17 現実的
「処理7課の納戸海鈴です。3課の久世課長に届け物とお話があって参りました」
訪問の仕方は分からない。だが、最低限のルールを守れば大丈夫だろう。
奥の方の大きなデスクで、モニターから久世課長が顔を上げた。
「どうぞ」
「失礼します」
扉はないが、そう口にして3課の仕切りを跨いだ。
久世課長のデスクの前に立ち、今北課長からの手紙を差し出した。
「それで、用件はなにかな?」
萎縮させないような、人当たりの良い声音だった。
今北課長が基本的に優しい人だが、堅物で、口説き落とすことは辞めた方がいいと教えてくれた。
感情というカードは、はっきり言って役に立たないだろう。
「ドレッサーの案件について提案があります。今北課長の手紙の内容にも書かれていますので、ご一読願えますか?」
「あぁわかった」
久世課長は手紙を丁寧に引き出し、文字を追いかけ始めた。
納戸は黙ってそれが終わるのを待っていたが、時間は余りかからなかった。
「だいたいわかった。会議室を使おうか」
席を立ち、歩き出した久世課長について会議室に入る。
座ることを進められ、着席した後で久世課長が口を開いた。
「今北さんと納戸くんの意思は伝わった。だが確認のために説明してくれるかい?」
「ドレッサーの案件に関わらせてください」
「どうしてかな?」
感情でしかない。だが、そのカードは切れない。
納戸はあらかじめ用意した合理性を口にした。
「ドレッサーには、忘却物管理活用法を適用する余地があります。私はドレッサーと対話を繰り返し、その結論に至りました。これは7課全員の総意です。そしてもし、活用法を適用出来るなら、今回の案件をより平和的に処理できると考えています」
久世課長は目を閉じて、考え出す様子を見せた。
「つまり、納戸くんはドレッサーと対話し、共感できると判断した。そして対話出来る自分を、案件に関わらせてほしいということで間違いないね?」
「はい」
「なら決めていた答えを返しましょう。却下します」
「どうしてですか」
理由もなく諦められない。その一心で聞き返す。
「7課がその目的でドレッサーの案件に対応したことは分かった。そして、その結果は? 今北くんは病院にいて、この手紙を出した。失敗したと判断していいのでは?」
「それはあの容疑者の手によるものです。ドレッサーとは別です」
まだ失敗してはいない。そう言いきったが、久世課長は冷静だった。
「いいや。少なくとも、今北くんを病院に送った容疑者はドレッサーに関わろうとしている。そんな状況下で、忘却物管理活用法の条件を満たすことは難しいと言わざるを得ない」
真実で現実だった。
「付け加えて、ドレッサーはあの事件後、その容疑者と共に逃げ出した。そして殺人事件が増えた。これはドレッサーが人間と相容れないことの証明になります。忘却物管理活用法を適用することは出来ないと判断してもいい」
殺人事件の増加が覆しようのない事実となって納戸を襲う。
それでも必死に合理性を求めて頭のなかを回していると、久世課長は最後の言葉を告げた。
「私は3課の課長として、部下を不要な危険にさらすわけにはいかないのです。ご理解いただけますか」
そう、他人だった。個人的感情のために、命の危険を背負ってくれなど、口が裂けても言えない。
元々の土台から詰んでいた。
今北課長の言う通りに失敗だった。
「…はい。わかりました。時間を用意していただき、ありがとうございました」
「納戸くんの考え方は嫌いではないけれど、ドレッサーの案件は諦めた方がいい」
「そう…ですね」
会釈をして3課から出ていった。
クソッ……。
分かっていたからと言って、受け入れがたいものだった。
納戸は、そのままの足で部長の元へと向かった。
部屋をノックして、許可を得てから部屋へと入り込む。
「失礼します」
初めて会った木崎部長に会釈をする。それから3課と同じ流れで手紙を提出する。
「気持ちは分かった。しかし、7課をドレッサーの案件に復帰させたいとは思うが、課長の不在は許容できない」
詰んだ。
今北課長の辞表を出せば話を進めることが出来るだろうが、しかしそれは出来ない。
言い訳の余地も挽回の余地もない。
部長の不在という現実にお手上げだった。
「残念だけれど、納戸くんの意見は却下させて貰う」
「…はい。わかりました……」
悔しいなどという感情では形容できないほどの激情。
部屋を出て、納戸は余りの怒りに吐き気を覚えた。
なんて無力なんだ。
なんとかして見せると決めたというのに、結局なにも出来なかった。
自分で自分が許せない。このまま7課に戻っても、7課の2人は助けてはくれないだろう。
だが、なにも出来ることはなかった。
重い足取りで7課に戻る。
「ありゃ。ダメだったか?」
「はい。3課は安全性のために断られ、部長は話を聞いてはくれましたが、課長の不在を理由に却下されました」
課蜂に鋭い目付きで睨まれる。
「納戸くん。今北課長の辞表は使いましたか?」
「いいえ。あればかりは使えません」
「そう。なら良かった」
話はそれだけだと言いたげに、課蜂はパソコンに目線を戻した。
忠正が残念がるような情けない声を上げた。
「あ~あ。ダメだったか~」
「すみません」
「いや~俺は別にいいんだけど。納戸はそれで納得できるか?」
考えるまでもない。すぐに首を横に振った。
「だよな~」
失礼だが、あまり頼りにならない。
ため息を溢した。
「まーま。そう悲観するなよ。まだ、出来る手はあるぞ」
「え?」
組織的になにも出来ない。交渉も失敗した。打てる手は全て打ったはずだった。
なにか見落としでもあったかと頭を回す。
忠正がパソコンのモニターを見せてきた。
「ほら、これ使えばいい」
そこにあったのは忘却物対策庁の業務内容だった。
忠正はその1文を指差す。
「これこれ。巡回任務。ふらふらと街を歩いて、忘却物を探すっていうアホみたいな業務」
「こんなものが?」
「どーせ7課は活動停止だし、これやってもいいだろ。巡回中に、たまたま運良くドレッサーと出くわして、忘却物管理活用法を使えました。なんてこともあり得るかもなー」
馬鹿げた話だった。
課蜂が反応する。
「危険すぎる! それは見過ごせない」
「危険は承知の上だろ。なぁ納戸?」
「はい」
嫌そうな顔をして課蜂が忠正を睨んだ。
「忠正。その業務はほとんど効力を持っていない。やる意味のない業務よ」
「でも消されてない」
「手続きの都合で、たまたま消されなかっただけでしょう」
「この業務は時たま使われてるんだ。多分このために存在しているだろう」
納戸は課蜂を正面に見据えた。
「課蜂さん。危険は承知です。俺にとって、このまま引き下がることは出来ません」
納戸は再び木崎部長の元へと向かった。
そして、その巡回任務の遂行許可を願った。
「危険極まる。それでもドレッサーを追いたいと?」
「はい」
「理解できませんね。どうしてでしょうか?」
「このまま知らないふりをすれば、一生後悔すると分かっているからです」
堅い意思を目に宿して、しっかりと見据える。
すると、案外呆気なく許可が下りた。
「成果を上げられることを祈っていますよ」
「ありがとうございます」




