23 罰を
3体の人形。以前なら即座に応援を呼んでいた。
「速く眠らせよう」
納戸は忘却物の声を聞くことは出来ない。しかし聞くことが出来る課蜂が、まともな意思を持っていないと断言している。
そしてあの液体が忘却物の力を強引に引き出すのなら、目の前のこれらは忘却物というよりは、忘却物装備に近いのかもしれない。
既に死んでいる忘却物たちを無理やり動かす。
人に例えるなら、故人の遺体で遊ぶような凶行だ。
「悪いね」
手早く処理した方がいい。
3体の真っ只中に飛び込む。瞬間、カマキリのような腕が納戸を襲った。
その腕を殴り返して逆に砕き、槍のような貫手を避けて同士討ちさせる。
貫手を受けて態勢が崩れた人形の1体に、全身を使ったボディーブローを叩きつける。
先ほど聞いた音に似た、ガラスにビビが入るような音を耳にした。
まずは1体。
貫手を放った人形が、その手を剣のように振り抜いた。
水平に迫るそれを、上へ跳ねあげるように弾くと、隙だらけの胴体をハイキックでなぞる。
首がぶっ飛んだ。
少しやりすぎてしまったと後悔が残った。
最後にカマキリのようにねじれた腕が2つ、挟み込むように納戸に迫る。
予備動作なしの垂直跳び。人形を飛び越えて、真後ろへ回り込む。
振り向き様の裏拳。ヘルワにしてやられた一撃を繰り出す。
人形の肩を直撃し、破壊する。
それから振り向いた勢いを利用した回し蹴りで、脇腹から胸の中心を叩く。
昔の自分のように横へぶっ飛ぶ。地面を転がり、起き上がることはなかった。
よくよく注視すると、蹴った場所からヒビが入っていた。
納戸は警戒を緩めた。
戦ってみると、それほど危険な相手ではなかった。意思がないからか、攻撃は機械的で、反射的なものに見えた。
忘却物モドキたちが元の人形に戻る。
肩から下が砕けた人形と首の取れた人形、胴体に亀裂の入った人形の3つを丁重に拾い上げる。
時間は夜の3時。7課に連絡するのは憚られる。
3課に報告しようと思い、忘却物対策庁に向かってタクシーを呼んだ。
◇
ヘルワの帽子を外さずに3課に足を踏み入れる。その方が理解が早いと考えたためだ。
結果、久世課長の目付きが鋭く突き刺さる。
「忘却物処理7課。納戸です。ヘルワ・エルシュテルベントについてお話があります」
「どうぞ」
「失礼します」
納戸はデスクの前でヘルワの帽子を外し、元の黒スーツに戻る。
この流れだけで、この帽子が特殊忘却物装備であることは一目瞭然になる。
「これは、ヘルワ・エルシュテルベントの残留物です」
「なぜ、それを?」
「本日深夜2時、ヘルワ・エルシュテルベントと接触しました」
家までつけられていたこと、それから歩道橋まで逃走されたこと。そしてそこで煤払いと名乗る付喪神教の男にヘルワ・エルシュテルベントを殺されたことを話した。
感情が混じる余地がないように、会話内容は口にせず、ただ淡々と事実だけを報告した。
「それから煤払いと交戦しました」
3つの人形をデスクに優しく置いた。それから逃走されたことを話す。
久世課長は深く頷くと、時計を見てメモを取った。
「納戸くん。悪いけど付き合ってもらうよ」
「はい。なにをいたしますか?」
「ドレッサーの案件が片付いたことを証明する。それから付喪神教の煤払いという男を追うための要請をする。君の詳しい証言が必要だ」
拒否する意味はない。
納戸は久世課長に連れられるまま、木崎部長の元へ向かい。それから警察にも向かった。
どちらも同じ話をした。
気づけば朝の5時を回っていた。
「これから私はどうしますか?」
「帰って貰って大丈夫だ。今日はもう休みなさい。疲れているだろう?」
「問題ありません」
「だとしても、なにかして欲しいことはない。ドレッサーの特殊忘却物装備を預けて貰うよ」
内心は嫌だった。出来るだけ側にいて欲しい。
「拒否します」
「共感してしまったのかな?」
「はい。目の前で殺されました」
「規定だ。従ってもらうよ」
「…分かりました」
帽子を優しく手渡すと、久世課長は両手で丁重に預かった。
「安心しなさい。少し時間はかかるが、いずれこの子は納戸くんの拾得物として、いつでも引き出せるようになるだろう」
「そうですか…ありがとうございます」
久世課長の有無を言わさない姿勢に、気づけば忘却物対策庁を出ていた。
朝日が身に染みる。ぼんやりと眠気を覚えた。
通勤ラッシュが本格化する前の電車に乗り、家に向かって進む。足が重かった。
家の鍵を開けようとして、そもそも閉めていなかったことを思い出す。
「ヤバ…」
焦りは一瞬で疲労に押し流された。
家のなかは、出ていった時のまま止まっていた。広げたコレクションも、飾られたアクリルスタンドも、なにもかもそこで静かに黙っていた。
それらを丁寧に片付けて、それからシャワーを浴びる。
疲労感が少し流されていったことを幸いに、冷凍食品のパスタをレンジで暖めて、朝日の熱を感じながら食べた。
お腹が満たされると、直ぐに睡魔が頭をもたげる。
眠いが、なぜだか眠りたくなかった。
冷蔵庫からビールを1缶取り出して、口をつけた。
朝から酒を飲む背徳感は、いまいち心を軽くしてはくれなかった。
どうしようもなく長い朝。缶の中身が空になって、なにもやる気が起きないでいた。
◇
目が覚めた。ソファーの上で、いつの間にか眠っていたことに気づいた。
時間はいつの間にか夕方を過ぎていた。
7課の2人からメッセージが届いていた。
ヘルワについてのこと、それから心配が多分に含まれたメッセージだった。
気持ちの問題で、ヘルワについて説明できる範囲を送信した。
それから体調は問題なく、明日、出勤したときに詳しく話すと、事実だけを送りつけた。
スマホを伏せて、それから夕食を用意した。
冷凍食品の唐揚げをレンジで温め、同じく冷凍食品の野菜をお湯で解凍し、適当にドレッシング類で雑に味付けをした。
パックの米を添えて完成させる。
今北課長から電話が鳴った。
退院したなど聞いていない。驚きながら着信を受ける。
「はい納戸です。今北課長。病院はどうしたんですか?」
「まだしばらくは腕を動かせないが、経過観察はもう必要ないそうだ」
「よかったです」
心に刺さっていた申し訳なさと後悔を少しだけ許すことができた。
ほっとしていると、今北課長から一番欲しい言葉が聞こえてきた。
「それでだ、納戸くん。付喪神教の煤払いという男だが、居場所が掴めた」
「え?」
「対忘却物テロ対策1課が制圧に動くそうだ」
自分も参加したいと思った。だが、理屈がない。
「それは、捕まってくれると良いですね」
「参加したくないか?」
「はい?」
予想外の言葉に頭が疑問を吐いた。
「色々と手を回して、参加できるようにした」
「え、なんだってそんなことを?」
そもそもそんなことが出来るのかという疑問が浮かぶ。
テロ対課は、そもそも課が違うどころか、部署が違う。3課の久世課長に臨時で入れてくれと言うよりもハードルが高い。
今北課長は少しだけ申し訳なさそうな声をしていた。
「結局、私はあまり力になれなかったからな」
「そんな。充分手を貸して…」
不謹慎すぎると言葉につまった。
懸命にうまい言葉を探そうとしていると、今北課長は朗らかに笑った。
「はは。確かに手を貸しただけだ。気にしなくていい。だからこの提案も深く考えずに答えてくれ」
優しい雰囲気はそのままに、言葉にだけ重みがのった。
「納戸くんは、あの男へ罰を与えたいか?」
「はい」
迷うことはない。
「わかった。なら今すぐ忘却物対策庁に来なさい」
「分かりました!」
電話が切れた途端に、納戸は目の前の食べ物を急いでかき込む。
それからタクシーを呼び、スーツに着替えた。
正直疑問は尽きない。
今北課長の手段も目的もよく知らない。
そして、煤払いの考え方もわからない。忘却物を神と言いながら、人形や忘却物装備に無理をさせている。
挙げ句にヘルワを殺した。
憎しみを覚えている。ヘルワを殺しておいて、それは罪として扱われなず、逆に煤払いを殺すことは罪になる。
ふざけている。
だが、それが人間の社会で人間の規則だ。
納戸は嫌と言うほど、自分が何者かを知った。だからこそ、その規則が変えられないことも知っている。
憎しみに蓋をする。悲しみを受け入れる。
そして、煤払いには規則にしたがって罰を受けて貰う。




