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詐欺師グループと初対面の巻。
新用語
クア(時間単位)=7日間(一週間を指す)
ナガル(昆虫名)=黒や茶色をしているカサカサして飛んだりして忌み嫌われる「G」 と呼ばれるアレ
2ー4
一応私は「長旅の疲れが出て」「微熱を発し」「寝込んでいる」ことになっている。
つまり公式な私の予定はまったく白紙なんです。
まあ、この病弱アピールは1クア位しか効果ないでしょうけど。
その1クアの間になんとか足元を固めておかなくちゃね。
まずは、この城で働いている人々の意識改革から、ってところね。
王城で働いているプライドと自覚をもって貰わないとね。
病弱で寝込んでいるとはいえ、結婚式は迫っている。
そのための準備は最低限しておかなくてはいけない。
で、採寸と相成るわけですよ。
あの詐欺師デザイナーとの初顔合わせです。
私は朝食用のドレスを脱がせてもらい、締め付けの緩い部屋着に着替える。まあ、「いまベッドから起きあがってきました」という風情を出すためだ。
そしていつもはしない化粧を施す。
顔色を悪く見せるための化粧です、その上少し熱があるようにちょっとだけ魔法で体温をあげまーす。
私の魔法はどちらかというと、補助・治癒の方が得意で、あんまり攻撃方面は強くない。
毒を与えたり、麻痺させたり、影を縫いつけて動けなくさせたり、体中の水分を奪ったり、体の中から熱をあげてやけどさせるとか、まあその程度です。
えげつない、とアンナなんかに言われますけど、しかたないじゃないもって生まれた属性なんだもの。
補助系だって解ったあとに、それでも自らの身体を守るために身につけたのがえげつない系の攻撃魔法なんだし。必要悪ってことにしておいてください、お願いします、ええ、決して楽しんだりなんかしてませんからね。
でも、派手目な風や火や雷系が使えたらいいのになあ、なんて思うこともあります。
兄弟たちはそれぞれ派手もの攻撃魔法持ちなのに、私だけ地味な補助と治癒。
顔に比例した、なんて陰口たたかれてへこんだこともありますよ。
いまは開き直ってますけど。
三歳児に向かって言われれば傷もつきますよね。
さて、熱も上げた、顔色もわるくした、ベッドにも入った。
あとは、デザイナーがくるのを待つだけね。
・・・・・・・・すー すー すーーーーーー
はっ不覚にも寝ちゃったわ。
起きていないと・・・このベッド・・・寝心地いい・・・・すぅ・・すぅ・・・
私がうたた寝から本格的な睡眠に入ろうとしたそのとき、ようやく待ち人が来たようだった。
とても気持ちのよい眠りから覚醒させられたので、私の機嫌はおもいっきり悪くなった。
くるならもっと早くくるか遅くこいっ!
悪い奴はどこまで行ってもなにもかもタイミングすら悪い、らしい。
さて、初めて間近でみたその詐欺師は、いかにも胡散臭かった。
というか、近くに寄ってほしくないほど、いやーな雰囲気をまとっていた。
魔法や化粧がなくても、この人の近くにいると気分がわるくなりそうだ。
でも、アンナやエレンをみてもそんな素振りはない。
と、とにかく気分が・・・うっ。
誰か助けて~~~。
心の中で助けを求めても誰が助けてくれるはずなどない。
仕方がないので心のなかで自分に治癒魔法をかけ続ける。
あまりよくならないので、必死で状態回復もかける。
でも詐欺師が同じ部屋にいるだけで吐き気がする。
近づかれる度に身体のそちら側にものすごい鳥肌が立ち、
話しかけられる度に悪寒におそわれる。
こんなにいやな感じは初めてだった。
人がこんなに嫌悪を抱いているというのに、この詐欺師は自分の経歴でもない、他人の経歴をベラベラと自慢げに語っている。
ばっかじゃないの?
そんなこと、知ってるわよ。
だってサカタヒラ本人とは何度もお茶をしたし、彼女のファッションにたいする情熱を近くで目の当たりにするだけで、この人は本当にデザインが好きなんだ、って思えたもの。
そのサカタヒラの情熱を傾けた仕事をカタって荒らしまくってるだけでも許せないわ。
その上ウチの国の社交界ををいいように詐欺で荒らし回ってくれといて、私がなにも気が付かないとでもおもっているのかしら?
ああ、そう言えばコイツ私が社交デビューした頃にトンズラしたんだっけ? だからもしかして、私のことをしらないのかしら?
私が、過去30年ほどの近隣各国の公式行事で王族が着たドレスのデザイン、色などを覚えていることを。
だって、色やデザイン被りのドレスなんて着たくないじゃない。
だったら残っている発注書や絵なんかで解る範囲のドレスは頭に入れとかないと。
ただでさえ「地味姫」とか「平凡姫」とか「本を持っているのが第二王女様」とかいわれていたんだから、社交界のお歴々に「まあ地味姫は美人で有名な叔母様の何時何時のドレスと同じものをお召しですわ。」「同じドレスを身につけたからといって、あの方と比べるべくはありませんわね」なんて聞こえるようにいわれてみなさいよ、そのまま自室に逃げ込んで引きこもりにもなりたくなるわよ。
だから、私だってない頭絞って考えました。
そのお歴々がいた頃のドレスは覚えておけば、そんな陰口たたかれなくてすむじゃない、ってね?
そうして研究したのよ。これは自己防衛のための手段であって、別にデザインが好き、とかいう可愛らしい動機じゃない。
あえていうなら、自己防衛本能?っていう感じかなあ。
十代前半の王女がファッション研究に熱心に取り組む動機としてはものすごく殺伐としてない気もしないけど。
とにかく、こうやって内心に怒りをためてないと、採寸と打ち合わせが終わる前に、本気で具合が悪くなりそう。
上の空で適当に長い話に気のない相づちを打っているとようやく詐欺師が生地の見本を、と言ってドアの方を向いた。
「アンナ何か空気が悪いわ、窓をあけてくれるかしら?」
やっと話がとぎれてくれた。
「かしこまりました」
アンナが窓を開けてくれた。
少しはましになるといいんだけど。
開けられた窓の方に一瞬意識を向けたとたん、ものすごい寒気が私の全身をおそった。
ナガルが左手に這い上がって来てる。
そんな感触だった。
とはいっても、その姿は見たこと有るけど触ったことなどありませんが、そんな生理的嫌悪感が走り抜けた。
条件反射的に左手を振り払った。
「いやっ」
「何事ですか姫?」
そう言って、控えの間からエリオットが腰の剣に手を添えたまま私に駆け寄る。
そして抜刀すると、目の前の詐欺師にその剣を突きつけた。
「貴様、姫になにをしたっ!」
「あ、わ、・・・わたくしは、なにも」
いきなりの急展開に動けない詐欺師は突きつけられた剣先におびえながらそう言った。
「気持ち悪いっ」
私はさっきの手を這う気持ち悪さを思い出してそう言って手をさする。
「姫、落ち着いてください。」
ただならぬ私の様子にエリオットの剣先はより詐欺師に詰め寄った。
「もう一度問う。貴様、姫に、なにをした。返答次第では切って捨てる」
いつもよりワントーン落ちたその声には明らかな殺意が込められているのが私にも感じられた。
「わ・・・わたくしは、 た、唯、敬意を示そうと、お手を・・」
私は私を左腕で抱えるように守ってくれる兄の腕にぎゅっっとしがみついた。
聞くだけで気持ち悪い。
なんでこんな奴に触られなくちゃいけないの?
絶対にいや。
「姫に許しをえて、の行為であろうな?」
私をつかんでいる兄の左手が励ますように力がこもる。
私は、エリオットに抱えられながらその肩で大きく首を振る。
「い、いえ、あの。」
しろもどろになるその声を聞いてるだけで寒気がはしる。
私は、返事をしないその声を否定するようにもっと大きく首を横に振った。
「姫が許しもしないのに、その御手をとった。ということだな?」
私のその行動に、兄の声に怒りがこもる。
「あ、は、はっ。申し訳ございません」
ガバッ、と床に伏せる音がした。
兄の肩の筋肉が動く。
剣を持ち直すかすかな音。
「そなた、たしか我が国のデザイナーであったな?
王妃様や第一王女様の衣装を手がけた、と聞きおよんでおるが。
よくもまあ、そのような無礼者が王妃の衣装を手がけられたな。
お主、本当にサカタヒラ殿か?」
兄よ、貴方は本当のサカタヒラやフナ=コシとフリルたっぷりの王子様服を着るか着ないかをかけて酒まで酌み交わす仲なのに。
そんなことをちっとも感じさせない声で詰問する。
「わ、わたくしは、サカタヒラでございます。
紛れもなく、本人でございます。
姫様が昔お会いした、あの幼き姫であると思いましたら、
御懐かしさのあまり、つい御手にふれておりました。
も、申し訳ございません。」
残念でした。
実際にお会いしたことは一度もありませんよー。
逢ってたらこんなめんどくさいことして、罠なんぞしかけませんよ。
宮殿の広間かどこか衆人環視の中で断罪しておしまいにきまっているじゃないさ。
「エリオット。もうよい。
朝方よりあまり体調が優れぬゆえ、悪寒が走った。
それゆえ、手を払ってしまった。
サカタヒラ、すまぬな。
先ほどより、今朝方よりも体調が悪くなったようじゃ。
すまぬがもう下がってくれぬか。
後ほど、また時間をとるゆえ。
あ、採寸か?
私がつれてきたそこなエレンが把握しているゆえ、
何でも聞いてくれぬか?
そなたの高名は聞き及んでおる、仮縫いまですませたら、
また逢おうではないか。
意匠などはそなたのセンスを発揮してくりゃれ。
もう、休みたい。下がってくれぬか。」
ここまで言われて下がらないバカはいないわよね?
「あ、あの、姫様。」
それでも食い下がってくる、偽サカタヒラ。バカなのそれとも空気読めないってこと?
詐欺師としてそれってダメなんじゃない。
それともあえてここは空気よまずにやってるとか。
あ、もしかして男の幻想『厭よ厭よも好きのうち』を信じてるとか?
もうどうでもいい、とにかく嫌悪感がどんどん増してくる。
「なんじゃ。大きな声を出すでない。うるさい」
本当に頭が痛くなってくる、
この声、この雰囲気、もう一緒の部屋の空気さえ吸いたくないほどの嫌悪を感じる。
「昨晩お召しのドレスを見せていただきたく。」
必死の形相ですがってくると思ったら、シフォンが目当てか。
そんな手に引っかかるか。
あれは今度我が国の主要な輸出品になる生地なのだし。
あと3~4年は製法独占しておきたい品だ。
おいそれと見せられるか。
「は? なにを言っておる。
あれはそなたの工房の作品ではないか。
そうでなくても、アルシェス王妃よりの賜りものじゃ。
おいそれと渡せるか、無礼者」
私はそう吐き捨てる。
「はよう、この物を部屋より連れ出せ。気分が悪い。」
そう近侍に命じた。
「で、ですが、」
私の合図に衛兵がデザイナーの手を問答無用につかんだ。
「しつこいぞ。無礼者。下がりゃ」
まだ食い下がりそうな奴にそう言い放つと私はそっぽを向いた。
拒絶である。
「姫様申し訳ございません、ご不快の元はただいま下がらせます故」
そう衛兵がいうと、引きずるようにして連れ出された。
「すまぬな。頼んだ。私は少し横になる、と侍女につたえてくれるか?」
衛兵をねぎらい、ほほえみを弱々しく浮かべる。
「姫、お薬をお持ちしますね」
控えていたアンナが私が横になりやすいように身の回りを整える。
「すまない、ありがとう、アンナ」
アンナにもねぎらいの言葉をかける。
その姿を偽サカタヒラに見せつける。
つまりきっついことを言うのは、貴方だけを嫌ってます、と見せつける。
私は、それだけ言って、寝椅子にぐったりともたれかかった。
詐欺師は文字通り引きずられるように、衛兵につれて行かれた。
またその仲間とおぼしき二人もたくさんの生地を抱えたまま立ちすくんでいたが、アルシェスの近衛に連れ出されていった。
部屋にはまた静けさが戻ってきた。
先ほどまで感じていた、部屋に等身大のナガルがいたような嫌悪感はあっという間に感じなくなっていた。
「アンナ、悪いけどコロンを部屋に撒いてくれる?
それから、あいつが座っていたイスは片づけて。またあいつが来たら出して。それまで掃除の踏み台にでもつかってちょうだい」
存在をにおいごと消しさりたい。
二度と会いたくないわ。
手を洗いたい。
着替えたい。
エレンはその様子を見て、私をバスルームに連れて行く。
「エレン。この服捨ててくれるかしら? 服には罪はないけれど思い出しそうでいやなの」
「わかりました。まずはお手を洗ってしまいましょう。こすりすぎるとお肌を痛めますから」
そういって優しく洗ってくれた。その単純作業を繰り返すエレンの手を見ているうちに、
私は先ほどの出来事を振り返った。
しかし、あいつ、なんでこう簡単に王室や宮廷に入り込めるうえに、手配に引っかからないのか不思議だったけど。魅了の魔法と姿眩ましの魔法を常時かけているからだったのか。
そんなヘタレな魔法、私に効くわけないでしょうに。
どんどん魔法の威力を強めたって、状態異常回復をかけ続ける私にきくわけないわよね。
こう言うとき、補助魔法使いでよかったわ、って心から思います。
まあ、正体がわかっただけでもいいとしましょう。
そう思わないとやってられない。
でも気持ち悪いっ。
魔法解説
『魅了』=相手を引きつける、好意を抱かせる
ただし、魅了相手の魔力が掛け手を上回ると、嫌悪に代わる。
『姿眩まし』=相手の記憶に自分の印象をはっきりと残させない。
ただし、ぼやかす相手の魔力が掛け手を上回ると、ステイタスなど
自分の個人情報が相手に筒抜けになる。
『治癒魔法』=体力を回復するものとやる気を回復させるものがあるが
ほとんどの場合一緒にかけることが多い。
回復量は、掛け手の魔力と対象の体力による。
『状態回復』=毒や麻痺や幻想や魅了などの精神や身体機能にかかわる異常を
回復するもの、治癒魔法より難しい。
魔法によって、状態異常がもたらされた場合、掛けた相手の力が
強いと回復が遅くなるか差がありすぎると回復しないこともある。