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まだお互いの顔もみてません。
どうしてこんなに皆様、動揺なさっているのかしら?
私は少し戸惑いながらも下げた頭を上げずにいた。
だって、まだ上げてよいって言われてないしね。
足は大丈夫だけど、ベールをのせた頭が重い。
血が逆流しそう。
「姫も冗談がお上手だ」
そういって私を助けてくれたのは婚約相手の王子ではなく一緒に来たクラクスー大臣だった。
「旅の汚れを落としてからお会いしたい、という意味でございますよね」
豪快に笑いながら成された言葉に、私の先ほどの不用意な発言がこちらでは問題発言であることに気がつかされた。
それをクラクスーはフォローしてくれたのだ。
「ええ、そのつもりで申し上げたのですが、何か冗談にでも聞こえましたでしょうか?まだこちらの言葉がうまく話せませんし、何か間違えてしまいましたか?」
私は無邪気に見えるように姿勢を戻すとおずおずと発言した。
私はまだ十五歳なのだ、そのような隠語などなにも知りません、と言うかのように首を傾げてみた。
「姫の言葉はとてもお上手ですよ。ただ変に深読みした大人たちがいた、と言うことです」
そういうと、王子も私の擁護に回る。
「よかった。失敗して受け入れられないようなら塩とともにまた国に帰ってきなさいと、父に言われて参りましたから、また来た道を逆戻りかとおもいましたわ。」
こちらの国だって私を迎えねばならぬ問題があるのだ、このような子供の言葉一つを揚げ足をとるようなことをしていれば、まだ馬の背から下ろされていない塩を持ち帰られてしまうかもしれない、と思わせることができればいいのだ。所詮私はしお姫なのだから。
「姫、これから幾久しくよろしく頼む」
「ええ、王子様こちらこそふつつかではありますがよろしくお導きください」
この言葉が交わされた時点で婚約が成り立つ。
「婚約の証として、我が腕輪を贈ろう」
そういって手に飾られた真新しい腕輪がはずされて私の左手にはめられた。
いままで王子の腕にぴったりに見えたその腕輪は私の腕に巻き付いたとたんそのサイズを変えて、私にぴったりになった。
少し驚いて王子を見上げると、
「するべきものに併せて変化するのだ」と小声で説明してくださった。
「私からは、」といって胸元にぶら下げたチェーンを引き上げた。
「こちらの指輪を。お手を拝借してかまいませんか?」
そういって王子の手を取ると、こちらの王家の紋章を彫り込ませた一見黒にも見えるほど深い紺の石をはめたものを人差し指にはめた。
「なんとすばらしい。ゼオールの指輪だ。ありがたく頂戴しよう」
そういって臣下に見せつけるように指を掲げて見せた。
事前に聞いていたので右手にぴったりとその指輪はおさまった。
ああ、よかった。これがきつくて入らない!
とかだと困っちゃうのよね。
指輪サイズは私の親指でもぶかぶかだったんだよなあ。
手をみた感じだと、しっかりと剣の稽古もしてる堅い手だった。
甘やかされたぼんぼん王子じゃなくてよかった。
そんなことを思いながら、王家同志の結婚でよくみられる、『ウチってすごいんだぜ?』的な贈り物の交換をすませる、ってこと自体が表面上の婚約の儀だし。それが終わるとようやく私は退出を許されて休むことができる部屋に案内された。
やれやれ。
結局ベールが厚すぎてあんまり王子様の顔わかんなかったわー。髪の毛が金色なのはわかったけど。
謁見の間で言ったようにゆっくりお湯に浸かって寝たい。
てか寝かせろ。
着替えをすませた後、晩餐なんてどれだけこき使うのよ。
まあ、晩餐の席では顔も見られるだろうし。
向こうが私にがっかりしなければいいけど。
可愛らしいとか清楚とかは皆言ってくれるけど、だれも綺麗なんて言ってくれないまさに平凡な私だからなあ。
あんまり美形な王子様だと困るなあ。
並んだときのバランスが悪くなるし。
そういえば結構背高かったな。
ヒール高くしないとだめかな?
足すっごく疲れるんだけど。
これも王女のつとめ、じゃなかった妃のつとめですもの、
足の疲れなど外には悟らせずにがんばって見せましょう。
私はそんなことを考えながらコルセットを締められていた。
あー苦しい。
疲れてるんだからお願い。
もう少し手加減して、アンナ。
パーツだけの王子様。
これもSNDMかと。