔王よ! 魔王! こいつを倒さなければ世界に平和は訪れないの! わかってる?」
「世界平和か……。ふん。そんなもの、現実にありえないさ。どうせ俺たちが魔王を倒したって、またすぐに人間たちは戦争をはじめるに決まってる。愚かな人類どもめ。もうウンザリだよ」
魔王以上に魔王らしいことを言いだす勇者。
「なんで、そんなこと今さら言いだすのよ! 魔王を倒すのが、あなたに与えられた使命でしょ!」
「その使命とかなんとかいうのも、ずっと重荷だったんだよ。いっそ世界の半分をもらって隠居生活でもしたほうがいいんじゃないかと思ってな……」
「まさか、本気じゃないでしょうね。世界中の人たちが、あなたに期待してるのよ?」
「だから、それが面倒になったんだと言ってるだろう? だいいち、そんなに魔王を倒したけりゃ自分たちでやればいいんだ。……わからないのか? 俺たちは民衆どもに利用されたんだよ」
「そんな……。ウソでしょ? 王様の期待を裏切るの?」
「王様? 王様だって?」
勇者えにくすは、口の端をゆがめて吐き捨てた。
「あいつが俺たちに何をしてくれたっていうんだ? 50ゴールドぽっちのカネと、棍棒一本くれただけ。それで魔王を倒してこいとか、よく恥ずかしげもなく言えたもんだよ。俺たちを生かして帰す気があったかどうかさえ疑わしいもんだね」
「じゃ、じゃあ王女様は! 彼女の期待まで裏切るっていうの? この戦いが終わったら、あなたたち結婚するんでしょう?」
「なに? お姫様が何だって? あいつが俺に近付いてきたのは、こうやって魔王を倒すのに利用するため。ただそれだけさ。あの売女が本当に惚れてるのはハッサンだ。俺じゃあない」
「な……? ハッサン!?」
勇者のセリフに、愕然とするバーバラ。
「ありえないわよ、そんなこと。なにかの間違いでしょ? なんで、あなたを捨ててハッサンなんかと……」
「俺だって、そう思ったよ。だが、事実だ」
肩をすくめて、勇者えにくすは溜め息をついた。
「まさか、ハッサンを置いてきたのはそのせい……!?」
「いまごろ気付いたのか。……そうさ。あいつは俺を裏切った。だから、パーティーを抜けてもらったんだよ」
「でも本当なの? 本当に王女様が……?」
「ああ。本当さ。お姫様は、俺なんかよりあの筋肉バカがお好きだそうだよ。興信所を使って調べさせたから、まちがいない。密会現場の写真もある」
「興信所!? いつのまにそんなこと……」
「婚約相手の身元を洗うのは当然だろう? 言っておくが、おまえたちのことも調べてある。俺の知らないことは何ひとつないと思っておいたほうがいい」
「え……!?」
なぜか赤面するバーバラ。
勇者は含み笑いを返しながら、カチリと音をたてて伝説の剣を鞘におさめた。
「ま、待ってください」
口をはさんだのはフローラである。道楽で冒険につきあっている、富豪の息女。
「王様や市民の人々があなたを利用したと言いますけど、それを言うなら魔王だって同じことではありませんか? 魔王もまたあなたを利用しようとしているのですよ?」
「『魔王もまた』……か。民衆どもが俺たちを利用していたのは認めるんだな。まぁそれはいいさ。……そうだな。たしかに、魔王だって俺を利用しようとしているのかもしれない。だが、50ゴールドしかくれなかった国王と違って、魔王は世界の半分をくれるんだ。これはかなりの違いだと思わないか?」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「ついでに言うなら、魔王と戦うというリスクも負わずに済む。これは大きいぞ? あんたは金持ちだからわかるはずだ。死ぬ危険を冒して魔王と戦うか、それとも彼の条件を呑んで世界の半分をもらうか。どちらが得だと思う?」
「損得の問題ではありません!」
「いや、損得の問題だよ。いままでの俺は民衆に利用されるだけの馬鹿だったんだ。今日ここから人生設計を立てなおすのさ」
すでに、勇者えにくすは魔王の仲間になる意思を固めようとしているのであった。
「あなたにだって、家族や友人がいるじゃありませんか。彼らすべてがあなたを利用してたというんですか。そんなことはありませんよね? どうか、目をさましてください」
人道にのっとって説得するフローラ。
しかし、勇者えにくすの心には何も響かないのだった。
「俺に家族はいない。天涯孤独の身さ。友人だって一人もいない。みんな、俺が勇者だから近寄ってきただけだ。クズみたいな連中ばかりだよ」
「そんな……、そんなことはありません! すくなくとも私たちは違います! 私たち三人は、皆あなたの友人だと胸を張って言えます!」
「さぁて、それはどうだかな……。そもそも、おまえがこの旅についてきたのはバーバラがいるからだろう?」
「な……、なにを言いだすんですか!?」
顔を赤くして言い返すフローラに、勇者えにくすは容赦ない言葉を浴びせた。
「俺が何も知らないと思ってるのか? おまえとバーバラが同性愛者だってことなんか、一年前から知ってる。毎晩毎晩妙な声だしやがって。キモいんだよ、おまえら」
「う……っ」
言葉につまり、うなだれるフローラ。その様子は、勇者えにくすの言葉が真実であると証明するのに十分すぎるものだった。
そこへ入ってきたのは、商人トルネコである。
「わ、私はまちがいなくあなたの親友です。そうでしょう?」
「親友?」
ぎろりと、勇者が目をむいた。
「俺を甘く見るのもいいかげんにしろ。トルネコ、おまえが俺たちパーティーの財布からカネを抜き取っていたのは二年前から知ってる。勇者らしい寛大さで、あえて見逃してやってたんだ。おまえほど俺を利用してくれたヤツは、ほかにいない。なにが親友だ。ふざけるのはステータスだけにしろ」
「ちょ……。いや、それは濡れ衣ですよ。それとも証拠があるとでもいうんですか。私が着服したという証拠が。ここに出納帳だってあります。ほら、見てください。私が手をつけたなんて、とんだ言いがかりですよ」
「その出納帳とやらは、おまえが書いたものだろうが。そんなもの、どうとでも操作できるだろうよ」
「いや、しかしですね……」
「黙れ。興信所を使って調べたと言っただろう? 証拠なぞ、山のようにある。だが、これは裁判じゃない。証拠なんかどうでもいい。正直、おまえと同じ空間にいることさえ虫唾が走るんだよ。おまえの顔を見るのは、もうたくさんだ。薄汚い泥棒め」
「うぐ……っ」
トルネコは反論することもできず、完全に沈黙してしまった。
「……なるほどな。勇者よ、ここまで苦労したのだな。余は同情するぞ」
いたわるような声をかける魔王。
「同情してくれるか、魔王。俺はもう、こんな人間どもを救うことなんかカケラも考えてない。ぜひ、俺を仲間にしてくれ」
「よかろう。仲間になるが良い。そして、余とともに世界を支配しようではないか」
「ああ。だが確認させてくれ。世界の半分を俺にくれるという約束だったな?」
「うむ。約束は果たそう。余は人間どもとは違う。おまえを利用することなど考えておらん」
「さすがは魔王だ。しかし、どうやって世界を半分にする?」
「簡単だ。余は世界の夜を支配する。勇者えにくす、おまえは昼の世界を支配するがいい」
「なるほど。名案だ。ではよろしくたのむぞ、魔王」
勇者えにくすは、握手を求めて手を差し出した。
それに応じようと魔王が手を出した、次の瞬間。するどい剣光とともに鞘走りの音が響きわたり、魔王の胸から青い血が噴き出した。
「うお……っ!?」
驚愕に目を見開く魔王。
とっさに身構え、彼は攻撃魔法を唱えようとしたが、一瞬早く伝説の剣がその首を刎ね飛ばした。あっというまのできごとだった。腐っても勇者である。隙だらけの魔王を仕留めることなど、造作もなかった。
数秒の沈黙のあと、バーバラが手をたたいた。
「す、すごい。さすがえにくす! いままでのは、ぜんぶ魔王を油断させるための芝居だったのね!」
「そ、そうだったのですか。さすがは勇者えにくすさん。おみそれいたしました」
と、フローラ。
「そうさ。すべて作戦通りだよ。すべて」
勇者えにくすは血染めの剣を振り払い、冷たい笑みを浮かべた。
こうして、世界を闇に染めた恐ろしい魔王は伝説の勇者によって倒されたのだった。
某RPGを思わせる部分がありますが、気のせいです。