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3 処理

 ほどなくして、両手いっぱいに機材を持った部下たちがゾロゾロとやってきた。

「これより忘却物対話処理を開始します」

 青色のテープでバイクをグルグル巻きにしていく。

 課蜂はバイクに寄り添い、忠正は課蜂と処理をしている人員守れる位置にいた。その全員を視界に収めるように今北は納戸と共に少し離れて待機している。

「感情同調テープが処理するところをみるのは初めてです」

「あまりないからな。忘却物が自分から納得してくれることは」

「なんだか悲しいですね。忘れられたから感情が芽生えるなんて…」

「それが暴走して人を傷つけないように我々はいるんだ」

「そうですね…」

 テープでぐるぐる巻きにされたバイクが、最後にエンジンを鳴かせた。

「大丈夫ですよ。この子は怒っていません」

 一瞬走った警戒が瞬時に霧散する。仲間に対する全幅の信頼だ。

 今北は納戸を連れてバイクの元へと向かう。

「今北課長。処理をお願いします」

 今北はポケットからマッチを取り出して、テープの端に火をつけようとした。

 バシャリと液体がかかった。

 マッチの炎が消える。

 今北は驚き、振り返るとサッカーボールのように蹴り飛ばされた。

「は!? 誰だお前ェ!」

 黒フードは忠正の声に答えず、赤色の液体をバイクに投げかけた。

 最初に反応したのは課蜂だった。

「ど、どうしたの? 大丈夫? 苦しい?」

 バキバキと割れるようにバイクが変質した。元々大きめの車体は更に大型に膨れ上がり、タイヤは丸のこのように凶悪になる。側部からはチューブが伸びて、その先から炎を撒き散らした。

「うわぁぁぁ!」

 現場は瞬く間にパニックになった。対話処理の部下は荒事に向かない。全力で逃げ惑い。忠正だけがバイクの注意を引き付けていた。

「ちょっ。これ壊していいの? 対話処理失敗!?」

 攻撃していいのか判断に困っていた。

 今北は地面から起き上がり、状況を把握する。

「忠正、課蜂。武力処理を開始しろ。納戸は対話処理班の安全を確保しろ」

 いつの間にか消えた黒フードを今北は全力で追いかける。

 忘却地帯の出入り口は1つだけ。必ず捕らえる。その思いで忘却地帯を抜け出し、ガレージの外に飛び出す。

「待て!」

 バイクにのって男が去っていった。ナンバープレートは黒く塗りつぶされており、なに1つとして手掛かりを手にすることが出来なかった。

 今北の後に対話処理班が息を切らしてガレージから出てくる。

 納戸がいない。

「納戸はどうした?」

「現場に残りました」

「バカ野郎!」

 今北は全力で往復する。基本的に忘却物との戦闘はチームワークだ。個人で勝てるものじゃない。

 来たばかりの新人が戦い方を知っているわけがない。

 だが、どうだ? その前提は目の前の光景が否定する。

 炎を掻い潜り、丸のこを避け、確実に汎用拾得物装備の剣を突きつけていく。

 周りが見えすぎている。初めて戦う忠正と課蜂の動きに合わせ、尚且つ自分から役割を担っている。

 超攻撃的。

 行動する度に、たとえそれが回避であったとしても、当たり前のように剣で傷をつけていく。

 戦闘に合流する頃には、バイクは無残な姿に壊れ果てていた。

「これで、終わり!」

 納戸はバイクの突撃を回避しながら、ハンドルから前輪にかけて切り落とした。

 忘却地帯が歪んでいく。忘却物処理が終わった。

 それから忘却者の孫、津川にボロボロのバイクを見せるのは、心苦しいものがあった。

 本来なら、傷一つなく感情を弔ってやれたはずだった。

「あいつは何者だ」

 あの不審者が逃げ去った方向を見やる。夕暮れの陽射しが目に眩しい。

 帰ろう。


 ◇


 翌日。今北が不在の忘却物処理課で、忠正は昨日の出来事を口にする。

「結局昨日の不審者捕まってないんだろ?」

「そのことで課長は会議に出ているんですよ」

「どう考えても、俺らに回ってこないよな」

「私たちの管轄とは言いがたいですからね」

「被害受けたの俺らなのにな。ぶん殴りてー」

 忠正は相変わらずダラケており、課蜂は納戸に書類作成のやり方を覚えさせ、せっかくだからと始末書を書かせていた。

「課蜂酷いよな。納戸はあんなに大活躍したのに、始末書なんて書かせてよ」

「仕事がないからね。いつか書くことになるかも知れない」

「はい。命令違反したのは自分ですので、分かっています」

「でも課長は咎めるつもりはないって明言してたじゃん?」

「ですが、いつか役に立つ日があるかもしれないので」

 無表情の割りにお節介な課蜂と、感情的ではあるがしっかりものの納戸は意外と波長があっていた。

 だからこそ、今北課長がいないと忠正はあぶれ者のような扱いを受ける。

「ほら忠正。見倣ったら?」

「はっ。始末書なんて、いくら書いてきたと思ってる? 俺はプロだぜ」

「失敗のプロなんてやめてくれない?」

 呆れた様子を忠正は笑い返す。

「にしてもよ。あの赤色の液体なんなん?」

「さぁ。分かりませんよ。ただ、あれをかけられた忘却物は暴れることしか」

「マジでロクでもないよな。付喪神教かな?」

 課蜂は心底嫌そうな声音をだす。

「もしそうなら本当に自重してほしいですよ。邪魔。穏やかに眠ると決めた彼らを暴れさせるなんて、やっていいことではありません」

「付喪神教とはなんですか?」

 始末書から顔を上げて、納戸が疑問を口にする。

 知らないなんてことありえるのか? そんなことを思いながら忠正はザックリとそのカルトについて説明する。

「付喪神から着想を得て、忘却物を神として崇めてるイカれた奴らだよ。なにを考えてるのか知らないけど、忘却物を人が処理するのは傲慢だと騒いでる」

「人を傷つける時点で、人間として放置はできない。そんな単純な理屈すらない愚か者です。死ねばいいのに」

 強い言葉に納戸は面食らい、忠正は分かっているため動じなかった。

「ビビった? 課蜂は結構口悪いよ」

「嘘を吹き込まないで貰える?」

「事実だろ。あなたの頭の中身は餓死しかけのウニですか、って罵倒初めて聞いた時は困惑したぞ」

「あれは忠正が悪かったでしょう。私は悪くありません」

「えー? 善悪じゃなくて事実…口の悪さの話してるんだけど?」

 本気の舌打ちに聞き、忠正は勝利のガッツポーズをした。

「しゃあ!」

 置いてきぼりにされた納戸は、完成させた始末書を課蜂に見せる。

 それについて、指摘を繰り返すこと5回。

「終わったか? 良かったな」

「はい。ありがとうございます。それで、もう一度付喪神教について教えて貰えますか?」

 語ることなんて忠正にはもうない。課蜂に目を向けると、代わりに答えてくれた。

「彼らが起こした事件事故について聞きたいの?」

「いいえ。課蜂さんと忠正さんが付喪神教についてどう思っているのか聞きたいだけです」

 あ、まずい。忠正は心のなかで襟をただした。

「それはどうして?」

「課蜂さんは付喪神教について話すとき、険しい顔をしていたので。それと…私自身が付喪神教について良い思いを持っていないからです」

「…私は付喪神教には忘却物に対して敬意がないと思っているよ」

「敬意?」

 疑問に答える前に、社内電話が鳴った。

「はい。忘却物処理課の課蜂です」

 しばらく問答を繰り返し、電話を切る。

 雰囲気からして出動要請ではないようだ。

「どったの?」

「忘却物による殺人事件が発生したみたい」

 良くあることではないが、珍しいとも言えないことだ。なにをそこまで深刻になっているのか、忠正がそれを尋ねるより先に課蜂は答えた。

「その忘却物は、忘却地帯を持っていないみたい」

「うっわ。めんどくせぇ…」

 忘却物は写真などの映像には残らない。そのため完全犯罪が可能であり、もし隠れられたら処理は困難になる。

 だが、放置することは出来ない。

「課長は?」

「すまない遅れた!」

 ドアが開いてタイミング良く今北課長が現れた。


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