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5 自由であれよと

 ドレッサーによる殺人事件が6件目を記録した。

 その結果、警察内で対策室が設置され、今北課長は忘却物処理7課としてそこに出席している。

 7課は通常業務を完全停止。警察と連携してドレッサーを処理することを命令されている。

「処理の電話が来ないってのも、なんだか気味が悪いな」

「課長もこっちとあっちを行ったり来たりで忙しそうですし、早く事件が解決できるといいんですが…」

「現状なーーんも手がかりなし。なんだよ毒だけって、他になんかないのかよ」

 被害者遺族からの事情聴衆も上手くいっていない。

 なにせ忘却物だ。被害者本人が忘れてしまったことを、その遺族などが覚えていられるだろうか。

 それに加えて、忘却地帯を持っていないことから今回の忘却物は特定の場所で愛されたものではないことがわかる。

 インターネット上にあるもの、あるいは本などの購入し、手に取ることが出来るもの。

 現代でどれだけの物が当てはまるか検討もつかない。

 その上、これまで事件からドレッサーは明確に知恵を持っていると判断できる。被害者は全て独り暮らしであり、そして明確にドレッサーに直通する人間を襲っていない。

 イラストレーター。作者。その手のクリエイター。

 納戸は他の先輩方に意見を含めて確認をとった。

「創作者を襲っていないのは不自然ですね。こんなことはこれまでにありましたか?」

「ないよ。ないない。量産品じゃないなら、それを作った奴が最も感情移入した人間になりやすい。少なくとも6件もスルーされてる時点でおかしいんだ」

「そうですよね。感情の込められていない冷血なクリエイターだったら分かりますが…」

「そんな奴が人に愛される作品を作り出せるとは思わないけどな」

 納戸は再び頭を悩ませる。手当たり次第にデータを漁っても意味がない。

 クリエイターが作っていない? いや、そんなことはあり得ない。場所を問わずに愛される物の時点で、ドレッサーは量産品ではない。この前提には間違いがないはずだ。

 ならなぜその創作者が襲われていないのか。既に襲われている?

 いや、まて。逆なのか。逆じゃないのか?

「創作者が死んだから、覚えてくれる人がいなくなった?」

 冷血なクリエイターではなく、むしろ逆、とても情熱があって愛していたからこそ、その人が死ぬまでドレッサーは忘却物にならなかった。

 最初の事件発生から2日以内に亡くなったクリエイターを探せばドレッサーの正体に近づけるのではないか。

 納戸は自分の考えを周りの人に伝えてみた。

「なるほどなぁ。確かに、熱血ってのは理解できる。ドレッサーの発生理由も綺麗に当てはまる。俺は正しいと感じた」

「私も忠正と同じ意見ですね。ですが、ドレッサーを探す手段については、少々難しいと思いますよ。誰もがクリエイターになれる世の中ですから。訃報も簡単に流されてしまうでしょう。個人でやっているのなら取り上げられないこともあり得ます」

 確かにと納戸は納得する。インターネットの海には果てがない。クリエイターといえども大勢いるだろう。それらを一人一人探して、一つ一つ作品を探るのは至難だと思える。

 意気消沈。ドレッサーの捜索は初めからやり直しになった。

「いやいや決めつけるのは早いって」

 忠正は自分のパソコンを指差した。

「ここにある被害者たちのデータと照らしあわせて、その作家から絞れば見つけられるんじゃないか?」

「忘れられた物がデータに残っていないから、共通点であるドレッサーを見つけられないじゃないの? 飽きたら消すみたいに。それに、3件目からはパソコン壊されてるじゃない? データが足りないよ」

「いやいや。確かにデータが足りないことは認めるが、むしろ逆に良いまであるんじゃね? たとえ1つの作品を消したところで、その作家の作品の全部を忘れることはあり得ねーだろ?」

 納戸は忠正が言いたいことを端的に口にする。

「絵柄が好みということですか?」

「そゆこと」

 課蜂がこれまでの話の総括をする。

「つまり、乱雑に見えるデータを作者という分類で分けて、それから最初の事件の前日に亡くなった人で更に分けるということ?」

「みえてきたんじゃねーの? 事件解決の糸口!」

 自信満々のどや顔を忠正が浮かべるが、課蜂それを無視して納戸を労った。

「納戸くんありがとう。作家から探すというのは良いアイディアね」

「いえ、その…忠正さんや課蜂さんと話せたお陰で形になっただけです」

「納戸~! 昼飯奢ってやる! ついてこい!」

 13時までに帰ってきなさいよと、課蜂からまるで母親のような注意を受けて忘却物対策庁を出る。

 トンカツをメインに押し出しているチェーン店に連れられ、納戸は忠正から最も高い定食を進められた。

「お、おいしい」

 バリッと硬い衣の中にある確かな厚み。一口で満足感を満たす肉汁が涎さえ溶かしてしまうほどにコクがあり、味わい深い。

 肉の味だけでここまで旨いのかと、納戸は感動した。

「俺の奢りだ。味わってくれ」

「ごちそうになります」

 白米のお代わりも許して貰い。納戸は腹の底から満たされるものを感じた。

 動きたくない思いを共有し、2人はしばらくの食休みを挟む。

「なんつーか。頭が良いというか、頭が柔らかいな」

「柔らかい?」

「俺は思い付きもしなかったよ。作品じゃなくてクリエイターから探そうって考え方」

「そうですか? 皆さんならそのうち考え付くと思いますけど」

「あー。課蜂だったら考え付くかもしれないけど、もう少し時間がかかってた。今北課長は今、警察とデートしててそれどころじゃないし。俺は論外だ。ひたすらにデータみてただけだと思うなぁ。間違いなく納戸の手柄だ」

 ただ思い付きを話しただけ。それが評価されるとなんだがむず痒い気持ちになる。

「まだなんの成果も出てませんから、手柄にするには早すぎます」

「確かにそりゃそーだ。よし、成果を上げに帰るぞ」

 話の流れのまま忘却物処理課に戻った。5分遅刻して。

「すまん遅れた」

「すみません」

 申し訳なさそうに頭を下げる。そして堂々と悪びれない忠正に課蜂の目が向いた。

 怒られるぞ。

 そう身構えていると、意外なことに課蜂は柔らかい雰囲気をまとっていた。無表情であることは変わらないが、どこかリラックスしていた。

「よく帰ってきたね。ほら、紅茶だよ」

「お、ありがとな~」

「納戸くんの分もあるよ。熱いから気を付けてね」

「あ、ありがとうございます」

 嵐の前の静けさに納戸は内心怯えつつ、渡された紅茶をゆっくり飲む。

 甘かった。ただそれは砂糖の甘さではなく、全く別の甘さ。

「ハチミツですか?」

「わかる? 私の好物なんだ」

 課蜂は紅茶をゆっくり飲むと、デスクの上のクッキーを口に含んだ。

 本物のティータイム。そう思えるほど動作は緩やかで、品があった。

 基本的には無表情。忘却物には優しいが、人に厳しい。罵倒の語彙には癖があって、たまに口が悪い。

「ヨーロッパの貴族ですか?」

「友人からも良く言われるよ。僕ってそんなに日本人らしくないかな…」

 一人称の変化に、納戸は言い様のない感情を覚えた。心の奥底から沸き立つような、喜びに近いがまるで違う。そんな感情を。

 私生活を覗いてしまった。そんな背徳感を覚えた。

「ん? どうしたの? クッキー欲しいの? 悪いけどあげないよ」

「あ、いえ大丈夫です…」

 無表情は変わっていない。だが目は細めており、どこか笑っているような気配を漂わせている。硬いスーツの内側を見せつけられている。

 頼れる美人先輩の緩い姿が、無警戒な柔さを見せつけられている。

 脳みそにヒビが入るような感覚だった。

 そこから忠正の声に救いだされる。

「今の課蜂に仕事の話をするなよ。完全にストレスが振り切れた結果だからな」

 パソコンのキーボードを指で弾きながらの忠告を聞き返す。

「ストレスですか?」

「そ。ティータイム始めたら落ち着くまで放置。絶対に刺激するな」

「本人の前で言って良いんですか?」

「聞こえないフリしてるからいい。ほら、納戸。席に着きな」

 納戸はティータイムを過ごす課蜂から意識を外す。

 それからパソコンとにらめっこを始めて1時間。2名のデータから共通するクリエイターをリスト化する作業がようやく終わる。

「手分けしてこれかぁ。マジで疲れた」

「あともう一息ですよ。後はそれぞれ調べていくだけです」

「あー休憩休憩。最後でミスするとかめんどくさい」

 公務員ではあるが、厳密な休憩時間などないことを納戸は既に理解していた。

 休めるときに休む。切りの良いところで休む。休める内に休む。

「そうですね」

 警察も似たようなものなんだろうか。

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