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13 方針

 医者の話を聞き、治療を通院へと切り替える。

 経過観察で、激しい運動はしてはいけないと念押しされる。

 呼吸だけでも痛む身体では、忘却物処理課の業務を行うことは出来ないだろう。

 本当は良くないことは分かっている。

 1度家に帰り、シャワーを浴びて出勤した。

「お疲れ様です」

 忠正の姿が見えなかった。仮眠か、それとも一時帰宅をしているのか。

 今北課長がパソコンから顔を上げた。

「納戸くん。怪我の具合は大丈夫か?」

 今北課長に診断書を提出しつつ、自分の所感を述べる。

「軽い骨折です。ヒビが入ったようです」

「労災だな。家に帰って休むといい」

 正しい判断に異を唱える。

「いえ、私にもヘルワ…。ドレッサーの案件に参加させてください」

「それは、なぜかな? あえてはっきり言うけれども、足手まといになりかねない。つい、うっかりで部下を死なせるわけにはいかないな」

 理屈ではない。故に語るのは感情。そして事実から導き出せる推論。

「前日、ヘルワ・エルシュテルベントと対話することが出来ました」

 昨日の対話内容。それなら時間的に殺人は出来たはずだが、それが行われていない事実。

 寂しそうに見える姿から、本能にくたびれているという推測。

「どうしても、見捨てられません」

「うん。そうだな。納戸くんは自分の手でドレッサーを処理したいのか?」

 これから言いたい言葉が、課蜂の視線を気にしている。

 だが、言いきる。言わなければなにも変わらない。間違っていることは百も承知だ。

「いいえ。忘却物管理活用法です」

 ヘルワ・エルシュテルベントと共感し、その力を活用できることを証明する。そしてその証明を持って、ヘルワ・エルシュテルベントの生存を勝ち取る。

「ドレッサーが既に7件の殺人事件を引き起こしていることを承知で、その提案をしているのかな?」

「はい」

 今北課長はパソコンのキーボードをカタカタと叩くと、モニターを少し無理やり動かしてその画面を見せてきた。

 そこに書かれていたのは、被害者遺族などの声だった。

 ドレッサーを早く処理して欲しい。次の犠牲者が生まれないように。どうしてまだ処理できていないのか。

 そこにある声の中に、ヘルワを擁護するものはひとつも存在しない。

「納戸くん。この声を見た上で、もう一度聞く。君はドレッサーをどうしたい?」

「…助けたいと思います」

 即答は出来なかった。だが、意思は簡単に変えることも出来ない。

 今北課長はタメ息や落胆等と言った負の感情は欠片も出さず、ただ静かにモニターを元の位置に戻した。

「わかった。どちらにせよ。今日は家に帰って休みなさい。それからもう1度考えてくれ。その答えは翌日聞こう」

 優しい声音だったが、有無を言わさない圧力を感じた。

「分かりました…」


 ◇


 管理職というものは疲れる。

 今北は帰宅させた納戸と無表情な課蜂を思いながらそう考えた。

「すまない。課蜂」

「なんの話ですか?」

「納戸くんの考え方だ。被害者の一員である君への配慮が足りないと思った」

 誤魔化すような回りくどい言い方は辞めた。

 クッションを置いても課蜂は察してくれるが、しかし余計な手間に思えた。ここには課蜂と自分しかいない。

「別に構いません。考え方は人それぞれです」

 基本的に無表情な課蜂から、感情を読み取るのは至難だ。

 だが、本当に怒っていないように感じた。

「そうか。なら課蜂の意見を聞いてもいいか? 君は処理に賛成かな」

「…はい。私怨です」

 端的、そして直情的。なによりも分かりやすい動機。誤解が起こる余地はない。

 そしてその理屈は、処理課の課長という立場において否定は出来ない。

 個人的にも同意できる。

「もし、忘却物管理活用法を適応させるとしたらどうする?」

「受け入れますよ。私怨で処理することは間違っていますから」

 つまり、ドレッサーの対応に対して割りきれている。

 今北は一つ一つ課蜂の意思を確認する。

「忘却物は、出来るだけ安らかに送り出したいと私は考えています。これまで、人を殺してしまった忘却物を相手にしても、その気持ちを持って接してきました」

 課蜂は緊張をほぐすように、タメ息とは言えないレベルの息を吐いた。

「ドレッサーが私の親友を殺めたからと言って、これまでの積み重ねを裏切ることは出来ません」

「私怨があると言わなかったかな?」

「あります。ですが、忘却物に対する気持ちは、必ずしも1つしか存在してはいけないのでしょうか? 私は私怨を持ちつつ、出来るだけ安らかに送らせてあげたいと思います」

 やはり強いと思った。矛盾を抱えつつも、それで苦しむことがない。受け入れている。

 だからこそ、上司として難しい判断だった。

 どちらの感情が強いのか、それを測りかねる。間違えればそのミスは後を引くだろう。

 納戸と課蜂。両方の感情を納得させつつ、現実問題を解決する。

 あぁ本当に大変だ。

 そこに自分の感情が混じることを自覚出来るから、大変だ。

 少し考えて、決断を下す。

「これまで通りに武力処理を念頭に動きつつ、納戸に出来るだけ機会を与える。もし納戸がドレッサーと共感できたなら忘却物管理活用法を適応する」

 課蜂は了承を示した。これが最善かは分からない。だからこそ、最善にするために出来ることは全てやるべきだ。

 今北はパソコンのキーボードを叩き、とある申請書を書き上げる。

 忘却物管理活用法に組み込まれている特殊忘却物装備の使用許可の申請。

 ファム・ファタール。個体名。アマレ=プリフィカーレ。

 かつて、手を離してしまった心残り。その残骸。

 納戸がドレッサー。ヘルワ・エルシュテルベントと分かり合えることを願って、今北は書類を上へと送信した。

 なにかあれば課の皆を守れるように、そして納戸が手を下すことがないように、いざとなれば自分が処理する。

 3時間が経って、のんびり起床した忠正に方針を伝えてから今北は就寝した。

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