7 向き合い、歩く
人付き合いを考え直すレベルの邪悪。ミルクティーとはそういった存在だった。
いや、そんなわけない。
作られる瞬間があまりにも衝撃的過ぎて、思わずそれを飲用する人間の人格を疑ってしまったが。
「そんなわけないか」
舌の上で、ほんのりと感じるハチミツの甘さに、ほっと一息溢す。
しっかりと名前がついた一般的な飲み物とされている。それをおかしいと言う方がおかしいはずだ。
冷静になったついでに周りを見る。
今北課長は難しい顔でパソコンに向き合っていて、カタカタとキーボードを弾いては、メモ帳にペンを走らせていた。
課蜂は自前で持ってきた高級品クッキーをゆっくり食べながら本を読んでいた。無表情だが、どこか険しい気配を放っていた。
忠正はミルクティーを飲み干し、アイスを食べていた。
やりたいことを好き勝手にやっている。
これは万全な状態で出動するための休息。分かってはいるが、如何せん手持ち無沙汰で、ダメなことをしている気分になる。
納戸はその罪悪感から逃れるように、ヘルワ・エルシュテルベントについて検索する。
毒を扱う架空のオリジナルキャラクター。少量だが、一時期はグッズを販売していた。
調べていく内に少しだけ欲しくなってきた。
なにせ可愛い。
ゴスロリ調の魔女だが、ゴスロリをメインにして魔女をしているのではなく、由緒正しい正統派の魔女を下地にリボンで装飾しているように見える。
例えるならリボンで梱包した甘さ控えめのブラックチョコレート。格好良さと甘さがほどよく調和している。
ひどく魅力的に見えた。なぜ、忘れ去られてしまったのだろうか。原因はなんだろうか。
感情移入してしまった人間が、判明しているだけでもすでに7名。愛してしまったから殺されたというのは、あまりにもやるせない。
能力については調べなかった。既に7課内で共有事項になっていたからだ。
それに加えて、前提として殺人事件を起こしている以上、対話処理は選択肢から除外されている。作戦は武力処理を念頭に進む。
だからこそ、それ以上に調べることは意味がない。調べたところで、表面的な可愛らしさや、顧客志向しか浮き上がらない。
だがそんな役に立たないものでも、求められた過去であり、存在する忘れられた現在を構成するものだ。
それを蔑ろには出来ない。覚えたところでなんの役にもたたないかも知れない。殺されてしまった7名のように簡単に忘れてしまうかもしれない。
それでも、覚えておきたいと思うことは罪だろうか?
悶々とした気持ちが、公的な通信を告げる音に押し流される。ティータイム中の課内が、電気が走ったように静まった。
今北課長が電話応対を始め、全員の視線がそこへ集まる。
人差し指が忘却物装備へ動いた。
出動だ。なにを処理しにいくのか、考える必要もない程に明確。
つい考えてしまう。どこまでも、泥沼のように。
「これから、ドレッサーの処理任務に向かう」
今北課長の責任感のある強い声が心まで届いた。
◇
誰も住んでいないはずの一軒家に人の気配がする。そんな通報が警察に届いた。
その見た目がドレッサーに酷似していることを知り、警察はその地域を緩く包囲した。
人員輸送車と呼ばれる警察の大型車両に7課全員と、共に突撃してくれる2名の警官、そして作戦を取り仕切る警察の現場指揮官が集った。
「警部の荒川です」
「忘却物処理7課、課長の今北です」
お互いのトップ同士が握手をしてから、さっそく作戦についての説明が始まった。
「忘却物処理に対して、この2人の警官は基本的に戦闘に関わらず、7課の邪魔をいたしません。しかしなにかあれば命令してください」
「ありがとうございます。では、ドレッサーが逃走した場合は追跡は可能ですか?」
「はい。そのための人員は各所に配置しております。こちらが配置図です」
今北課長はそれをじっと眺め、それから一部を指差した。
「もし逃走するのならこのルートを通る可能性がもっとも高いと考えます。ここの人員を少し移動させていただけますか?」
警部は今北課長がそう考えた理由を尋ねることなく、頷きそのように配置すると了承した。
お互いの考え方や理論を聞かずに、作戦を最適だと思う形に修正していく様子を納戸は黙ってみていた。
「以上です。最後にドレッサーの推測される能力については、ご存知でしょうか?」
能力は手のひらで接触した相手に毒を与える。その与えられる毒の種類に制限はない。
毒が効かない、もしくは毒を与えることが出来ない相手には肉弾戦、主に足技で文字通りに蹴散らす。
設定を見ていくと、接触攻撃しか手段はない。
「ご存知かも知れませんが、それ以外にも力を持っているかも知れませんので、不審な動きを見たなら即座に待避してください」
「厳命しておきます」
つつがなく作戦会議は終わった。5分と少し。それだけで作戦の輪郭がより強固になったのを感じた。
納戸は警察車両から降りると、詰まっていた息を吐いた。緊張していることを自覚して、口元に手を当てて顔半分を隠す。
不意に今北課長に声をかけられる。
「納戸くん」
「は、はい!」
「ほどよくでいい。最悪走って逃げられる程度に。な?」
「あ、ありがとうございます」
今北課長が満足げに背を向ける。その背中を見ながら、感謝とは別のことを考えてしまう。
許されるのか? ここまで大きな作戦で逃走なんて。相手は、7件の殺人事件を起こした忘却物なんだぞ?
許されるわけないよなぁ…。
そういった弱音と事実を並べ、理解することで納戸の心の向きは変わった。
そうだな。許されない。これ以上被害者が出ないように必ず処理しなくてはいけないんだ。
1度、目をゆっくり閉じて、息を深く吸う。心に言い聞かせるように。
ドレッサーを処理する。
本当にそれが正しい別れなのか分からないまま。今北課長と課の皆の後ろを追って、事実と現実に向かって歩きだした。
初動の区切りです。ここから中盤に向かっていきます。




