エア笛運び
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
は~、やっとリコーダーのテストが終わった~。
期限を切られる試験て、どうにもいい気持ちがしないよねえ。まじめに備えるとしたら、準備や練習に時間をとられる。本来だったら、他のことに費やせたかもしれない人生の一部を削り取られるわけだ。
限りあるものを強制的に使わされるからには、結果が伴わないと悔しい。でも必要以上に費やしたけれど肩透かしに終わるのも、それはそれでシャクだ。
使ったリソース分に見合った満足を、こちらによこしてほしい。負けるのは論外だが、勝つにしても、準備しておいたものを「こんなこともあろうかと」とぶっぱなして、相手をびっくりさせたい。これを欲と片付けるか、向上心ととるかは人それぞれだろうけどね。
それらが解き放たれる終了や完了のとき、といったら、さっきみたいについ息を吐いてしまうほどだ。僕はリコーダーが苦手気味だから、なおさらね。
こーちゃんはリコーダー、というか笛全般て好き? 嫌い?
ちょっと前に友達から聞いた、笛関連の妙な話なんだけど耳に入れてみない?
笛って、太鼓に並んで歴史の古い楽器らしいんだよね。お祭りの楽器といって、まず思い浮かべるのはこの2つじゃないかなあ。
定義としては、管の中へ息を吹き込んで音を出す楽器、というところなんだけど、それだと口笛は妙な表現なのかなあ。本来は口歌とでもすればいいのだろうけど、やはり笛を使うとしたら口に当ててだろうから、特別なんだろうか。
――へ? 鼻で笛を吹ける人がいるのを知ってる?
いやいや、いるとしてもマイノリティ寄りじゃないの、それ?
仮にできたとしても、音楽の時間のテストでやってみなよ。うまくできたとしてもヒンシュク買うほうがでかいって。これからのクラス生活にも影響が出ちゃうって。大道芸みたいに一発こっきりの関係性ならともかくさあ。
出る杭は打たれるの。打ち貫かれるの。打ち砕かれちゃうの。
全部はね返すパワーか、スルーしきれる図太さがなかったら、やるべきじゃないと僕はこの短い人生で学んだの。まだまだ生きる予定だけど。
と、まあ、それは置いといて、笛の話だね。
さっき口笛の話をしたけれどさ、友達の知り合いに「エア笛」を吹く人がいるんだって。
そう、実物の笛なしで、あたかもそこに笛があるかのような指さばきでもって、口笛を吹く。リコーダーのような縦笛スタイルでもって、口から出す息のみで演奏をやり遂げるのだとか。
エア笛。話に聞いて想像する限りだと、笑いが浮かんできそうだけども、その技量は高い。
なにせ指の動きに合わせて音階、長短を完璧に調整する口笛とのこと。手前味噌で満足するくらいならともかく、見ている他者さえも納得させるレベルとなれば並じゃすまない。
実際、吹いているときの知り合いの顔は真剣そのものだという。なぜそうも特技と呼べそうな域まで力を入れているかというと、想定外の「いたずら」から身を守るため、と返されたよ。
「両親や祖父母いわく、ここのところ人工物が増えすぎているから、壊された自然に宿っているものが、新しい居場所を探しがちなんだってさ。
新しいところに宿り慣れて、溶け込んでいるものならいいけれど、慣れないやつはどこにでもいる。そいつらが出てくるときに、こうしてコントロールしてあげるんだ。へび使いみたいにさ」
どうも、笛を吹いて壺の中のヘビを踊らせる、あれのイメージらしかったと友達は話していたなあ。普段やっているのも、プラクティスの範疇だと。
遊びに見えても、人生削っているのは確か。いつ報われるとも限らないのに、お疲れなこと……と他人事な友達。
でも幸か不幸か。そのエア笛の力が本当に必要なときに出くわしたのだとか。
その日は二人で一緒に習っている、剣道の終わり際だったみたい。
道場の掃除を終えて、ようやく帰れるかなあといったとき、ふと道場の明かりが一気に消えた。
停電かな? と思っていると、今度は上座にいる自分たちと反対側。下座のほうからパリン、パリンと蛍光灯が割れていく。なにかがぶつかったりしたわけでもなく、ひとりでにだ。
「来た!」
知り合いがそうつぶやくや、暗がりの中でもはっきり分かる「エア笛」のポーズ。そこから流れ出るのは、聞いたことのない曲だったとか。
ただ指も息もいささかも休まることがない、叩きつけるかのような演奏。それはおよそ人に鑑賞させようとする気のない激しさだったとか。
学校の体育館近い広さのある道場、蛍光灯たちは二本一組で、合計数十組はあった。
それがすでに自分たちの目前あたりまで割れ、おそらく8割以上は破片と化している。そればかりか、下座はというと天井がきしむ音とともに、はっきりと亀裂が入り始めているのが暗い中でも分かったらしい。
その天井の剥げかた、傷みかたは、天井の内側から何者かがこちらへせり出そうとしているように思えたらしい。
次々に蛍光灯の後を追うようにして広がっていく傷からは、自分たち二人などおよびもしない図体をした何かしらが……。
汗水垂らした知り合いが、ふっとエア笛を解くと、生き残っていた蛍光灯の明かりがひとりでに灯った。
今や9割ほどの蛍光灯が割れ、天井は半分ほど裂けて、壁紙などがちぎれてダラリと垂れ下がっている有様だったとか。
管理者にこの惨状のことのみ報告しての帰り道に、知り合いも「ようやく成果が出せた」とどこか満足気だったとか。
それでも練習は続けると話していたみたい。またどこかで必要になるかもだから、と。




