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18 嘘

 まだ仕事の時間で忘却物処理の案件を受けたわけでもないのに、忘却物対策庁から出ていく。そこにわずかなの不安を覚えた。

 ノットリターン。仕事が終了すれば直帰でいい。

 木崎部長から許可されたその職務の期限は、今北課長が帰ってくるか、ドレッサーが処理されるまで続く。

 毎朝出勤のタイムカードを押せば、それからは街に繰り出して良い。

 すれ違う人たちの視線が、腰に集まっているのを自覚する。

 忘却物装備の剣は非常に興味をそそるのか、それとも恐ろしいのか。

 そんなことは気にかけずに、納戸はさっさと人混みの多い場所を離れることにした。

 ドレッサーとして指名手配されている状況下で、こんな場所にいるわけがない。

 ヘルワの居そうな場所。それはどこだろう。

 それを絞るために前提条件を設定してから、候補をいくつか考えてみる。

 まず、かつて潜伏していた場所には戻らないだろう。住民の目が監視の目になる。

 次に、人混みの多い場所も論外だ。考える必要はない。

 今考えられる前提はこれだけだった。こんなものではなにも調べられない。

 なにかないかと、記憶からヘルワのことを掘り返してみる。

 そして初めてマトモに対話した場所を思い出した。帰り道を外れた先の公園。

 人を殺すと言っていた。しかしあの一帯ではまだ殺人事件は起こっていない。12件に増えた今でもそれは変わらない。

 ならなぜあの場に居た?

 初めて出会ったときもその付近で、納戸の帰り道にある歩道橋だ。

 あの時点で課蜂の友人を殺している。

 なら再び戻ってきた理由はなんだ。

「行ってみるしかないか」

 足をそこへと動かす。職務中に家へ向かう違和感に目をつぶって、納戸は慣れた様子で家の近くにたどり着いた。

 ヘルワの足取りを追う。

 公園の時はどこへ消えたのか見えなかったが、歩道橋の時は別だ。

 あの歩道橋を、納戸と逆方向に渡ることが最善の道だとして、ヘルワの足取りを逆走する。

 この方向になにがあったか、必死に考える。

 殺された課蜂の友人の家から、ここに来たのかもしれないと思いつき、課蜂に電話してみた。

 反射的に電話してみたが、耳に届く呼び出し音に少し冷静になって、傷口を抉るようなことを聞こうとしていると自覚した。

 切るかと一瞬考えてみて、電話が繋がった。

「もしもし課蜂です」

「課蜂さん。納戸です。その…聞きたいことがあるんですが…」

 質問の内容が内容だけに言葉尻がすぼむ。

「なに?」

「その、亡くなったご友人のことなんですが…」

 聞いて良いのか、相手に委ねる。

 暫く沈黙が続いた。

「わかった。知りたいのは住所?」

「あ、はい! ありがとうございます」

「別に大したことではないよ。なにか知りたいことがあったら気軽に電話しなさい。代わりに、応援が欲しければ直ぐに電話すること」

「ありがとうございます」

 思わず笑えるほどの感謝を覚えた。

 そして友人の住所を聞き出せたのちに、電話を切った。

 これで確信した。ヘルワを課蜂の友人を殺した後に歩道橋を渡った。

 逆走する意味がなくなり、歩道橋に戻る。そして今度はヘルワの進んだ道を予測していく。

 公園に向かうルートとこの歩道橋を渡るルート。その2つが接するであろう地点をしらみ潰しに歩き回った。

 このあたりの空き家についての情報が欲しい。

 納戸は本当に気軽に課蜂に電話をかけた。

「たびたびすみません。今から言う場所一帯の空き家を調べて欲しいんですけど…出来ますか?」

「言葉じゃ難しい。なにか考えがあるのでしょう? 1度戻ってきなさい。出来る?」

 母親かと思った。

 素直に頷いて、忘却物対策庁に戻った。

 デスクに紅茶とクッキーが用意されていた。

「それ、納戸くんの。まずは飲みながら考えを整理してね」

 午後3時。昼食を摂っていないことを思い出して、クッキーにありついた。

「ありがとうございます」

 もしゃもしゃと食べていると、忠正が追加でクッキーを差し出してきた。

「さてはお前、飯食ってないな?」

「忘れてました」

「食べてねーといざと言うときどーすんだよ。おにぎり買ってきてやる。それまで出ていくなよ」

「ありがとうございます」

 納戸は感謝してばっかりだと思った。周りに助けて貰っていることを充分に理解できた。

 頑張らなくては。

 ヘルワの行動を考える。潜伏する場所として範囲を絞る。

 地図を見ながら、ある程度その形が出来てから紅茶を飲み干した。

「課蜂さん。ここからここまでの空き家って調べられますか?」

「どうしてそれが必要になったのか、説明してくれる?」

 自分と出会ったときの道をなぞり、そして人を殺すと言いながら殺していないことに違和感を覚えたことを話した。

 道をたどって、潜伏場所として範囲を絞ったと説明し終えた。

「それは調べておくけど、あまり期待しないで欲しい」

「全部は無理ってことですか?」

「違う。ここらに潜伏していることを期待しないで欲しいの」

「既にここにいないってことですか?」

 少し考えて、課蜂の思考を読んだ。

 どうして、という疑問は口にしなかった。効率的な課蜂は必ず理解できて納得できる言葉を言ってくれると言葉を待った。

「理由は単純。まず納戸くんの考えはとても理に叶っていると思う。潜伏している確率は高い。だけどそれは納戸くんと出会うまでの話。冷静に考えてみて、忘却物対策庁の人間に発見された場所からは距離を置きたいと思うでしょう? 犯罪心理学なんて学んでいないけど、普通ならそう考えるはず」

「そして、行き着いた先があの廃ビル。ということですか?」

 課蜂は頷きを返した。それから少しほっとした様子を見せた。

「安心した。納戸くんの考え方はとても理にかなっている。正直当てずっぽうでそこらをフラフラ歩き回るかと思っていた」

「なんだか、反対していたのに手伝ってくれるなんて、優しいですね」

 思わず素直に感情が漏れた。

 3課の説得と木崎部長の説得は失敗した以上、ここまで手伝ってくれるとは思わなかった。

 その考えを口に出して見ると、課蜂は笑った。

「それ、電話しておいて言うこと?」

「あ、」

「納戸くんは少し抜けているところがあるね。気を付けなさい」

「はい…」

 なんだか母親みたいだと思った。

 流石に言葉にはしない。出来ない。

 少しの間ニヤニヤと笑われて居心地が悪かった。

「さて空き家を探すことは後回しにして、次の捜索を始めましょうか」

「次の捜索?」

「そ、納戸くんの探している場所はあまり希望が持てないから、別の確率の高そうな場所を絞ろうと言う話。どう?」

「賛成です」

 拒否する意味もない。こうなればトコトン手伝って貰おう。

「ですが、どうやって絞りますか? あまり情報が少なすぎるような気がしますよ」

「単純に確率の低い場所を潰していきましょう。例えば、殺人事件を起こした場所とか、潜伏していた場所をね。12件も殺人事件を起こしたのだから、この東京都内で移動できる場所は限られているはずよ。そもそも人混みの多い場所には居られないからね」

 課蜂はマップボードを持ち出して、消すことの出来る黒のマジックペンで一つ一つ殺人事件が起こった場所にバツマークをつけていった。

 それが終わった後、マップには不自然な空白がいくつか見つけられた。

 お陰で大分絞れた。しかしそれでも1人の人間が動いて探すとなると時間が相応にかかる。13件目の殺人事件がいつ起こっても不思議ではない状況下で、そんな動きの遅いことは出来ない。

 まるで心を見透かしたように、課蜂が追加でバツマークをつけ始めた。

「な、なにをしているんですか」

「これまで通報を受けて出動した場所を記してる。私たちの徒労とも思える時間はこうやって生かすの。よく覚えておいてね」

 ヘルワとのファーストコンタクト。最初の襲撃以降の目撃情報がマップを埋めていく。

「全部覚えているんですか!?」

「引き継ぎの時に資料をまとめたからね。これまでの情報はある程度覚えているよ」

 天才かと思った。自分も一緒にやったはずなのに、まるで覚えていない。

「全く覚えてませんでした」

「必要になるなんて思わないから無理もない。こうやって捜査が難航している時に初めて役に立つものだからね」

 そうして東京都のマップはほとんど埋まってしまった。

 そのタイミングで課に忠正が戻ってきた。

「ただまー。お? なにそれ」

「ドレッサー。ヘルワの捜索をした結果」

「おーおー。大分絞れてるなぁ。いいじゃねーの。あ、待て、先に休憩にしよう」

 忠正が袋からお握りと水を取り出して、差し出してくれた。

「ありがとうございます」

「飯を食え。そのうち頭が回らなくなる」

 忠正は流れるように課蜂にチョコレートを手渡して、自分用と思われるスナック菓子を開けた。

「食べるー?」

 今、手にはおにぎりがある。開けたばかりの味噌おにぎり。

 それと、忠正の顔を交互に見た。

「はは。悪い悪い。つい癖で」

 意味は伝わったようで、納戸は笑って場を暖めた。

 席について、マップを見ながら口にものを運ぶ。

「にしても、見てない間にスゲー埋まったな。12…あ? なんで23も埋まって…あーなるほどな。目撃情報か」

 バツマークを数えて、そのまま話した内容まで推測した忠正に納戸は驚いた。

「分かるんですか?」

「いや、全部は知らねー。だけど出た回数と覚えやすい場所だけは覚えてる。それが当てはまってたから当てずっぽうで言っただけ」

 課蜂が説明もなしに、忠正に意見を聞いた。

「忠正。所感は?」

「あーそうだなぁ。なんつーか」

 不自然に溜めてから、断言に近い強い口調で言った。

「嘘クセェ」

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