14 甘い
翌日。納戸は課の方針に面食らった。
「考え直せとは言わないのですか?」
「考えた結果だ。対処さえ出来ればそれでいい。話せた事実があるなら、忘却物管理活用法も出来ないこともないだろう。君次第だ」
感謝が喉につかえた。
課蜂の方へ視線を向けて、目が合う。
罪悪感とも言いきれない後ろ暗さ。
「公私を分けることは基本ですが、しかし私個人の意見を口にするなら、ドレッサーの処理に私怨を挟むことはしたくありません。それをすれば、これまでの忘却物との向き合い方を否定することになりますから」
「いいんですか…?」
「なんの許可をとりたいのですか? 私にはそれを与える権限はありません。今北課長に仰ってください」
事務的だと思った。しかし、その冷たさの中に優しさを感じ取った。
「方針は基本的に武力処理だ。気を付けること」
「わかりました」
「今北課長も課蜂も甘くねー? 面倒事増えるぞ~」
「あなたのその貴重な時間は、いったいどのような高尚な目的で浪費するのでしょうか?」
忠正は少し固まって、それから笑った。
「はい。役立たずでーす」
その瞬間に今北課長のデスクで電話がなった。
これで8回目。しかし7課の人員は真剣そのもの。
今北課長が受話器に耳を当てる。そして、当然のように指先が用件を示した。
忘却物装備の保管室に全員で駆け込む。スーツとブーツは常に装着しており、基本的には剣という明確な危険物を取り出す場所だ。
そこに見覚えのない短刀があった。30cmほどの鞘に納められたドス。白を基調に赤い斑点が散っている。
「これは…?」
「ん? おぉ今北課長のだ。マジか。マジじゃん」
答えになっていない。
説明を求めて課蜂に視線を移すと、剣を腰に吊るしながら淡々と答えてくれた。
「特殊忘却物装備だよ。個体名はアマレ=プリフィカーレ」
「じゃあこれには」
「意思はないよ。完全な状態じゃない。これは残留物」
電話を終えた今北課長が保管室に入ってきた。
「私が処理した。それは、最後の最後に信じて貰えなかった結果だ」
今北課長は、手早く汎用忘却物装備の剣を腰に吊るし、短刀をスーツの裏側に隠した。
準備は全員終わっていた。
「行くぞ」
駆け足で対策庁を出て、ワンボックスカーに乗り込む。
エンジンが動き始めてから、今北課長が今回の出動内容を語りだす。
「今回は民間の目撃証言ではない。警察がドレッサーの隠れている場所を突き止めたようだ」
「え? どーやってです?」
「知らないな。聞いても意味はないだろう」
「確かにそーです。じゃあ今回は、ドレッサーと戦闘行為になりますよね」
「あぁ。いつも通り包囲した後、攻撃する」
納戸は顔を上げる。対話する機会はどこにあるのだろうか。
しかしどう質問すればいいのか迷った。今北課長の決定に逆らうように、『戦う前に対話の機会を下さい』とは言いにくかった。
今北課長は言葉を続けた。
「ただし、今回は攻撃前に対話の時間を設ける。話して連行できるならそれで良し。拒否するなら戦闘に移る」
「ありがとうございます」
「課の決定だ。全力を尽くしなさい」
傷つけたくない。傷ついて欲しくない。
決意を言葉にのせる。
「はい!」
東京都を離れて、埼玉県に入る。少し廃れた街の廃ビル。
前回と同じように、警察と連携して包囲を作り上げる。
現場には、今度こそ、ここで決着をつける。そんな空気で満ちていた。ヘルワを助けようという優しさは欠片も感じられない。
だが、納戸は自分の考えを間違っていないと信じた。信じてくれた7課を信じて、その信頼に応えたい。
ただのワガママではない。より良い結末のために。
6階建ての廃ビルに足を踏み入れる。
2組に別れて課蜂と忠正が屋上から、納戸は今北課長と下から順に巡った。
3階を巡っているとき、その真上から振動が伝わり、無線機からヘルワ・エルシュテルベントを発見したという報告が届いた。
即座に4階に駆け上がる。
部屋の中から廊下にヘルワが飛び出てきた。
「ヘルワ!」
「あなたは…」
腰に吊るした剣は抜かない。
「話したいんだ」
「話すことなんてなにもないよ」
「君の未来についてだ」
「いらないよ。そんなもの!」
ヘルワが真っ直ぐに突っ込んでくる。反射的に剣に手が伸びたが、意思の力でそれを拒否する。
両手を重ねて振りかぶった手を受け止める。
それは握り拳ではなかった。
張り手。その掌を納戸は強く握りしめる。絶対に逃がさない。
そのまま腕を引っ張り、顔と顔を至近距離まで近づける。
「頼む。俺は、君に傷ついて欲しくないんだ!」
「もう、手遅れだって言った」
「それでも! 手遅れだからって、更に傷を増やす理由にはならない!」
ヘルワの抵抗が少し弱った。
言葉にもそれが現れる。
「あなたに何が出来るの」
「君を連れて帰れる」
「帰る…? 保管の間違いじゃないの! 僕は、僕のために生きる! 必要なときだけ求められて、また忘れられるのは嫌だ!」
強い拒絶に手を払われる。
保管という言葉に、納戸は言葉を返せなかった。
ヘルワの瞳に怒りが滾っていた。それが涙として少しだけ潤んでいる。
情けない。傷つけたくないと思いながら、結局このザマだった。
ヘルワは忘却物として、忘れられることを恐れているのに、今しか目に映っていなかった。
「傲慢なんだ。人間なんて! 僕はもう、人間の人生の消耗品にされたくない!」
廃ビルを揺らすほどの絶叫。心からの叫びが、胸に突き刺さる。
「代わりがいるんだ! 酷い傲慢だ! あなたも忘れるんでしょう!」
思考停止した無防備な納戸へ、拳が迫った。
至近距離、まるで動けなかった。反応が遅れたこともそうだったが、なによりも心が動けなかった。
殴られた方がマシだと身体が言うことを聞かなかった。
忘れないと言いきれなかった。忘れられた存在に、その責任を果たすことが出てこなかった。
目の前で拳が止まった。今北課長が止めた。
左手でヘルワの腕を捕まえていた。
いつの間にか、赤いラインの入った白のロングコートを羽織っている。片マントを垂らして、腕など四肢を同じ色の布鎧が守っている。
「すまないな」
今北課長はヘルワを蹴り飛ばした。
納戸は反射的に声が出る。
「あっ」
短刀を抜いた。刀身はなかった。
空気がそこに集まるように、風の流れが短刀の存在しない刀身に吸い込まれていく。
美しい銀の長刀。
完成したそれに、納戸は恐怖を覚えた。
それの用途は1つだけ。
「やめて…やめてくれ……」
忠正と課蜂がヘルワを囲った。その瞬間に、瞬間移動と見紛う速さで今北課長がヘルワに刀を振り下ろす。
狭い室内で逃げ道は塞がれている。回避先はないに等しく。動きづらいはずの長刀は、床や壁を豆腐のようにまとめて切り伏せる。
ヘルワの傷が増えていく。やがて────左腕が飛んだ。
「や、やめてくれ!」
不格好に走る。これ以上見ていられない。
ヘルワを守るように、抱きついた。
その瞬間に廃ビルの壁に穴が空いた。黒いフードの不審者が今北課長との間に乱入する。
ゆったりとフードをとる。優しい目付きのセールスマンみたいだった。
「ヘルワ・エルシュテルベント様。あなたが心のままに動くお手伝いをさせて頂けませんか?」
なにを言い出すんだ。
「いや、まずは手始めに、この場を切り抜けましょうか」
男が、ポケットから3つ人形を取り出して地面に落とした。
それらに赤い液体を振りかけた。
「起きなさい。不完全なモノたち。残された怒りを果たせ」
バキバキと人形が出してはいけない音を奏でる。
納戸はヘルワを抱き締めたまま、距離をとろうと動いた。しかし抱き締めた張本人に蹴り飛ばされる。
「酷いね。人間って」
人形が膨れ上がり、歪な化物へと姿を変える。
「道具は、どこまでいっても道具なんだ」
左腕を回収して、それから不審者の男に話しかける。
「あなたは、私になにを望むの?」
「ヘルワ様の自由を望みます。倫理、道徳、人間社会の秩序など貴方には相応しくありませんよ」
「はは。あなたも僕を道具扱いするんだね。でも、今まで一番好きかも」
ヘルワは不審者の男が壊した穴から外へ飛び降りる。
「それでは忘却物処理課のみなさま。失礼いたします」
今北課長が前へ踏み込んで、男に手を伸ばす。
男は確かに言った。
「お返しです」
伸ばした腕が切り飛んだ。
「ああああああああああっ!」
男は消え去った。
状況は最悪だった。
今北課長は今すぐ病院へ送らなければならないというのに、忘却物と思わしき人形が3体動き始めた。
忘却物を相手に、人間が一対一など論外。
目まぐるしく変わった状況に思考が止まる。どうするのが正解か。普段指示を飛ばす今北課長は、今それどころではない。
「納戸! 撤退だ! 今北課長を抱えて逃げろ!」
忠正の強い声が届いた。無駄なことは考えられない。言われたことに最大限頭を回す。
4階から飛び降りるなど普通は選択肢に入らないが、納戸は躊躇うことなく今北課長を抱えて飛び降りた。
忘却物装備に無茶を押し付ける。甲高い鳴き声を聞く。
着地に注意を払って、力を分散させる。
すぐに寄ってきた警察に、待機させていた救急車を呼ばせて、そこに担ぎ込む。
課蜂が切られた腕を一緒に乗せた。
「忠正さんは!?」
「助けにいくよ!」
納戸は今北課長が使っていた特殊忘却物装備を手に取った。
無情にも反応はない。
忘却物を相手に同数で戦う。無茶どころではない。自殺行為だ。
「頼む! 力を貸してくれ!」
全く反応はない。これを起こす手段はない。
それでも忠正の元へ走る。2階の階段でバッタリ出会った。
「あの忘却物は?」
「無理! 逃げてきた! どーするよ、あれ」
課蜂は少し考える素振りを見せて、それから本部へ応援を呼んだ。
忘却物3体の対処が出来る人員と、7課のドレッサー追跡を引き継げる人員を要請する。
「私達のやることは、あの3体の監視と引き継ぎ」
「ドレッサーはどーすんだ?」
「警察が追ってるから、気にしなくて良い」
ショッキングな場面を見た後だというのに、課蜂は信じられないほど冷静だった。
納戸はそれを見て、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「つか、あの不審者! 明らかに特殊忘却物装備だろ! 壁に穴空けやがった。民間人が所有して良いものじゃねーっての」
「あの人物ですが、見た覚えがありますよね。あの不審者、私が初めて実務経験を行った案件にも現れましたよね?」
納戸は今でも鮮明に覚えている事実を口にする。対話処理が出来そうなところで邪魔をしてきて、結局は武力処理せざるを得なくなった。
付喪神教の信者か何か。赤い液体もそっくりだった。
ふと、課蜂があの液体をかけられた忘却物が苦しんでいたと言ったことを思いだす。
「課蜂さん。あの忘却物から声は聞こえますか?」
「酷いノイズ。意思なんてなさそうだけど、こんなの初めて。気持ちが悪い」
正常ではなさそうな忘却物たち。
その意思の感じられなさそうな姿を、応援が来るまでただ監視した。
ヘルワのことを考えながら。




