prologue side:王子
まだ出会う前の二人の認識です。
二人の立ち位置なんかもこれでわかるかな?
と思っています。
「王子。国境のロレアニアからアーシェラーナ姫が国境を越えた、との報告が入っております」
侍従のその言葉に、一瞬手が止まったが、うむ、とうなずくとすぐに執務を再会した。
姫ねえ。
目の前の書類の整理に没頭しながらその存在が心の片隅にひっかかっていた。
二年前に出産ともに死んでしまった正妃。
それ以来決まった妃ももたず、戯れに女を呼びつける。
そんな生活に慣れてしまったせいか、どうも気に入らない。
だからといって国境を越えた、という姫には何の気持ちも浮かんでこない。
この国は大国と持ち上げられてはいるが、軍事力を基礎とするこの国においては、弱みをみせることが政権転覆のきっかけにもなりかねない。
先の妃は有力な貴族の娘であったからもらったようなもので、なんの気持ちもなかった。
適当に相手をしていたのだが、すぐに飽きた。
足が遠のいてから懐妊の知らせを受け取った時は何かの間違いだと思った。
その間違いは、すぐに明らかになった。
妃の侍女の一人が実は女装して入り込んだ男で、その男とよろしくやってできた子、という話を少々脅しつけたら白状した。
そのとき、父親である騎士公爵と話をつけ、女子立った場合は姫として育てる、男子として生まれた場合は公式には死産として赤子は臣下に下げ渡す。とした。
そして今後一切妃の部屋には渡らないとも申し伝えた。
全く、どんな育て方をしたのやら。
妃は出産で死に、生まれたのは娘でとても可愛い。
自分の娘ではないとは知っていても腕に抱いた瞬間に
『これは俺の娘だ』と無条件に思ってしまったのだから不思議だと自分でも思う。
ありがたいことに死んだ妃に似た感じに育ってきている。
浮気相手の侍女もどきの男は幽閉の上いつの間にか死んでいた。
それですこし肩の荷が降りたとおもったら、今度は王が倒れた。幸い重い病気ではなかったが、信頼篤い騎士公爵の娘の浮気がショックで病気の引き金になったのかもしれない。
政務はもっぱら王子である自分が行うことになった。ありがたいことに自分は一人っ子であり、有力な後継者になりそうな血縁もおらず、無事に政務軍事の事実上の権力はこちらに委譲された状態である。
父王の具合がよくないとなると、次期王妃の座が空白となる。元々社交が好きでない母は父の看病を名目に社交には顔を出さなくなった。そのため、王妃の座をねらう有名無名の貴族たちがこぞって娘を紹介しに訪れるようになった。そして火花の散らし合いのあげく、膠着状態に陥ったのだった。
誰を選んでもバランスが崩れる。こちらとて、血気盛んな若者であるから、それなりの欲望は持ち合わせており、手っとり早く処理する相手は欲しい。そんなときに手をつけたのが今の女。国一番の歌姫だった。
その女も結局権力に目がくらんで、最近なにかとうるさくなっていった。
もう女はこりごりだ、と思わせるほど一触即発の緊張状態であった。
そんなとき海の国とこちらでは称されるアルシェス王国の姫からの縁談が持ち込まれたのだった。
たぶん中立派のだれかがアルシェスに妥協案としての輿入れを要請したのかもしれない。
お相手の姫は末の姫でその当時十三歳。まだいささか幼いので、二年ほど国元で育てた後、そちらへの興し入れでいかが。と締めくくられてきた。
こちらの膠着状態を見透かしたかのよう渡りに船の他国の姫君の輿入れの申し入れである。
相手は小国とはいえ、水運ならびに貿易の相手国であり、食物の輸入先でもある。特に塩はほぼすべてをアルシェスに頼っているようなものである。決して粗略に扱われるべきでない国の姫だ。
またアルシェスは貿易で成り立っている国だけに政情不安には敏感である。戦が起これば荷物も滞る。隣の大国の内戦など死活問題になりかねない。荷物の遅延や損傷・盗難など国家レベルで貿易に力を入れているあの国では我が国の混乱は避けた買ったのだろう。隣国が女で政情不安定になるくらいならば、いっそ娘を嫁がせるか、と言う話になったのかもしれない。
そんな姫をもし宮中での権力争いなどに巻き込みでもしたら、すぐに塩の輸入はなくなってしまうかもしれない。
つまり、これは利害の一致による政略結婚以外の何者でもないのである。
大事にしつつ、子を成せ、というのがこの結婚の大命題ということだろう。
「十五の小娘か。」
二年も婚約期間があったにも関わらず、お互い肖像画の交換も成されなかったので顔も知らない。
知っているのは十五という年齢と、名前がアーシェラーナということだけである。
「ま、くればわかることだ。」
考えても始まらないことは考えない。
今は空っぽで妙に居心地のよい後宮を思う。
十日ほど前までは女優が居座っていてなにかと騒がしく、そのあとは家具の入れ替えだ、荷物の整理だと何かと騒がしかったが、今は不思議と静かでよく眠れる。
この安眠もその姫が来るまでのささやかな休息なんだろう。
できれば、あんまりバカじゃなくてそこそこの容姿であればいいな。
まだ見ぬアーシェラーナ姫への思いはそんなものであった。