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24 殴れば早い

 気持ちをまとめた時には、忘却物対策庁に着いていた。

 入り口に今北課長がいたので、小走りで向かう。

「来たか。悪いが説明している時間はない。納戸くんの役割りは、煤払いが逃げ出さないように押さえることだ。理解できたか?」

「はい。ですが、人形などを使われたらどうしますか?」

「無視でいい。テロ対が処理してくれる。いいか、君は先遣隊だ。強襲突撃の後に続いて、煤払いを見つける。そして逃げないように押さえる。テロ対が施設を制圧するまでだ」

 施設のことなどなにも知らない。どこへ向かうかすら知らない。やるべきことも余りにも簡潔すぎる。だが、分かりやすかった。

「はい。わかりました」

 詳しい話はテロ対から軽く説明されるらしく、不安はなかった。

 ハキハキと返事をすると、今北課長は持っていた白いケースを手渡してきた。

「これはなんですか?」

「ヘルワ・エルシュテルベントの特殊忘却物装備だ」

「そ、早すぎませんか?」

「認証は後回しにして、戦力として役に立つことを優先させた。納戸くんが煤払いと戦闘したことを理由に、今回の作戦にねじ込めるようにね」

 なんと言えばいいのか。とにかく、手元にあるヘルワの心残りが嬉しくなった。

「あ、ありがとうございます」

「気にしなくていい。それと…殺してはいけないよ」

 頷き返すと、今北課長に連れられて忘却物対策庁の地下駐車場に足を踏み入れる。

 知らない人たちが、知らない武装をしていた。

 人間を相手にすることに長けた部門の、鋭い緊迫感で溢れていた。

 今北課長はどうどうとその中を歩き、テロ対2課の課長に話しかけた。

「新城課長。この子が納戸です」

「あぁ、待っていたよ。4人目の特殊忘却物装備保有者くん」

 ヒゲの似合うダンディな人だった。厳つい見た目に、対人用の装備がよく映える。

「よろしくお願いします」

「よろしく。さっそくで悪いけど、人と戦えるかい?」

「顔を殴ることに躊躇しません」

「おぉ!逸材だ! おい今北、この子をくれ!」

「無理だ。俺の意思ではな」

「なんだか…ふん。わかった。とにかく期待しよう」

 挨拶はすぱっと終わった。

 促されるまま今北課長と別れ、バスに偽装した装甲車に乗り込む。それから新城課長から地図と作戦の話を聞かされた。

 警察と合流し、包囲網を作る。それと平行して行われる警察の突撃に随伴する。

 警察は迅速に施設の制圧を行い、忘却物対策庁は忘却物、及び忘却物装備保有者が現れればそれの対処に当たる。

「納戸くんは煤払いをメインで対処して貰う。なにせ相手は特殊忘却物装備を所有しているようだから、君にしか頼めない」

「分かっています」

「押さえてくれさえすれば、後は数で押せる。まずは身の安全、手柄とか、恨みで先行してはいけない。理解したか?」

「はい」

「よろしい。後は現場で。臨機応変。なにかあれば通信機から連絡がある」

 質問は特にない。聞いてもわからないことばかりだからだ。

 情報で後手に回っている以上、無駄なロスは成功率を下げる。

 納戸は緊張を落ち着けるためにケースを撫でた。

 ごめんヘルワ。俺はアイツを殺せない。殺してやりたいけど、それは出来ない。人間だから、人間としてのルールで生きなくちゃならない。

 だけど、君の言っていた残酷な行いは止めて見せるよ。忘却物を無理に使って、好き勝手する男に罰を与えて見せるから。

 目を閉じて、それからゆっくりと息を吸う。

 納戸はヘルワと出会う前、無自覚に道具を使い潰してしまったことを悔いた。

 道具は大切にするべきことは分かっていたつもりだった。だから、出来る範囲でそれなりに大切にしてきた。

 今は、その考え方が甘いものだと断言できる。

 確かに道具は使うものかも知れないが、だからと言って人の都合で酷使していい物じゃない。

 息をゆっくり吐いた。そして目を開ける。

 付喪神教、煤払いが潜伏している場所は目前だった。

 ケースのロックを外す。

 装甲車の中にいるテロ対の人たちの視線を集める中、納戸は優しくヘルワの心残りを片手で支えた。

 狭い装甲車の中で、出来るだけ大仰に、目立つように、人の視線を帽子に集めるような仕草を取りながら頭に被った。

 帽子の唾に指をかけて、目線を正す。

 足先、そして指先から黒い布鎧が出現していく。やがて肩まで伸びたそれは、結ばれていないリボンを産み出して変化は終わった。

 感嘆のタメ息を耳にした。

 恥ずかしいとは思わなかった。

 ヘルワ・エルシュテルベント。彼女の存在を誇示する。

 装甲車が止まった。

 その瞬間に他の人員が雪崩を打つように飛び出し、納戸もそれに混じった。

 山中だった。

 少し大きめな屋敷があった。

 警察が即座にドアを溶接機で溶かして侵入する。電撃戦だった。

 片っ端からドアを蹴破り、室内をクリアリングする。

 忘却物対策庁で使われている汎用忘却物装備のスーツを着た人間が何人かいた。

 他の人が真っ先に飛び出して、相手取ったので、納戸は意識から完全に除外する。

 探すべきはただ一人。この状況、あの男ならどう行動するか。

 そう考えたとき、納戸の足は窓から外へと飛び出していた。

 絶対に逃げる。そう判断した。

 その判断は奇跡のように納戸へ微笑みかけた。

 通信機を起動して、発見したこと、そして交戦することを告げる。

「待て! 煤払い!」

 身体能力。忘却物装備の力を引き出すことにおいて、納戸の方が上だ。

 簡単に走る煤払いに追い付いて、背中へ拳を振るった。

 すんでのところで気付き回避されたが、走ることは止められた。

「また、貴方ですか。嫌ですね。公務員は仕事熱心で」

「お前を逮捕する」

「お断りします。まだ私にはやるべきことがあるので」

「やるべきことだと? 忘却物を苦しめることはもう許さない」

 煤払いはやれやれと首を振った。

「まるで分かっていませんね。我々付喪神教は完全なる忘却物を神として敬っています。苦しめているわけではありません。むしろより神らしく、自由に振る舞って頂こうとしているだけなのですよ」

「なら、あの赤い液体はなんだ? 無理やり忘却物の力を引き出して暴れさせるアレは」

「不出来な道具を有効活用しているだけです。神のなり損ない。人に処理された残骸。感情を抑制することばかりに長けた人の奴隷。神とは言えませんね」

「ダブルスタンダードだ」

「いいえ違います。忘却物は神なのですよ。人のルールに従った時点で神ではありません」

「違う。俺が言っているのは、神は自由だと言っていながら、その神が人に従うことを許さないことだ。神の自由を本当の意味で語るなら、人に寄り添った忘却物も神なんじゃないのか?」

「言葉遊びがお好きですね」

「事実だ。お前の言動と行動は一貫していない。お前は忘却物を神だと崇めて自由であれと言うが、その実、利用することしか考えていない」

 自分でも驚くほどスラスラと暴言が出てきた。

 納戸は頭の冷静な部分で自分を客観視する。

 怒りはどうしてもあった。ヘルワを殺した男を今すぐに殴りたいと吠えている。だが、その怒りが努めて冷静に相手を罵っていた。

 思わず笑ってしまう。自分の中にこんなにも性根のひねくれたものが潜んでいるとは思わなかった。悪くない。

 言葉に詰まる煤払いに追撃を放つ。

「お前は、実は何も考えていないんじゃないのか? 付喪神教という考えに依存して、頭を空っぽにしているだけ。忘却物への敬意がまるで感じられないな」

「そこまでヘルワ・エルシュテルベントが大切でしたか?」

 煤払いが薄ら笑いを浮かべた。不愉快な笑みだった。

 しかし怒りのボルテージは上がらなかった。ただ、哀れみが笑った。

「当然だろう。俺は、忘却物に、ヘルワに共感していた。お前はどうだ? 神として距離を置いて、行動が気にくわなかったら殺した」

 納戸は嘲るように笑った。

「人間であるお前が、神様をコントロールしようとしてるんだ笑うしかないな」

「私はヘルワを殺そうとはしていませんよ。貴方だ。貴方を殺そうとした。貴方が悪いのです。神を道具へと貶めようとした貴方が!」

「バカ言えよ」

 納戸の心は冷えていた。そして当たり前の事実を知っていた。

「忘却物は、道具だ」

「忘却物にも自由意思がある! 人よりも優れた力を持つ彼らこそが、人を従えるべき存在だ! 人の下らない争いを終わらせる神なのだよ!」

「違う! 忘却物は神じゃない。居場所を求めて彷徨う忘れられた道具だ。人はそんな彼らに居場所を与えて、その存在の責任を負うものだ。決して神かんかじゃない!」

 人が忘れてしまうから生まれてしまう存在。人の罪に近いそれは、人が抱えるべきものだ。決して、人の罪を背負うものじゃない。

 背負わせてはならない。

「彼女らは道具だ。そしてその責任は人が背負うべきだ。神などと言って、押し付けることはしてはいけない」

「貴方の言葉も矛盾している。道具だと断言しておいて、敬意を払うべきだと。意味が分かりませんね」

「は。矛盾なんてしてない。人間社会のルールとして道具として扱うだけで、心を持つ存在であることには変わりがない。ならその存在に敬意は払うべきだと言っているんだ」

「それが敬意ですか? あまりにも欺瞞でしょう、道具として扱って、忘却物たちに権利はありますか?」

 そんなものは今の社会に存在しない。

 昔から忘却物はただの災害だった。

「今の社会に忘却物に権利はない。全ての忘却物が人に友好的とは言えないからだ。だが、いつか遠い未来で、人と忘却物が寄り添える日常がくると信じてる」

 甘い理想論だが、そうなるように努力する。その意思を込めて目の前の煤払いに強く言い放つ。

「だからこそ、お前のような過激な人間に、子供でも分かる大切なことを教えてやる」

 いつか掴みとる未来のために。

「道具は大切にしろ」

 煤払いは沈黙した。そして腰の剣を引き抜いて、切りかかってきた。

 なんなく腕で受け止める。

「忘却物の意思に従うことが人の幸福だ。憎しみを越えた忘却物こそ、神に至る素質がある。ヘルワ・エルシュテルベントは神になり得た存在だった。貴方が唆したから! 貴方が死んでくれれば、私は命を捧げてヘルワ・エルシュテルベントを神へと昇華させることが出来た!」

「それは神じゃない! ただの孤独だ! 愛してくれた人も、求められた過去も、全てをなくした居場所のない迷子だ!」

 剣を腕で弾き、両者の間に距離が開く。

「俺はお前を認めない」

「私は貴方を殺します」

 煤払いが懐へ手を伸ばした。

 納戸は前へ飛び出して拳をその顔面へ向けて振り抜いた。待つことしない。

 上半身を反らしてなんとか回避した煤払いへ、躊躇なく追撃を行う。

 伸ばした腕で煤払いの側頭部を掴む。そして顔面に向けて、飛び膝蹴りを叩きつけた。

 特殊忘却物装備を146%の共感力(エンパシー)で起動するからこそ行える速攻。

 地面に足が着いた。

 隙だらけの胴体に渾身の右ストレートを打ち込む。

 硬い感触が腕に伝わるが、関係ない。力任せに腕を伸ばしきり、ぶっ飛ばす。

 満足はしない。出来ない。徹底的に叩きのめす。

 転がる煤払いに走って追い付く。

 追撃しようとすると、剣が突きつけられる。

 手で掴んだ。

 やはり、殴った方が早い。

 トドメを差すように、もう一度胴体に拳を振り下ろした。

「ゴハッ!」

 あの非道な液体を封じればこの程度だった。


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