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19 罪を問わず

 どういう意味だ。

 放たれた言葉の意味を理解できなかった。

「なんつーかさ。そもそもこの捜索状況って、3課と警察も知ってるわけだろ? まとめれば直ぐに浮き彫りになるし、捜索してない訳がないんだよな。で、その結果は出てない。居ないんだよ。俺らが調べるまでもなく、とっくに調べ終わったはずだ」

 そうだろ、と同意を求められる。事実と信頼を元にした推測。そこに間違いは何一つとしてない。

 納戸は課蜂と同じように頷き、話の続きを聞く。

「それで、この空いた場所が誘導されてるだけのデコイってのは理解できるはずだ。じゃーそれは誰が考えた?」

「ヘルワじゃないことは確かね」

 断言した課蜂に疑問を持った。

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「12件に増えた殺人事件。それはあの付喪神教の容疑者が唆してから増えたもの。より長く処理されないように動くアドバイスをしていない訳がないのよ」

 付喪神教に対する嫌な信頼を語った。

 忘却物を神として崇める人達。そこまで考えて動くなら、要注意団体としてマークされる理由も分かる。思想も行動も危険だ。

「付喪神教に匿われている場合はどうです?」

「アイツらに拠点はねーんだわ。転々と移動するせいで、見つけたときにはもぬけの殻。ヘルワを長期間匿うのは無理だと思うぞ」

「構成員の家を転々とするのが最も確度が高いでしょうね」

「お手上げです…か?」

 嫌な未来を想像して、恐る恐る尋ねてみる。

 すると忠正はそれを一蹴した。

「警察の監視カメラで怪しい車は追跡されるから、それも薄いと思うけどなー。ま、とにかくだ。ここはあり得ない。絶対に潜伏してないね」

 話を元に戻して、そう断言した。

 そして捜索は振り出しに戻った。

 なら、どこにいる。そもそも東京都内にいるのか?

 隠れ家にしていた廃ビルは、そもそも埼玉だ。

「そもそも、なぜ東京に固執するんだ…」

 独り言。考えが加速する。

 インターネットの海で生まれたヘルワは、その性質上忘却地帯を持たない。

 特定の場所で愛されていない。特定の場所で感情移入されていない。

 様々な人によって、様々な場所で求められた。

 どこにでも行ける。

 東京で出現したのは、最も思いの強い創作者が亡くなった場所だからだ。

 しかし、東京に縛られる理由はない。それこそ北海道。もっといけば海外にだってヘルワを愛した人がいるかもしれない。

 それなのに、東京の人間ばかりを襲っている。

 なぜ?

「おい。どうした? なに考えてる?」

 忠正の声で、思考の迷路から引き上げられる。

 そうだ。1人で考える意味はない。

「なぜ、ヘルワは東京から離れないんでしょうか」

「え? なぜって東京しか感情移入した奴がいねーんじゃねーの?」

「あり得ますか? それ」

「あー。近い奴から殺すって話じゃねーの? 忘却物の感情なんて、個体差が激しいし、近い奴を見過ごせないってぶちギレてる奴もいるぞ?」

 あり得ない。ヘルワは、殺すことに悲しみを覚えているように見えた。

 その見立てを口にすると、忠正はだまった。

「待ってるのかも知れないね」

「なにをです?」

「納戸くんを」

「え?」

 あっさりと告げられた言葉に詰まった。

 そんな納戸とは対称的に課蜂はスラスラと意見を口にする。

「納戸くんのヘルワに対するイメージからして、そうだって判断したけど。違った?」

「な、なんでそう思うんです?」

 なんてことのないように、課蜂が自分の特異体質を元にした推論を立てた。

「忘却物って寂しがりが多いのよ。今まで多くの忘却物と話してきたから分かる。根底にあるのは寂しさ。それが本能的な欲求に混ざって殺人を犯すだけ。だけど人間がそうであるように、本能と感情に抗える忘却物は少ない」

 黙って聞き入る。寂しさ。

 その話の中にあったのは、課蜂の忘却物への向き合いかた。忘却物処理課として働く意義とも、信念ともとれるものだった。

「寂しいとき、自分ではどうにも出来ないことに直面したとき、人は助けを求める。けれど助けを求められない人もいる。友人がいないとか、家族がいないとか、理由は様々だけど。それで忘却物はいつだって後者なの」

「それで、自分を押さえられずに暴れだす」

「そう。ヘルワも殺人事件は引き起こしてる。けれど納戸くんは、そんなヘルワが本能に抗っているように見えると言っている」

 課蜂の真剣な目に貫かれる。

「辛いと思いながら生きているときに、手を差し伸べられたら、その手を掴みたいと思わない存在はきっといないのよ」

「だけど、手を振り払われました」

「言葉を間違えたか、救いかたを間違えた。欲しい言葉じゃなかったのかもね」

 心に刺さった。それは、少し前の傲慢さ。救いたいというだけの偽善。ヘルワを思いやって出た言葉ではなく、自分のために出た言葉。

 見捨てられないというだけの自己中心的な願い。

 苦しんでいる。そうだ。苦しんでいるんだ。それなのに、俺は……。

「チッ」

 思わず舌打ちが出た。

 課蜂と忠正が驚いたことを察して、納戸は焦る。

「あ、すみません。すみません。違います。自分に苛立って、つい反射的に」

 平謝りをする。ここまで手伝ってくれて、信頼できる先輩方に舌打ちなど出来る筈がない。

 幸い忠正が爆笑して流してくれた。

「はは。やば、おもろすぎだろ」

「すみません」

「いやいいって、真剣すぎるだろ。ははは」

 ひとしきり忠正が笑い終わるのを待った。

 その笑いのお陰で申し訳ない気持ちが軽くなるが、しかしその軽くなること事態に申し訳なさを覚えた。

「あーあ。さてと、なんだっけ? ヘルワが待ってるだっけ? 俺もそれ賛成。助けちぇーって意思表示なんだろ。さっさと見つけ出して連れ帰ってこい」

「はい」

「なんか、逃げ出した妻を取っ捕まえるドラマみたいなセリフだな。今の」

 そうか、そんな責任の取り方もあるのか。

 殺人事件を共に背負うのなら、それが一番丸い。しかし問題がある。

「忘却物とは結婚できませんよ」

「法律的に認められてねーって話か? 知るか。好きな女の子を嫁と呼んで、その呼ばれた女の子が嫁であると口にしたなら夫婦だろ。結婚なんて儀式をやんなくても、側にいることは許される」

 なんとも真面目な話だった。思わず感心してしまう。すごい人だ。

「なんで、俺こんな話してんだ?」

「嫁が欲しいと」

「いってねぇよ!? そんなこと言ったか? あ、いや、やりたくないわけでも、したくないわけでもないから!」

 適当に答えた結果、忠正がなにかに怯えるように捲し立てた。

 正直面白かった。そして、興味が湧いた。

「忠正さんって彼女はいるんですか?」

「お、おおいる。いる。この前のオンコールで拗ねさせてしまったんだ。マジで機嫌とるのが大変でよ~。でもあえて拗ねてやがるんだ。そこがまた可愛くて仕方ないんだよ」

 ちょっとした疑問だったのに、マシンガンのように彼女自慢をされた。

 課蜂はいつの間にか消えており、納戸は自分の迂闊さを悔やんだ。

「マジでかわいい。男物の帽子とベルトでジーパン締めてよ。それが似合っていてカッコいいんだ。なのに顔は可愛くて、身体には夢が詰まってる。頭がバグってしまうーー!!」

「そ、そうですか。よかったですね」

「写真みてくれ。ほれ、可愛いだろ。(つかさ)って名前なんだ」

 そこには男物の服装をカッコよく着こなしている美人がいた。その笑みからは揺るぎない自信が見てとれる。

 一目で分かる。強い女性だった。

「よく、こんな美人と付き合えましたね」

「ふ、忘却物絡みで助け出したんだ。仕事じゃないぞ。高校生の時に巻き込まれて、怪我してたから現場から持ち逃げした」

「え?」

「あー違う。言葉のあやだ。逃げ出したんだよ。やばそーだったから」

 その出会いから今に至るまで、2年に渡る話を聞かされた。

 感想を述べるなら。

「なんというか、あまりベタベタしないんですね」

「俺はもっと抱き締めたいけど、司は個人主義なところがあるからな~。仕方ねーのよ」

 よく付き合えて、2年も関係が続いていると感心した。きっと話していないだけで、愛情表現はしっかり行っているのだろう。

「うらやましいか?」

「はい」

「やめろ。俺のだぞ」

「いやとれませんよ。それに多分、その人はとられませんよ」

 生きるのに他人を必要としない女性だということはよく分かった。

 意思が強く、自分を曲げることがない。浮気などあり得ないはずだ。破綻の可能性は忠正にしか存在しない。そう結論づけた。

「忠正さんが浮気しても、ワンちゃんぶん殴って土下座させて許すと思いますよ」

「しねーよ。俺をなんだと思ってるんだ」

「愉快な人」

「別にふざけてねーよ」

 見計らったようなタイミングで課蜂が戻ってきた。

「終わった? 次から気をつけてね」

「はい」

「まだ話し足りないが、許してやろう。独占欲ってやつだ」

 愛想笑いで許しを乞う。

 独占欲か…。

 思った言葉をそのまま疑問にした。

「忠正さんは…もし、もし司さんが人を殺めてしまったらどうしますか?」

「別れないが? 一緒に償うしかないだろ」

 即答した忠正に上手い返事が浮かばずにいると、神妙な顔をつきで忠告された。

「ヘルワのことを考えてるなら、あまり重く気負うなよ。忘却物を罪に問う法律はない。逆に大変だろうが、まー頑張れ。俺も出来ることはやるよ」

「はい」

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