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6 ティータイム

 しばらくして、課蜂のティータイムが終わった。やたら高そうなソーサーつきのティーカップを丸洗いし、柔らかそうな布で水気を拭き取る。

「ふぅ…さて、私だけ休んでいて悪いね」

「おー気にするなよ。八つ当たりされないだけマシだ」

 忠正は気にも止めていない様子で、ケラケラと軽薄に笑った。

 しかし納戸は逆に気になっていた。公正で真面目。そんな印象が覆るほどのストレスとはなんだったのか。

「その…聞いても良い話ですか? それ」

 失礼かな。ストレスを思い出させるかな。そう思ってはいたが、しかし好奇心には勝てなかった。

 答えたのは忠正だった。

「はは。どうせ6課の課長だろ? ことあるごとにラブコールされてるんだよ」

「忠正の言う通り。思い出したくもないから、詳しくは話さないけど、ストレス」

「美人で仕事が出来る。そして忘却物の声を聞ける希少な才能も持っている。優秀な子供が欲しい上級貴族からしたら魅力的な物件だよなぁ」

 課蜂から濁って淀んだ怒りが溢れ始めた。

「話の通じない病人。仕事は出来るが会話はできない。幼稚園児以下の思考。相手の感情を推し量れず、自分の頭の中身が全てだと物語る態度。何もかもに虫酸が走る。気持ちが悪い。なぜあそこまでアホになれる?」

 それからぶつぶつと言葉を続けたのち、アッサリとしたタメ息を吐いた。

「はぁ…まぁ気持ちを切り替えよう。そのためにティータイムをとったんだから」

「あ、すみませんでした」

「気にしなくて良い。ただ、次から私のストレスに突っ込まないでね」

 頷く他ない。納戸は強く首肯した。

 すると忠正がどこか楽しそうにその課長について補足する。

「すげーよな。その6課の課長、今北課長の同僚だったらしい。顔はイケメンだけどほぼ同い年。俺らの課長って年齢の割になーんか老けてるけど、6課の課長よりは断然いいよな。黙って仕事を進める職人気質ってやつ」

「老けてるというより、疲れている感じだけどね。じっくり休養をとって欲しいですね。なんだか可愛そうです」

「人のティータイムは認めるけど、本人にはティータイム存在しないからなぁ」

 しみじみと周りから労りの言葉が出てくることから、納戸は今北課長を信頼できる人間だと再認識できた。

「あーあ。もう10分ぐらいたったか? 休憩もっといる?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。じゃ課蜂も手伝ってくれ。話は聞いてたろ?」

 休憩の雰囲気が少しだけ引き締まる。しかし厳格な気配はない。ほどよい緊張。

 具体的には、いざというときに走って逃げられる程度。

 今北課長のスタンスを、納戸は身に染みて理解できた。

「よし、始めるか」

 テキパキとリスト上のクリエイターを三等分し、それぞれで確認作業を始める。

 活動が確認出来た人と出来なかった人を更に分けていく。

 候補を絞っていく作業だからこそ、進捗が進めば進むほど、かかる時間も減った。

 未確認は4名。その全てがフリーの自営業。

「確認の方法がないよなぁ…。ここから先は警察の力を借りるしかないか?」

「今北課長に連絡してみますか?」

「納戸くん。待って、ここまで絞れているのなら、その作品まで特定した方がいいよ。必要なのはクリエイター本人の生存確認ではないから」

 その冷静な指摘に、目的と手段が限りなく近くなっていることを理解した。

 求めているのはドレッサー。その製作者ではない。

 そうして冷静さが戻ってくると、そもそも仮定の上に成り立つ仮定に信頼性はあるのかと納戸な疑問を持った。

「こんな不鮮明な情報は役に立つのでしょうか」

「役に立つだろ。正しい、正しくないとかじゃなくてよ。俺らはこういう可能性がありますよって選択肢を出してるだけ。ないよりはあった方がいい。多分」

「必要かどうかは警察側が判断することです。なので私たちは完成された仮定を提出しましょう。中途半端な仮定で労力をかけることは出来ませんよ」

 反論の余地も意味も見つからない納得のいく完璧な答え。

 納戸は真剣にクリエイターの作品と向き合った。

 毒。ただそれだけの情報でリストアップしていくと、納戸の見ていたクリエイターには該当するものがなにもなかった。

「このクリエイターには毒に関係するものはなにもありませんでした」

「俺のとこもスカ。課蜂の方は?」

「3件もヒットしましたよ。このクリエイターの癖なのかもしれません」

 忠正がそれを見るために席を立つ。つれられて納戸も課蜂のパソコンを覗きに行った。

 3つの画像。並んだキャラクター。その1人、月のように青い瞳をした黒い魔女。

 ヘルワ・エルシュテルベント。

「あっ」

「どした?」

「みたことあります。この子」

 まるで警察の事情聴取のような、剣呑な空気を含んだ質問が納戸に集まる。

 納戸は自分が忘却者ではないことをまず明らかにして、それから昨日の出来事を話した。

 忠正が唸り、ひきつった顔をした。

「そこ…殺人事件起こってないだろ」

 課蜂が迅速に警察にいる今北課長へ連絡する。これまでの仮説と目撃詳言をまとめて伝えた。

 事件発生の兆候あり。

 焦るような報告が終わる。

「俺らに出来ることって待つことだけだよな?」

「その一帯に知人が住んでいるなら連絡した方がいい。特に独り暮らし」

「いや~。居ないな」

「私は連絡する」

 課蜂は壁際へと移動して、電話を繰り返した。

 その数時間後、7件目の殺人事件が発覚する。


 ◇


 翌日、課蜂は午前休をとった。

「いや、まぁ、マジかよって感じだ」

 朝の一言に、課長を含めた全員の気持ちが重なった。

 普段ゆるりとした気配に満ちている忘却物処理7課は、その気質と反する重さを発生させていた。

「なにがダルいって、俺らはなにもすることがないことだよなぁ」

「その意欲はとっておけ、使い時を待つんだ」

「爪研ぎタイムかぁ…ビミョーにストレスあるなぁ」

 完全待機。ドレッサーが発見され次第に即応するために。そしてその時に課蜂さんのご友人の仇をとるために。

 意味は理解できる。だが、納戸は心になにかが引っ掛かる。

「ドレッサーがヘルワ・エルシュテルベントだとは確定していないんですよね」

「まぁ見つかり次第、確定するだろ。ネットで警察が呼び掛けてるしな」

 警察がニュースでヘルワ・エルシュテルベントの捜索を呼び掛けている。嫌でも情報が集まるだろう。核心的な目撃情報さえ手に入るかもしれない。

「そうなったら、ドレッサーはどう呼称されますか?」

「そのままだろ。そうですよね。今北課長」

「案件名だからな。解決後もその名前で記録されるだろう」

 そこがピンポイントで引っ掛かった。

 なんだか、悲しい気がする。

 確かにヘルワ・エルシュテルベントは殺人事件を起こしている。だが、だからと言って、ヘルワ・エルシュテルベントという名前を蔑ろにしていい理由になるのだろうか。

 人ではない。ただの忘却物。忘れられたもの。厄介で迷惑な存在。だけど誰かに感情移入されて、愛されて目覚めたはずだ。

 それを蔑ろにしていいのか。

 どこか間違っているような気がした。

「お疲れ様です」

 課蜂が出社した。しかし時間はまだ早い。

「早くね?」

「早くドレッサーを処理したいので」

「幼馴染みだったんだろ?」

「だからこそ、お願いされました。待機ですよね? 今北課長」

 今北課長は一言、静かに告げる。

「あまり気負わないように」

 その静けさとは対極に、忠正が立ちあがる。

「暇ならティータイムしよう。下でお菓子買ってくるわ」

 誰の返事も聞かずに、一階の購買へと向かっていった。

 自由すぎないだろうか。

 そう思ったが、課蜂はカチャカチャと給湯器で湯を作り始め、課長は冷蔵庫からハチミツとミルクを持ち出した。

 余りにも自然な行動に、これは当たり前な出来事なのだと納戸は理解せざるを得なかった。

 きっと同じような状況で、同じように行動したのだろう。

 課蜂から紅茶とコーヒーの2択を聞かれ、紅茶を選択する。するとラミネート加工されたメニュー表を手渡された。

 可愛いポップ調の図解で風味や味について、効能まで丁寧な説明がなされていた。そしてそれを元に、どんな人にオススメかを教えてくれている。種類こそ少ないものの、随分な熱量があった。

「こ、これは?」

「どうしても設備と時間の問題で、数は少ないけど。気になったものはある?」

 少しだけ読み込んで、アッサムのストレートを指差すと、ハチミツを入れることをオススメされた。

 それから課蜂は熱湯で2つの茶葉を煮ていく。

「もしかして、私がこの前飲んだものですか?」

「そう。美味しかった?」

「はい。とても。もう一つのポットにはなにが入っているんですか?」

「ダージリンのセカンドフラッシュ。ストレートで飲む予定。今北課長もこれ」

「忠正さんのは?」

「納戸くんと同じアッサム。だけどミルクティー。甘党なのよ。彼。前に自分で入れさせたら、砂糖をドボドボ入れてね。殺したくなった」

 あの可愛いメニュー表はこの人が書いたという確信を見た。

 絶対に紅茶で失敗はしたくない。

 話している内にタイマーが鳴り、カップに匂いつきの質量が注がれていく。まずは今北課長。それから課蜂自身の。

「納戸くんは渋みよりは、甘い方がいい?」

「はい。ですが、甘ったるいのは少し…」

「最初に飲んだものと同じでいいの?」

 首肯すると、ハチミツを少量混ぜてくれる。

 違うものに挑みたい気持ちもあるが、それはまた今度にしようかと思った。

 そして心のどこかが、多分挑むことはないのだろうと、鼻に突き刺さる匂いに魅了されていた。

 自販機ではもう満たされることはないだろうなと、飲む前から明らかだった。深い琥珀色。

 ミルクが注がれる。冒涜かと思った。

「うお」

「砂糖控えめ、代わりにハチミツで代用。そうでもしないと忠正が死ぬ。というより、私が我慢ならない」

「こ、こんなことが…」

 ミルクティーという存在に恐れおののいた。今までなんの感情も向けてこなかったそれに、恐怖心を覚えてしまった。

 これに砂糖を大量投入した人物がいたらしい。

「ただま! クッキー買ってきた。あとアイスとグミ。いる?」

 ない。そう思った。

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