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8 衝突

 三角屋根をした2階建ての立派な一軒家。隣の家とはしっかりと間が空いており、高級住宅地に立つのに相応しい門構えをしている。

 辺りに漂うどこか物悲しい閑静な空気の中に、少し肌を焼く辛みがあった。

 今北課長が突入前に、作戦内容の確認を始めた。

「私と納戸くんが正面玄関から、忠正と課蜂が2階の窓から同時に突入する。対象を発見次第知らせること、処理よりも包囲を優先すること。以上質問は?」

「家具とか破壊してもいーです?」

「問題ないが故意に壊すな。税金で補填される」

「侵入の時に割る予定の窓ガラスだけで済ませるように努力します」

 納戸は2人がした質問以外に疑問は思い浮かばなかった。

 作戦が粛々と進む。少しして、無線機から準備万端の意志が聞こえてきた。

「3、2、1…行くぞ!」

 今北課長の合図ともに家へと走る。前を走る今北課長が玄関の直ぐとなりの窓ガラスを叩きわって室内へ入った。

 納戸はその動きに習うように、室内へ土足のまま踏み入る。

 やってはいけないことをやっている背徳感と、作戦のためだからとそれが許される優越感。砕けたガラスを踏みつける嫌な気分。

「行くぞ」

 機敏に動き出す今北課長に慌ててついていく。

 こんな小さな心の機微に配慮する時間はないと、納戸は自分の感情をきつく締め上げる。

 全ては作戦のために、ドレッサーを処理するために必要なことだ。

 1階を捜索中に上の方、2階から大きな声が聞こえた。

「ドレッサー発見! ドレッサー発見! 2階大部屋1番!」

 それは課蜂の声だった。そしてドタバタと動き回る激しい音と金属同士がぶつかるような硬質な音が聞こえてくる。

 交戦している。

 階段を3つ飛ばしでかけ上り、開かれたドアの中に飛び込む。

 青い瞳の黒い魔女。

 納戸の中で、歩道橋ですれ違ったあの寂しげな人物とモニター上に残されたヘルワ・エルシュテルベントという名前が完全に一致する。

 見た目は完全に人。特徴的な三角帽子がなければ、日本のファッションに感化された外国人にしか見えない。

 腕で硬質な音を立てて、忘却物装備の剣を受け止めていなければ人間だと錯覚する。

 その状況を理解すると違和感を覚えた。攻撃しているのは忠正だけで、普段の連携して常に攻撃し続ける戦いかたをしていなかった。

 課蜂は部屋の窓際に陣取っていて動いていない。その場所へ攻撃後に忠正が撤退すると入れ違いになるように課蜂がヘルワへ攻撃を仕掛けた。

 スイッチ式の戦闘。

 窓際を陣取る課蜂と忠正。部屋の出入口を押さえた今北課長と自分。

 ツーマンセルの逃がさないことに重きをおいた戦闘方法を目の前にして、納戸は隣の今北課長へ目を向けた。

「行け。回避は撤退だ」

 命令に従って前へ出る。無駄を省いた最速の刺突をヘルワの背中へ突きだす。

 まるで見えているかのような、ノールックの裏拳に剣先が逸らされる。

 剣のコントロールを失ったその瞬間に、裏拳の回転を利用した回し蹴りが見えた。

 その刹那、振り返ったヘルワと目があった。

 動けなかった。

 狭まった視界の中で、今北課長が剣を盾にして間に入るのを視認した瞬間。

 その背中と一緒に吹き飛ばされる。

 背中に鈍い痛みを感じつつ、すぐに立ち上がる。

「すみません!」

「いい! 課蜂の方へ行け!」

 一瞬の攻防の隙に、今まで今北課長と守っていたはずの出入口に忠正が陣取っていた。

 徹底的に逃がさない立ち回りに驚愕しつつ、その忠正を突破しようとしているヘルワに攻撃を仕掛けた。

 今北課長との同時攻撃。ヘルワは予備動作無しに飛び上がり、まるで蜘蛛のように天井に張り付く。そしてその瞬間に課蜂へと狙いを変えた。

 弾丸のように突撃するヘルワに対して、課蜂がカウンター狙いの一閃を振り抜いた。

 剣がへし折られる。

 今までとは比較にならない戦闘に驚愕する。

 1秒にも満たない時間の中で、完璧なカウンターを行えた課蜂と、そのカウンターの剣を白羽取りし、へし折ったヘルワに恐怖した。

 突撃の勢いのまま課蜂にぶつかると、そのまま床を転がりながら起き上がり、窓ガラスを破って家の外へ飛び出した。

「逃がすか!」

 忠正の叫び声と自分の脇をすり抜けた剣がヘルワに向かう。

 ヘルワは空中で振り返ってそれを叩き落とす。

 反射的に納戸は窓から家の外へ飛び出して、1階へ落ちていったヘルワを追いかけた。

 敷地内から外へと出さないように、その最短距離を潰すように陣取る。

 ノータイムで横へと走り出したヘルワに追走する。だが、忘却物と人間の身体能力の差が開いた。

 いくらスーツなどの忘却物装備で強化されていても、その装備は所詮、画一的な量産品でオリジナルの忘却物の劣化でしかない。

 忘却物そのものと性能を比べあうなど笑い話にすらならない。しかし、共感率(エンパシー)が100%を越えているのなら話は別だ。

 納戸のスーツとブーツ、剣が悲鳴のような甲高い鳴き声を叫ぶ。

 ヘルワが振り返った。その驚いた顔に迫り、剣を振るう。予想外の攻撃。届かない距離を詰めきり、完全に不意を突いた剣。

 ヘルワの首元に吸い込まれるように剣の軌道が走る。

 甲高い鳴き声が止んだ。突然生まれた静寂。ヘルワと納戸は目を合わせたまま、1歩も動けなかった。

 いつでも切れる。緊迫した2人だけの世界。

「どうして…どうして殺してしまったんだ」

 対話処理の可能性が完全に潰えてしまった。それどころか、それ以外の選択肢も全て台無しになってしまった。

 共に生きることも選べたはずなのに。

 ヘルワは答えなかった。ただ目を伏せて、それから手で剣を振り払った。

 不意の行動に間に合わず、ヘルワを取り逃がす。家屋を飛び越えて消えた方向を未練がましく見ていた。

「大丈夫かぁ! 納戸ぉ!」

 隣に走ってきた忠正に心配される。

「大丈夫です。すみません逃がしました」

「いや、良い! 良くないけど良い! 怪我は?」

「ありません」

「よし、追撃だ。追いかけるぞ」

 警察と連携してヘルワを追いかける。だが、逃げる忘却物を相手に追撃が成功した事例は数えられる程度だ。

 住宅地なら警察の2輪車が細かく追いかけられるが、大通りに出てビルを飛び越えられると話にならない。

 いくら人海戦術を行使したところで、自動車並みの速度で走り回れる人間がカメラに映らないことを利用して隠密されるとお手上げだ。

 忘却物は睡眠も食事も必要としない。ヘルワが該当するかは分からないが、呼吸すら必要ない場合もある。その場合は海の中に隠れることも出来る。

 カメラに映らない時点で捜索には人の目が必要になる。

 一般人からの通報を受けても、その現場にたどり着く前に逃げられれば終わりだ。

 2時間の追跡も虚しく、7課の全員が忘却物対策庁に帰還した。

 時刻は17時。基本的に終業だ。

「あー。分かっちゃいたけど、なんかくたびれ損だなぁ」

 忠正の重いため息を聞いた。

 剣などの装備を保管室に預けながら謝罪を口にする。

「すみません」

「いや怒ってねーって、そもそも納戸のせいじゃねーし」

 そうは言ってくれるものの、納戸自身は納得できなかった。

 話し合いたいと願ってしまったことが、原因だと理解していたからだ。

「にしても…共感率100%越えてるんだな」

「はい。基本的には手を抜いていました。すみません」

「いやいや当然だろ。装備ぶっ壊す気か。それは手抜きじゃねーよ」

 雑談しつつも心ここにあらず、納戸はどこか上の空で自分のデスクに着いた。

「具体的には何%なんだ?」

「146です」

「うわ今北課長より高いのかよ」

 大変そうだと他人事のように忠正が笑った。

 その話題の今北課長が、難しい顔をパソコンのモニターから上げた。

「皆、耳を貸してくれ」

 全員が襟をただして今北課長の話を傾聴する姿勢をとる。

「今回のドレッサーに対して待機任務を取ることになった。ついては対策庁内で寝泊まりしてくれ」

「いえーーい。オンコーール! やりがい搾取だ…」

 手当ては出るはずだと思ったが、割に合ってはいないことを思い出した。

 今北課長はそれから課蜂と忠正に荷物を持ってくるように指示した。

 課蜂がキビキビと課から出ていき、その後をダルそうな動きで忠正が着いていった。

 そこで今北課長に名前を呼ばれた。

「納戸くん。こっちへ来てくれ」

 言われるがまま今北課長のデスク前へ動く。

 雰囲気と自分の中に燻っている気持ちから、叱られることは明白だった。

「まずはお疲れ様。忘却物が逃げ出すことは初めての経験だっただろう」

「あ、はい。すみません」

「分かっているんだね。なら話は早い。感情移入してしまったのかな?」

 まずは認める。言い分けはしない。正しくないから。

「はい。どうしても話してみたくなりました。なぜ分かったのですか?」

「動きがぎこちなかった。それと部屋から逃がした時。あの甲高い音は100%を越えた音だ。それなのにドレッサーも君も無傷」

 事実から淡々と語る。その言葉には怒りなどは感じられず、それが逆に納戸は怖かった。

「納戸くんの正しい分かれという考え方を否定はしない。だけど気を付けて欲しい。その考えで誰かが死ぬかもしれないと言うことを。事実としてドレッサーは既に7名を手にかけている。内一人は課蜂の幼馴染みだ」

「すみません。ですが、話し合いは出来ないのでしょうか!」

「どうして、そこまで執着するのかな?」

 怖かった。詰められることは心苦しい。だが、黙って黙々と言われるがままにドレッサーを処理したとして、納得できるのか。

 出来るわけがない。

「あの子は…悲しそうでした」

 今北課長は少し考え込む様子を見せて、それから再び口を開いた。

「納戸くんは、今まで忘却物処理で忘れられたものたちを武力処理をしてきたが、それらとドレッサーのなにが違うのかな?」

 言葉に詰まった。

 なにも語れずにいると、今北課長が静かに考えを口にする。

「話せるか、それとも人の形をしているからか。多分どちらもかな? もし今まで処理してきた忘却物たちが、痛い、辛い、辞めてと話していたなら納戸くんはどう思う? ドレッサーは別に考えることは許されないんだ。特に7件殺人事件を起こしているからね」

 これまでの積み重ねが、仕方ないと諦めてしまった行動が、納戸を苦しめる。

 自らの行い。そして忘却物たちと人間の現実。

「私たちは忘却物から人を守るために居るんだ」

 人。私たちは人であり、忘れてしまう人なんだ。その事実に頷くしかない。

「…はい」

 だが、本当にそれだけしかないのか。それだけが忘却物と人の関係性なのか。

「迷っていても良い。答えを出せなくても良い。だけど少なくとも今は、ドレッサーを処理することだけ考えて欲しい。これ以上の被害者が出る前に。出ないように」

「わかりました」

 次に出会った時、必ず剣でその首を落とすしかない。

 落とすしかないんだ。

 言い聞かせるようにその現実を受け止めた。


これから朝6時に1話づつ更新していきます。

よろしくお願いします。

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