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4 なにもの

 ワンボックスカーを運転して人が亡くなった現場にたどり着く。

 死体は既に検死に持っていかれており、現場を直視する精神的な負担は少ない。

「毎度思うんですけど、わざわざ拾得物装備つける意味あります? 戦うわけでもないのに」

 規則だからとしか言いようがない。

「つけても着けなくても変わらないなら、その規則を変化させる労力は無駄だろう? 諦めてくれ」

「俺らの労力は無料かよ」

 忠正のぼやきを耳にいれつつ、今北は警部補の哲範(てつの)と情報のすり合わせを行う。

 杉並区のマンションの一室で不審死した男性がいた。死因は毒物。しかも流通しないような劇薬。とても個人で手に入れられるものではない。

 感情残滓(リグレット)を検査したところ。忘却物の手による殺人だと発覚。

 共同検査となり、現場に呼び出された。

「分かっていると思いますが、現場を荒らさないでくださいね」

「理解しています。そちらに捜査はお任せしますよ」

 経緯は事前情報通り、新しい情報も特にない。

 ここで知れる情報はもうないだろう。

「見てるだけってものなんだかなぁ…」

「仕方ないでしょう? 検査は警察に一任した方がいいですから」

「はぁ…共同検査なんて言ってるけど、警察が突き止めた忘却物を俺らが処理するだけなんだから、わざわざここに来る理由ないよな」

 建前上、協力を成立させるため、そして本来なら忘却物の推測を専門家の視点から考えるため、ということになっているが、そんなことはなにも忘却物処理課だけが出来ることではない。

 忘却物殺人が起こる度に警察も引っ張り出されるのなら、忘却物の推測における経験値は同じものになる。

 結果、警察に捜査を一任し、忘却物処理は全て背負うほうが合理的だ。

 意見を求められない限り、忘却物処理課が何かを言うことはない。

「お前たち、車に戻っていていいぞ」

 ワンボックスカーで休憩しておけ。言外にそう伝え、今北だけは現場に残った。

「それで忘却物の推測は出来そうですか?」

「残念ながら確実な証拠はなにもありません。パソコンとスマホの中身を解析しているのですが、多趣味な様子で…」

 好きなものが多い。忘却物殺人が起こる世界で、ネット上の何かに熱中する。

「酔狂ですね」

「困ったことにね」

 サービスが終了したものから順次調べ上げているが、毒に関係があるものは何も掴めていないようだ。

 そのデータを共有させて貰ってから、今北は部下と共に忘却物対策庁に戻った。

「納戸。今回の案件の報告書を書き上げてくれるか?」

「報告書…ですか?」

「テンプレートに乗っ取って、埋められるところだけ埋めてくれればいい。後々楽になる。分からないことは課蜂に聞いてくれ」

 気が早いが、しかし教育には良い。時間をかけて慣れて貰おう。

「忠正は今回の忘却物の推測をしてくれ、データは送った」

「わかりましたー」

 書類仕事ではないと忠正はパソコンに向かった。

「課蜂は未解決忘却物処理との類時点を探してくれ」

 するとさっそく過去のデータへのアクセス権を要求されたので承認する。

「以上。おのおのに任せる」

 今北は仕事を割り振ってから、再び部長の元へと向かった。


 ◇


 部長に呼び出される理由。

「納戸海鈴のことですね」

「ああ。納戸くんは訳アリと言えば分かるかな?」

 忘却物対策庁は、国家のもとにある公務員だ。不正とは縁遠くあるべき場所だ。

「ならなぜ処理課へ?」

「上の決定でね。彼は、現場で動かしてみるそうだ」

 なんの意図があるのだろうか。偉い人物のご子息というのなら、初めから後方へ回してゆっくり階級を上げていけば良い。

「理解しました」

「あぁ、君ならそう言ってくれると思っていたよ。くれぐれも大きな怪我を負わせないように。期待の新人だからね」

「微力を尽くします」

「それでこそ。付喪神狩りだ」

 心臓に近い場所。そこにある血管を撫でられたような不快感。

 顔に出さないように平然と対応する。

「昔の話です」

「だとしても、君は異例のスピード出世に関わりがあるだろう」

 30代の前半で課長。国家公務員としては異例だ。それを話にあげる理由。

「今回の件、任せたよ」

 昇進を暗に示唆している。国家公務員としての正義感は顔をしかめる。しかし労働者という犬である事実はそれを表に出すことを許さない。

「忘却物処理7課。承知しました」

 部長は満足げに頷くと夜の話を始める。

 今北はそこだけはしっかりと拒否を置いて、部長の部屋から出た。

 疲れるな…。

「また汚職ですか?」

 同じ部署の他の課長が鼻につく声で後ろ指を指す。

 今北は嫌な顔を隠して向き直る。

涼宮(すずみや)課長。私はそのようなことはしておりませんが」

 目の前の男の優しい顔立ちが歪み、言葉から仮面が落ちる。

「部長の座は俺が貰う。もうあんたに従うのはゴメンだね」

「好きになさってください。応援していますよ」

「待て、逃げるのか」

「仕事へ向かうだけです」

 野心家を体現したような男。昔、手を焼かされたことを思い出す。

 才能があることは認める。しかし反りが合わない。

 周りの気配を探り、誰にも聞かれていないことを確認してからタメ息をこぼす。

「部長の座なんて…どうでもいいだろうに」

 偉くなったところで、より偉い人物にこき使われるだけだ。

 だが、出来ることもある。

 納戸海鈴(のとかいり)。彼は何者だ。


 ◇


 納戸は駅を出たあと、家に向かう途中でクシャミをした。

「噂でもされているのかな?」

 入社してから2週間。今日の仕事振りを振り返ってみて、褒められていると良いなと楽観的に考える。

 一般的な忘却物処理では戦闘に関われている。戦力として数にいれて貰える。書類仕事もテンプレートに沿って処理するコツを掴んできた。

 だからこそ、納戸海鈴は強く想う。

「早く犯人…ドレッサーを処理しないと」

 杉並区のマンションから始まった忘却物殺人は、ドレッサーという仮称を与えられている。

 それ以外には事件になんの進展もない。

 いったいなにを忘れているのか。被害者は5名に増えたというのに、それがわからない。

 悲しい話だ。忘却物となるほどに思い入れがあった物を忘れてしまうことも、その思い入れがあってしまったからこそ襲われることも、そしてなにより、襲ってしまうほど怒りを抱いてしまった忘却物そのものも。

 口さがない人は、恩を仇で返すな、自業自得という言葉でその悲しさを切り捨ててしまう。

 本当に悲しい話だと想う。

 感情移入したのなら、1度でも愛してしまったなら、せめて最後ぐらいは分かり会えないのだろうか。

 人じゃない道具だったとしても、感情移入されたのだから。心を持っているのだから。

 帰り道。人の波が徐々に消えていく。

 街灯がポツポツと照らす民家の群れ。装飾などほとんどない実用的な歩道橋を歩いていると、その向こう側から黒い人形がゆらりと現れる。

 黒い三角帽子、裏地は青色。ゴスロリとは言えないレベルだが、少しリボンなどの甘い装飾が目立つ真っ黒なワンピース。

 夜の中から現れた魔女のようだった。

 街灯が照らす影の中、深い帽子の奥底から青い目が納戸を睨み付ける。

 憎悪があった。そして無関心が目を逸らした。

 ただの他人、歩道橋の上ですれ違っただけ。

 あまりにも綺麗な姿に思わず振り返ると、その寂しげな黒は月の影に消えてしまった。

 思考の全てがその存在を探している。

 彼女は誰なのか。まるで月のように綺麗で、寂しげな彼女は。

「いったい…」

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